冬至: 夜
コンラートは王宮の玉座に座っていた。
ここに来るまで、誰の抵抗もなかった。
王も王太子も逃げていた。
無血開城、それが実現したコンラートの表情はさえない。
「コンラート、王達の逃亡ルートが判明しました。
商人の荷馬車に紛れ込んで王宮を出たようです」
そこには、王と王太子しか乗っていなかったはずだ。
王妃も寵妃も王宮に残して、自分達だけが逃げたのだ。
報告するギュフタフも情けなさ過ぎて、怒りしかない。
これが長い年月君臨していた王のしたことなのだ。
逃げても、直ぐに追手に捕まるだろう。逃げた事で、幽閉ではなく処刑となるのは確定である。
「許せ。
王も王太子も、あれでも親族なのだ」
だからこそコンラートが王位に就くのに、抵抗が少なくて済むのだ。
「王宮内の混乱はどうだ?」
その場に居る者達とコンラートが会議に入る。
準備がしてあるとはいっても、新王体制は大きな変化が伴う。
王が優遇していた官僚や貴族たちの排除。
税を下げ、ジゼル王国から援助される食糧の貧困層への給付。
軍を派遣して、これまで滞っていた街や地方の治安確保。
冬至の扉は今夜消えてしまう。
それが分かっているのに、プリンシラは何も言わずコンラートの横に控えている。
時々、二人の視線が重なり微笑み合う。
それだけで、温かい気持ちになる。
「少し休憩にしましょう」
ギュフタフがコンラートとプリンシラに時間をくれた。
目配せで、部屋から出ていけと合図する。
もう暗くなってしまった王宮の庭に二人手を繋いで歩く。
「この王宮は、ずっと前に兄上と訪れた事がある。
この庭は見事なばら園があるんだ。
夜で見せれないのが残念だ」
「明るい時にゆっくり見たいわ。
コンラート達は、しばらくゆっくりも出来ないでしょうけど」
二人で他愛もない話しをするだけで、疲れが消えていく気がする。
パキン、コンラートが花を一輪手折ると、プリンシラに膝を突き差し出す。
「今更なんだが。
僕と結婚して欲しい。
そしてこの国を二人で支えていきたい」
驚いた後は破顔し、喜びいっぱいに微笑むプリンシラは花を受け取る。
「嬉しい。
コンラートを幸せにしてあげるから覚悟していてね」
「なんだそれ」
ハハハと笑いながらコンラートは立ち上がるとプリンシラを抱き寄せた。
見つめ合い、唇を重ねる。
「プリンシラが好きだ」
1番欲しい言葉をくれるコンラート。
プリンシラもコンラートもお互いを知らない事ばかり、けれど一緒に歩むと決めた。
「もうすぐ今日が終わる。
帰らないといけないの。」
「絶対に離れないと言ったのはプリンシラなのに?」
プリンシラが泣きそうな顔をしているのが分かっているのにコンラートは言葉にしてしまう。
「離れたくない、ずっと一緒にいたい」
コンラートだって分かっているのだ。
「ずっと一緒にいるために、宗主として片付けないといけないことがある。こんなことになるなんて思いもしなかったから。
だから、帰る。
夏至に来るから。
それからは、ずっと一緒よ。
この国にコンラートをあげる、貴方を支える。
コンラートの子供を産んで後を継がせたら、それからは私にコンラートの時間をちょうだい。」
コンラートからもらった花を大事そうに持つプリンシラ。
「それで、夏至に間違わないように、この世界のコンラートの元に来れるように貴方の血を一滴ちょうだい」
「血?」
そう言えば、アリエスの血を辿って来たと最初に言っていたとコンラートは思い出す。
自分の指を見て、バラのトゲでも刺すかと思案していると、プリンシラが笑いながら否定する。
「アリエスは指から血をくれたけど、コンラートからは特別な血が欲しい」
プリンシラはコンラートにキスをすると噛み付いた。
そこから流れた血をプリンシラが唇を重ねたまま舐めると、プリンシラの身体が僅かに輝いた。
「これでここを覚えたわ」
プリンシラの言葉は、コンラートが重ねた唇にかき消される。
お別れのキス、再会を約束したキス。
部屋に戻るとすでに会議は再開していた。
ギュフタフは、二人の姿を見ると苦笑いをする。
「あー、コンラート。
無粋なことは言いたくないのですが、ここ」
そう言ってギュフタフが自分の唇の端に指を当てる。
そこはプリンシラがコンラートに噛み付いたところだ。
「傷になって腫れてますよ」
プリンシラとコンラートが顔を見合わせると、プリンシラが真っ赤になって可愛い。
コンラートは、プリンシラの肩を抱き寄せると帰したくない、と思ってしまう。
「皆、聞いてくれ。
僕達の結婚式は次の夏至の日となった。
それまでの半年でこの国を安定させたい。
やることは山積みだが、諸君の力を信じている」
コンラートに応えるように、部屋に喚声があがる。
この部屋にいるものは、これからの重臣となる者ばかりだ。
国の基幹となる決定を決める会議をしているのだから、信頼出来る者だけが集まっている。
「ギュフタフ、もう時間なんだ」
コンラートが言うと、ギュフタフが時計を見る。
「父上、この場にいる皆も、これから起きることは内密に願いたい。
妹アリエスの時に見た者もいると思うが、他言無用で」
コンラートはディケンズ公爵に向き合い、プリンシラが妖精だと公言しようとする。
プリンシラはコンラートから手を離すと、前に差し出した。
もう片方の手には一輪の花。
音もなく扉が現れると、驚きで皆の手が止まる。
「コンラート、浮気は許さないから」
プリンシラの表情は、真剣である。
「お任せください。見張っておきますから」
答えたのは、コンラートでなくギュフタフだ。
その場に笑いが起こり、扉が現れた緊張がなくなる。
「夏至に待っているから」
コンラートが扉の中に消えようとするプリンシラの手を取る。
「妖精の約束は怖いわよ?
王なら一瞬で国中を業火で包むけど、私は半分ぐらいかな」
「約束は破らないから、全然怖くないよ」
コンラートがプリンシラの額にキスをすると、嬉しそうに笑ったプリンシラはバイバイと手を振りながら扉の中に入る。
静かに扉が閉まり、消えていくのはすぐのことだった。
「コンラート、呆けてないで来いよ。
彼女がいないなんて考える余裕などないぐらい忙しいぞ」
ギュフタフが机の向こうで呼ぶ声がする。
コンラートは、そうだな、と笑いながら書類を手にした。
部屋の騒々しさに、時が過ぎていく。
プリンシラが頑張ったね、って言ってくれる国を作る。
本編より長くなってしまいましたが、次の妖精プリンシラを楽しんでいただけましたなら嬉しいです。
寒い冬至に、ハッピーエンドで少しでも温かくなりたい~~
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本編は短編でしたが、たくさんの方がお気に入りを残してくださってます。その方々に感謝を込めて。
violet