ドア、その向こうに何か
普段はなんてことない場所、安心できる場所、でもその時の気持ちや時間によっては恐ろしい場所にもなる。
不思議で満ちている、この世の中は奇妙な事ばかりだ。でも、よくよく調べてみれば大した事はない、種も仕掛けもあるんだ。
幽霊を見たと言っても、光の当たり具合だったり、風が原因だったりする。カメラの映像がブレたとか言っていても調べてみたら近くの機械の影響だったりする。心霊写真を自分のパソコンで加工できて、みんな信じた時には心底こんなもんかと思った。
分かってはいるんだ、人が勝手に不思議に思っているだけ、人が勝手に怖がっているだけだ。
家にはドアがある。
玄関にも、トイレにも、台所にも、廊下にも、庭にも、どこにでもある。
押してあける、引いてあける、横にずらしてあける、折りたたんであける。
別にどこの建物にも当たり前にある、別になんてことのないドア、怖がる必要がどこにあるのか、どこにもないだろう。
ドアは怖いのか、その向こうに何か居るかもしれないから、知らない場所に繋がっているかもしれないから、人がそう思うから怖いのだ。
「ケンイチー、早く寝なさいよー」
母さんが声をかけてくる、それでも僕はテレビの前から動けない、家のDVDデッキには22:00と表示されている。この表示の読み方は昨日父さんに教えてもらったから、もう夜の10時で寝る時間なのはわかっている。
ただ、今日僕は見てしまった。自分の部屋のドアを開けたら部屋がジャングルに変わっている光景を、ドアから悪霊が出てきて呪いをかけてくる光景を、地下室のドアを開けたらそこに化け物がいる光景を、テレビでやっていた事だが、今も恐ろしくて動けない。
「ケンイチ!聞こえているの!」
「わかってるよ」
足が震えて立てない、知らなかった僕は、ドアの向こうにそんな物が居るなんてこと。昨日まで何もなかった怖くもなんともなかったのは、たまたまだったのかもしれない。震える体をなんとか押さえつけて、立ち上がって僕の部屋に行く。
自分の部屋のドアはさっき開けたままにしておいたから、中の様子はよくわかる。スタスタと部屋に入っていくベッドに腰かける。ふと、学校で怖い話をしていた時の事を思い出す。たしかトイレから手が出てきて人を引きずり込むという話だった、その時も気味が悪くて嫌な気分だった。
「何も今思い出さなくてもいいのに」
思わずつぶやいてしまうけれど、気にするともっと思い出してしまう。夜中の2時にはトイレのドアが異次元につながっているという話もあったりした。気にしているとドンドン思い出してくる。もう早く寝た方がいいだろう。
「ケンイチ、電気消すわよ」
なんてことを言うんだ、そんな恐ろしい事させる訳に行かない。
「ダメだ!」
「えー、変なテレビ見るから怖くなったんでしょ、いいから消すわよ」
「ダメだってば!!」
母さんは強引に電気を消してしまう。昨日までは平気だったけれども、今はこの部屋がとても恐ろしい。布団を頭までかぶっていれば少しだけ安心する。でも息が苦しくなってきて、一瞬だけ顔を出してはまた布団をかぶる。心臓はドキドキしているけれど、いつの間にか眠れたらしい。
ふと目が覚める。部屋はまだ真っ暗で外の光が入ってこないから夜中であることは分かる。部屋はとても静か、静かすぎるあまりシャワシャワというような音が聞こえるような気すらする。
起きた瞬間には忘れていたが、夜中という状況が恐怖を煽り、テレビの内容や学校での怖い話を思い出す。目はすっかり冴えてしまいすぐには眠れなさそうだ、なんでこんな思いをしなければならないのか、イライラした気分までなってくる。
一つ、思う事がある。思い過ごしだったかもしれないが、これは間違いない。今はいいが数分でこれはすごい苦しみを与えてくることが明確なのだ。
「トイレに行きたい」
昼はなんてことない、普段の夜ならばまだ耐えられる。だけれども今日は無理だ、部屋の外には何か居るかもしれない、トイレのドアは異次元に繋がっていて帰ってこれないかもしれない、トイレからは手が手で来て引きずり込むかもしれない。
朝まで我慢すればいい、でも無理だ、時計を見ると3時となっている。朝まではまだ何時間もあるから、我慢なんてできない。おもらしをするわけにもいかない、おもらしなんて絶対に嫌だし、母さんに何を言われるか分かったもんじゃない。
行くしかない、でも布団からでるだけでもとても怖い、部屋の空気は冷え切っているので、何かいるかもしれない不安がある。まずは電気をつけないといけない。遠くで何か音楽が鳴っているような気がするけれど、そんなことは無い自分の思い込みで、気のせいだ何もいないはずだ。
「えい!」
目をつぶって一気に体を起こす、夜の冷えた空気が体を包みさらに恐怖を煽ってくる。一瞬だけ目を開けて電気のリモコンを取ってボタンを押す。ピッという聞きなれた音と共に部屋は明るくなる。明るいだけで怖い気持ちは一気に収まっていく。学校で電気は偉大な発明だって習ったけど、今ならわかる、明かりがあるということは素晴らしい事だ。
だが、これで終わったわけではない。まだ僕の部屋のドアを開けなければいけない。トイレは玄関の横にある。電気をつけた事で安心したのかトイレに行きたい気持ちは強くなった。僕に残された時間は短い、早くいかなければ。
部屋のドアの所まで行くと、心臓がどきどきしてくる。この先は暗い廊下のはず、ただ暗いだけで怖くない、いつもと変わらないけれど暗いだけで怖くない。自分に何度も言い聞かせて、深呼吸をして覚悟を決める。
ドアノブに力を込めて、でも何かいたら怖いからそっとドアを開けて、隙間から部屋の外をのぞく。廊下からは部屋よりも冷たい空気が流れ混んできて、玄関から水槽のポンプと水音が聞こえてくる。
「大丈夫、何もいない、大丈夫」
物音を立てないようにそっと廊下に出て、壁を伝って玄関に向かう。母さんと父さんの部屋は僕の部屋のとなり、ドアは閉まっているので二人は寝ているはず。つい右へ左へと視線を向けてしまう。こんな時にさっき見ていた悪霊がドアを開けて出てくる所を思い出してしまう。大丈夫、この部屋は母さんと父さんの部屋だから、そんな奴はいないはずだ。
特に何も起こらずに母さんと父さんの部屋のドアを通り過ぎる。玄関まで足を進めると、熱帯魚の水槽の間接照明がほのかに周りを照らしていて、いつものように魚達が泳いでいる。いつもよりも元気なくらいだから、その姿と明かりが僅かに怖さを和らげてくれている。
トイレの電気のスイッチを押してトイレのドアに手をかける。
「大丈夫、何もいない、大丈夫だから」
口に出して自分を安心させる。これまでトイレには何度も行っている。夜中にトイレに行くのも初めてではない、これまでも何もでなかった。今回も何も出ない。このドアを開ければいつもの明るいトイレがあるだけだ。
気が付いたら左手が足の付け根に行っていた。廊下の寒さもあって、早くトイレに行きたいという気持ちはもっと強くなっている。自分が思っているよりも時間は少ないのかもしれない、そう思ったら足も内股になってきた、早くしないとまずい。恐怖を押さえて一気にドアをあける。
そこには、闇があった。
「え?」
一気に込みあがってきた怖さを押さえてもう一度トイレを見る。そこには変わらずに闇がある。
「え、あっ!電気」
電気を間違えて消していたのかもしれない、そう思ってスイッチを見るがオンになっている。いつもの明るいトイレのはずなのに、この先は真っ暗だ。
「故障、してる?」
なんでこんな時に、こんな真っ暗な中でドアを閉めてトイレをするなんて、そんな事できるわけがない。どうしよう、母さんを起こして直してもらうしかない。それまで耐えられるか、わからないけれど、それしか方法がない。
左手で股を押さえながら、足も閉じて、廊下を戻って母さんの部屋に向かう。怖い怖い、さっきの真っ暗なトイレで本当に怖さが強くなった。早く行かないといけない。
母さんの部屋のドアの前まで来た、怖いけれどこの部屋は大丈夫、自分の部屋を出るときより、トイレのドアを開けることよりも怖くない。すぐにドアを開ける事はできた。母さんの寝息が聞こえてくる、後は声をかけて母さんを起こすだけだ、それだけで、この怖さからは解放される。
「かあさん」
声をかけるが、母さんは起きない。声が小さいんだ、もう少し大きな声を出さないといけない。
「かあさん」
さっきよりだいぶ大きな声を出すつもりではいたが、同じくらいの声しかでない。喉も震えて大きな声が出ない。でも、声をださないと母さんは起きない、トイレにも行けない、それは最悪の結果しかない。大きな声を出すんだ、頑張って息を吸い込んで、声を出す用意をする。
せっかく吸い込んだ息も喉が震えて声にならない、もう一度、もう一度と息を吸い込んで母さんを起こすための声をだせるように。
声を出そうと意思を固めたその瞬間、玄関の方からガチャガチャと音が聞こえてくる。こんな時間に誰だ、何か恐ろしい者が来たに違いない、早くなんとかしなきゃ、早く母さんを起こさなきゃ。
声が出ない。恐ろしい者が来ているのに、声を出さなきゃ大変なことになるのに、早く声をださないといけない。玄関の音はもっと激しくなっていて、ガチャリと鍵が開く音が聞こえた。僕は玄関の方へ視線を向けてそのまま動けなくなった。足が動かないってこういう事をいうのか、本当に足に力が入らない。
ガチャンとドアが開く音がした。奥から大きな人影が入ってくるのが見える。母さんの部屋の中からガタンと大きな音がした。何が起こっているの、何だ何だ、なんなんだよ!!
「あー!!!!」
僕は訳も分からなくて怖くて泣いてしまった。大きな声がようやく出せた。腰の当たりが何か温かい感覚があるけれども、そんな事はどうでもいい、怖い怖い、本当に怖いんだ、涙と大きな声がとまらない。
不意に周囲が明るくなる、電気が付いた。
「ケンイチ?どうしたの?あ!」
「おーなんだ、おどろかしちゃったか?あ!」
母さんが後ろで倒れたテーブルを起こしている。玄関からは父さんが歩いてきている。怖い気持ちは一気に収まっていく。
「トイ、つかなく、ひっく、お父さんなんで、入れなかった!」
上手く言葉にならない、腰の辺りが暖かいのは多分、トイレが間に合わなかったからだ、もう早くトイレに行きたいという気持ちも無くなっている。
「つかない?あ、そういえばさっきトイレの電気壊れて、あなたに直してもらおうと思ったのよ」
「あー、ごめんな今日飲み会で最後まで居たから、遅くなって」
トイレの電気がつかないのは本当に故障だったみたいだ、僕はまだ涙が止まらない。もう怖かったのか、安心したのか、トイレが間に合わなかったせいなのか、色んな気持ちがごちゃごちゃしてきている。
「ひっく、ごめ、トイレなさい、ひっく、ごめ」
父さんは雑巾やバケツを持ってきてくれている。僕の足元にはいつの間にかバスタオルが2~3枚かけられていた。
「そうだよな、真っ暗な中でトイレまで行って電気つかなきゃ怖いよなぁ」
「そこにあなたが勢いよく帰ってきたんだもんね」
怒っていない、それはよかった怒られる事は心配しなくてよさそうだ、少し気持ちが収まってきた。
「そりゃ、漏れちゃうよな」
「うわぁぁあ!!!」
父さんがはっきりいうから、恥ずかしい気持ちと、間に合わなかったショックがまた僕の気持ちを揺さぶってきた。
「ちょっと!あなた!」
「あぁ、ゴメン、いやほんとゴメンって」
それから、お風呂場でシャワーを浴びてきたら、母さんが新しい下着とパジャマを出してくれた。汚しちゃった服とバスタオルは父さんがまとめて水につけていた。母さんと一緒に部屋に戻る時には、もう廊下もキレイになっていた。父さんは掃除までしてくれたらしい。
「今日は、ついてなかったわね、でも怖いテレビはしばらく禁止」
「うん、ごめんなさい」
「トイレの電気も壊れてたから仕方ないけどね、お父さんに直してもらっておくから」
「そうだぞ、ケンイチ安心しろよ」
部屋に戻って布団をかける。電気も消したけれどもさっきみたいに怖い気持ちはもうなくなった。これならすぐに眠れそうだ。怖い話とテレビは見ないようにしよう、もうこんな気持ちになるのは嫌だ。学校での泊まりの時に、こんな事になったら嫌だから今日は寝よう。
明日、父さんと母さんに会うのは恥ずかしいけれど、今はそんなのどうだっていい。もう怖くないのだから、今日はこのまま寝てしまおう。
勢いだけで、一気に書きました。読みにくい所や誤字脱字もあったかと思います。
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