夏至:幸せは力づくで
日が昇ると、プリンシラの花嫁の準備が始まった。
プリンシラを守る為に、コンラートは信頼のおける少数の侍女を選んでいた。彼女達が他の者をシャットアウトしてプリンシラを飾る。
プリンシラの存在は、安全の為にも極秘だ。
王位を簒奪した時の会議に居た忠臣達しか知らなく、箝口令を敷いていた。
「プリンシラ様、花は白色で用意しておりますが、ご希望はおありでしょうか?」
「王妃のティアラを用意しております」
「髪を結いなおします。ティアラの周りにも花と色石を飾ってよろしいでしょうか?」
決してこの国の慣習を押し付けたりはせずに、プリンシラの意向を最優先する。
人間の国にただ一人いるプリンシラだが、恐れを持ったりはしない。
誰もプリンシラを身体的に傷つける事が出来ないのを分かっているからだ。それほど闇の妖精の宗主であるプリンシラの力は強い。
それよりも、侍女達が飾り付ける自身の姿が気になって仕方ない。
人間の衣類は、妖精のそれとはずいぶん違う。人間の世界の方が華美であるようだが、プリンシラは気に入っている。
「ドレスが白だから、花も薄い色の方がいいわ」
薄いピンクのバラが飾り付けられ、ドレスも髪も色ついていく。
「綺麗、気に入ったわ」
姿見に映る自分にプリンシラは笑みを向ける。
『祝賀会』
多くの貴族に招待状が届いていた。
何の祝賀会かは記載がなく、高位貴族の当主は必ず出席するように特別な招待状が送られていた。
貴族の間では、また粛清が始まるのかと不安な噂が先行していたが、それでも、新しい王の機嫌を損ねるわけにはいかず、王宮の大広間に集まっていた。
中央には祭壇が置かれ、王がその前にたたずみ、壁際にはものものしい正装の騎士が配置されている。
まるで、これから生け贄を奉納するのではないか、というぐらい緊張した気配に包まれていた。
招待されて出席している貴族には、これから何が始まるか想像もできない。
高位貴族の当主が王の近くに、低位になるほど遠くというように指定をされていた。
どれぐらいの時間が経っただろう。
僅かな時間でも長く感じる重い空気が動いた。大広間の扉が開かれたからだ。
王の信頼あつい宰相のギュフタフ・ディケンズが声をあげた。
「コンラート・シュルツバル国王陛下、プリンシラ・ローデンエルカ様の婚儀を始めます」
一瞬で大広間が喧噪に包まれる。
多くの貴族が、想像のできないことだった。事情を知っている者でさえ、花嫁の姿が夏至までないなどと、本当に結婚式ができるかと思っている者が少なくなかった。
侍女に傅かれてコンラートの元に歩むプリンシラに注目が集まる。
プリンシラの姿どころか、名前さえ初めて聞く者達が圧倒的に多いのだ。
貴族の中にも、他国の王族にも、そのような名前はない、と誰かが言い始めると、ざわめきは不満に変わる。
「王妃はこの国の人間でなければならない!」
人込みの中から声が上がると、コンラートは面白そうに眼を細めた。
反対にプリンシラは、それを無視してコンラートの元まで進むと顔をあげた。
「教会の宣誓のない結婚式は認められない、陛下お考え直しを!」
「いったい何の茶番だ!」
あちらこちらから声が上がるが、さすがに高位貴族の当主達は動揺せず状況を見極めているようだ。
周りの騒々しさなどないように、コンラートが式を始める。
「私、コンラート・シュルツバルは、プリンシラ・ローデンエルカを妻とし生涯愛することを誓う」
それに応えるように、プリンシラも侍女から教えてもらった言葉を口にするが寿命が違うためにアレンジをした。
結婚したら、コンラートの寿命も長くなるようにするが、プリンシラはまだ言うべきでないと思っている。
「私、プリンシラ・ローデンエルカは、コンラート・シュルツバルが生ある限り愛することを誓おう」
二人が誓いのキスをしようとした時、一人の令嬢が飛び出して来た。
プリンシラの存在を隠匿してきたために、若く魅力的な王の妃になることを数多の令嬢が夢見ていた。
コンラートが断っても縁談が途切れる事はなかった。
この令嬢も、そのうちの一人かもしれない。
「陛下を見下すなど、何様のつもり!」
令嬢がプリンシラのベールに手が届きそうになった時、身体が浮いた。
「きゃあああ!」
「うわぁぁぁぁ!」
パニックになる広間と、王を守ろうとした騎士が入り混じる。
「静まれ!」
コンラートが叫ぶと、皆がコンラートを見た。
「動くな、慌てる必要はない」
片手をあげ、コンラートは動乱を収めると、プリンシラの前に膝をつき、その手にキスを落とす。
「プリンシラ」
プリンシラはコンラートを見たが、キスをされていない方の手を大きく振ると、その動きに合わせて令嬢が空を舞う。
令嬢は空中に振り回されて恐怖の叫び声をあげ、人々はそれをしているのが、この花嫁の仕業だと思い知らされた。
「プリンシラ」
もう一度、コンラートはプリンシラの名を呼ぶ。
「我が愛するプリンシラ。闇の妖精の宗主よ、我が命そなたと共に」
プリンシラは微笑むと、跪くコンラートの額にキスをした。
ドサッ!
音を立てて、令嬢が落ちた。
意識はなく、生きているのかわからないぐらい動かない。
人々は声も出せず、動くことも出来ずにそれを見ているしかできない。
妖精は人の命など気にしない別の世界の存在、プリンシラもそうだ。
その存在がここにいる、闇の妖精の宗主、と王は言った。
圧倒的な力に人々は平伏すしかなかった。
ギュフタフの指示を受けていた騎士達が、先ほど異論を唱えていた貴族達を拘束していた。
この中に旧体制の残りや、反対勢力がいると考えられるからだ。
コンラートとプリンシラが結婚のサインをして、ギュフタフは大広間を見渡し声をあげた。
「ここにシュルツバル王国、国王夫妻が誕生したことを宣言します」
プリンシラの力を見せつける事により、王妃として認めさせた。
王妃に不満を持とうとも、側妃を勧める者もでないだろう。
「幸せにしてあげるわ」
ふふふ、とプリンシラが笑う。
「プリンシラがいるだけで、幸せだよ」
コンラートは、美しい花嫁にキスをした。
夏至の日、妖精と人間は結ばれた。
夏至のお話は、楽しんでいただけましたでしょうか?
今日は、1年で1番昼間が長い日。
妖精の扉が開きます。