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詠み人知らず ~万葉浪漫譚~

作者: 九藤 朋

 風が吹くわ。


 姉上。(かがみ)姉上。


 もう間もなく、わたくしもそちらに参ります。

 再び貴女(あなた)に出逢えたら、何をしましょうか。


 歌を詠むのも良い。

 薬狩りに行くのも良い。


 何でも楽しかった。

 

 貴女と一緒であれば。


                      *


 (かがみ)(のおおきみ)()黄刀(きのと)()との間に生まれた姉妹・(かがみ)王女(のおおきみ)額田王(ぬかたのおおきみ)は、いずれも容姿に秀で、また、優れた和歌を何首も残した。

 世に名高い天智天皇と大海人皇子、そして中臣鎌足(なかとみのかまたり)をも交えた恋の鞘当ては、果たして姉妹の心をどう揺るがしたのだろうか。

 揺らいだのであろうか。


 時は万葉の時代。

 乙巳(きのとみ)の乱(大化の改新)より数年後。


 美貌と才知で、豪族・鏡氏の姉妹は宮廷人たちに知られていた。

 姉である鏡は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)(天智天皇)の妻の一人であり、妹である額田は中大兄皇子の弟・大海人(おおあまの)皇子(おうじ)の恋人だった。姉妹仲は非常に良く、足繁くそれぞれの館を行き来する姿が見られた。中大兄皇子が、鏡王女に飽き足らず、額田をも妻にと望んでいることもまた、周知の事実であった。姉妹とは言え、それぞれの胸中複雑では、と憶測が飛び交ったが、姉妹は険悪な様子など全く見せず、朗らかに笑い、語らう光景を周囲に見せていた。


 真実として、二人にはそのような些末事はどうでも良かったのだ。

 只、互いに寄り添い合えれば、どの男に嫁ごうとさしたる問題ではない。

 鏡も額田も、時の権力者によりあちらこちらの妻にされたが、そうした「物」のような扱いにも泰然としていた。


 但し、二人は、とりわけ額田は、相手を傷つけられることを絶対に許さなかった。


 鏡王女への嫉妬から、中大兄皇子の妻の一人が、血塗れの鶏の(むくろ)を王女の部屋の寝台に放り込んだ時、額田は激怒した。元来が情熱家の女性である。放り込んだ采女(うねめ)(女官)を見つけ、誰の差し金か問い質すと、犯人である妻を打擲(ちょうちゃく)した。それを止めたのは中大兄皇子ではなく、被害を受けた張本人である鏡王女だった。彼女は妹の火のような気質をよく知っていた。それを慈しみ、愛おしんでもいた。だからこそ、一時の激情で見境なくなることを、誰よりも恐れたのだ。


「貴女が怒ることはないのよ、額田」


 そう言って、悲しそうに小首を傾げられると、額田王にはそれ以上、何も出来なかった。

 姉が水なら妹は炎であると宮中では囁かれた。


 恋ふれかも 胸の病みたる 思へかも 心の痛き


 それゆえに、額田の詠んだこの歌は、大海人皇子に対する深い情愛の証として受け取られた。真実は誰も知らない。額田は誰にも明かさなかった。鏡王女もまた、何も言わず、大海人皇子に偶然、見せびらかされた歌が書きつけられた竹簡を、後生大事とばかりに抱き締めただけだった。


 ある日、額田が鏡王女の館を訪ねると、珍しく采女は出払っており、寝所で鏡王女はうとうと微睡んでいた。漆黒の髪の毛は、額田の淡い波打つ栗色の髪には似ない。額田は姉のその髪をそっと撫でた。ふと、鏡王女が目を覚まし、身を起こして照れたように微笑む。額田も姉に笑みを返した。胸の内は、言わない。



 時が経ち、()生野(もうの)で女は薬草を、男は鹿の角を採る薬狩りの最中、額田が姉の姿を認めて大きく手を振った。鏡王女は微苦笑して、歌を詠んだ。


 あかねさす 紫野行き (しめ)()行き ()(もり)は見ずや 君が袖振る


 この歌は後世、額田の詠んだ歌として有名である。実際にはどうであったか、確認する術はない。

 やがてそれぞれが子の母になっても、姉妹の交流は続いた。珍しいくらいに仲睦まじい姉妹だと、人々は囁き合った。そこに非難や邪推の色はなく、単純に見目麗しい姉妹は仲も麗しいと喜ぶだけのことであった。


 中大兄皇子と大海人皇子の間に暗雲が生じ始めた。

 この頃には額田も中大兄皇子に妻として召されており、姉妹二人で政局の行く末をひたすら案じて平穏を望んでいた。


 だが人の祈りは届かない。


 次の皇位を巡る兄弟の仲の亀裂は決定的なものになり、大海人皇子は吉野に名目上の隠棲をする。

 鏡王女は妹に告げた。


「額田。行きたいのであれば、お行きなさい。宮中の警備も、貴女であれば通り抜けられる」

「いいえ、姉上。わたくしは行きません。わたくしは、……中大兄皇子様の妻ですから」

「――――――――莫迦ね」


 鏡王女は額田王の額の花鈿(かでん)(化粧)にそっと唇を寄せた。


 やがて中大兄皇子の息子・大友皇子(おおとものおうじ)と大海人皇子の争い、世に言う壬申(じんしん)の乱が終幕して大海人皇子が皇位に就いた。後の天武天皇である。

 惜しいと思う心があったのだろう、鏡王女と額田王は揃って大海人皇子に召し上げられた。


 二人は常に近しくあった。

 鏡王女が病でこの世を去るまで。


 鏡王女が逝ってからも、額田王はそれまでと変わらず気丈に振る舞っていた。

 表面上は。


「恋ふれかも 胸の病みたる 思へかも 心の痛き」


 時々、その歌を口ずさんだ。



                     *



 ここは、蒲生野ね。


 懐かしいわ。

 鏡姉上。


 可笑しいの。

 あの歌を詠んだのは姉上なのに、今は貴女が袖を振ってるのですから。


 ええ。

 参りますわ。きっと出迎えてくださいませ。


 わたくしの――――――――。







 あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る










挿絵(By みてみん)














この物語は九藤のフィクションであり、「あかねさす」の歌は額田王が詠ったとされるのが通説です。

また、本作品は拙作『耳環と片腕 ~万葉浪漫譚~』と一対で読まれることをお勧めします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 和言葉の達人 本領発揮ですね すばらしい!
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