冬至: 朝
非常事態と飛び込んで来たギュフタフが見たのは、金髪の少女と見つめ合うコンラート。
「殿下!」
「違う、違う」
絶対に誤解されていると確信して、コンラートは焦るのに、聞こえてきたのは暢気な声。
「あら、こちらがアリエスのお身内でしょうか?」
フーンと顎に人差し指を当て、顔を傾けるしぐさは可愛らしい。
プリンシラの金の髪が朝陽に光り、笑顔さえ浮かべている。
ギュフタフは、そこで少女のもつ雰囲気の異常さに気が付いた。
「殿下、ご無事ですか?」
たとえコンラートが手引きしたとしても、少女がコンラートの寝室に入り込めるほど公爵家の警備は甘くない。
そこにいること自体が、見かけ通りの少女ではないと言っているのだ。
緊張を高めるギュフタフに対して、きゃーと歓声をあげて少女が近づいて来る。
「アリエスとよく似ているからすぐに分かったわ。
アリエスが妖精の世界に来た時に、他の国にいっていたアリエスのお兄さまでしょ?
お話しは聞いているわ」
「アリエス?」
思わぬ人物の名前が出て来て、ギュフタフは表情をさらに厳しくする。
今にも飛びつきそうな少女を、思わず手で押さえた。
「ご挨拶が遅れました。
闇の妖精の宗主プリンシラ・ローデンエルカです」
プリンシラが手をギュフタフの前に差し出すと、プリンシラの足は床から離れ20センチほど宙に浮いた。
コンラートもギュフタフも驚いたが、声は出さず一緒に部屋に入って来た護衛に手を振り、下がるように指示をする。
部屋にプリンシラとコンラート、ギュフタフの3人になると、プリンシラは降りて来た。足が寄木細工の床だが足音も立てない。
ギュフタフがプリンシラの手を取り、礼をする。
「闇の妖精の宗主とは存ぜず、失礼いたしました。
何故にこちらに?」
「アリエスからこちらの話を聞いて遊びに来たのだけど、扉がずれたようなの。
アリエスの血に繋がる扉のはずなんだけど、開いたのはこの部屋だったというわけ」
言いながらコンラートの方に振り返るプリンシラの瞳がキラキラしている。
「妖精王レオ様が花嫁様を連れて帰られた時はとても驚きましたが、我が身でわかりました」
コンラートを下から覗き込むプリンシラ。
「こんなに綺麗な瞳は初めて!」
うっと口元に手をあて息を飲むコンラートは、プリンシラの言葉を否定する。
「そんなことないだろう、よくある色だ」
うう、と唸りながらプリンシラがコンラートに抱きつく。
「こんなに素敵なんだもの、奥さんの一人や二人いるに違いないよね?」
抱きつかれたコンラートの方は、反応ができないでギュフタフを見る。
コンラートは王族だが、妖精というのがどういう立場かわかりかねるし、宗主というのは地位が高いのだろう。先ほどの浮遊をみただけに、人間とは違う強い力があるのは間違いない。
妖精との間でトラブルは避けたい、しかも今日は大事な日なのだ。
何より、プリンシラに抱きつかれて不快はなかった。
「宗主殿、彼は奥さんも婚約者もいません。
兄の王太子に子供が出来て代位が安定するまでは、結婚しないと明言していたのです。
それも、今後は立場が変わるのでそう言ってられないでしょうが。
それより、どうして抱きついているのですか?
妖精とはそういう性質なのですか?」
ギュフタフがコンラートの代わりに答える。
コンラートに抱きついているプリンシラの髪が、窓辺から入る朝陽に照らされる。
風のない室内に空気が動き、プリシラの金の髪が舞い輝く。
コンラートもギュフタフもプリンシラに魅入られる。
黒い瞳の奥に金の光が宿り、プリンシラが笑みを浮かべる。
「私達は、こことは違う世界に住まう者。
万聖節に私達は界を渡る。それは様々な異世界のどこにでも力の弱い妖精でも行き来が出来る。
そして、冬至と夏至は力の強い妖精のみ異世界に行くことが出来る。
今日は冬至、妖精王レオが連れて来た伴侶アリエスの世界に来れるように、アリエスの血をたどって来たら、この屋敷に出たの」
「アリエスは元気なのか?」
ギュフタフがジゼル王国に行っている間にいなくなった妹アリシア、初めての情報だ。
「とてもお元気よ。
私達の世界では力が全て、力の強い者ほど永い時を生きる。
王はアリエスを伴侶として、共に生きる力を与えたわ。
私達は貴方達より永い時を生きる。
伴侶に巡り合い子をなすのは少なくないけれど、力が強くなるほど、魂の繋がりである伴侶に巡り合うのは難しくなる。
その奇跡が妖精の最強である王に起きたのよ。
皆がアリエスを大事にしてるわ」
「そうか、幸せなのだな、良かった」
ギュフタフは家族を思う優しい表情だ。
反対にコンラートはプリンシラに抱きつかれたままで、困惑を隠せない。
本来ならば、王座を取りに行く朝で緊張が半端ないはずなのだ。
屋敷の中も王宮でも味方達が着々と準備しているはずで、国の運命がかかった朝である。
たとえ不慮の事とはいえ、自分の責務を果たさねばならない。
王になりたいという単純な思いで、ディケンズ公爵の話を引き受けたわけではない。
自分の中にながれるシュルツバル王家の責務を果たすためだ。
「プリンシラ嬢、少し離してもらえないだろうか?
俺はやることがあるんだ」
「私にも奇跡が起きたのよ。
アリエスの血をたどって、この屋敷に来たけど、この部屋に扉が現れたのは私が貴方に引き寄せられたからよ。
離れたくない、私を連れて行きなさい
黒髪黒眼の闇の妖精の中で私は金の髪。
異形の私は、最強の闇の妖精。
私なら貴方の願いを叶えられる。それが何であっても」
離れるどころか、しがみ付いてくるプリンシラ。
それは少女の姿をした、老齢な女王のごとくの威厳。
そっとプリンシラの手を離して、コンラートはプリンシラから距離を取る。
「闇の妖精、妖精という者を俺は知らない。
きっと我々が想像も出来ない力があるのだろう。
だが、俺は悩んで考えて王になることを選んだ。
母の国から聞こえてくる理不尽な王家の行い、民衆の不満、衰えて行く国力。
自分の力と、志ある者達の力で変えるためにこの国に来た。
だからこそ、貴女の力はいらない」
プリンシラの逆鱗に触れるかもしれない、と思いながらコンラートは言葉にする。
「きゃー!
カッコいい!!
うわぁ、うわぁ!」
顔を真っ赤にして、再びプリンシラが抱きついて来た。