ねんがんの超能力者になったぞ!
ドラゴンボールに影響されて、かめはめ波の練習をした人は多いだろう。俺もその一人だ。
そして、それはドラゴンボールだけだなく、能力バトル系の作品であれば、それが漫画であれ小説であれ、ゲームであれ何であれ、真似したくなるのが由緒正しき日本男児である。
よって、今まさに読み終えた超能力を題材にした作品の熱く激しい戦いを、作品を通して体験した俺が感化されるのも、至極当然のことだった。
「いやー、格好良かったなあ」
読了後の余韻を楽しみながら、徐に立ち上がり、構える。
読んでいた作品では、火炎系能力者が主人公だった。
「たしか、こんな感じで……くらえ!」
主人公のポーズを真似、前方に向けた掌から炎が広がるイメージを想像する。
すると、
ボウッ
という音をたて、掌から炎が出現した。
「え…………?」
突然の事態に、思考停止に陥る。
え? なんで火が? は?
掌から放たれた火は、一瞬で激しく広がり消え去ったが、悲しいことにその範囲には天井が含まれていた。
現代日本では、消防法により一般家庭でも火災探知機の設置義務が存在する。そしてそれは我が賃貸1Rでも同様だった。
鳴り響く火災報知ベルの音に、どうしようもなくその場に立ち尽くした。
§
火災報知器の通報により訪れた消防隊の人たちに、平身低頭して謝って、なんとか最小限に騒ぎを抑えることができた。ちなみに検知の理由はエアダスターを室内で使用した後、電気に引火したことにした。
大家さんからも怒られたが、幸い延焼せず、火事には至らなかったため、此方も家を退去には成らなかった。
騒ぎが収まった後、一体何が起きたのだろうと理由を考えてみた。
といっても、思い当たることは一つしかない。
利き腕の掌をを見つめる。
間違いない。
「俺に隠された力が……目覚めたんだ……!」
ギュッ、と握りしめた掌は熱かった。(調べたが平熱だった)
§
当然だが、舌の根も乾かぬ内にもう一度室内で小火騒ぎを起こせば退去になるし、消防局も小言では済ませてくれないだろう。
風呂場で試すという手も考えはしたが、炎の勢い次第では、狭い室内では火傷しかねない。
というわけで、先人(漫画キャラ)に習い、この手の練習場所としてよく活用される大きな川に架かる橋の下へとやって来た。
平日の昼間にバイトをサボってやって来たので、人通りはほぼ無い。好都合だ。
というわけで、早速橋の影に隠れるようにして実験を開始する。
鋼鉄とコンクリートで囲われた橋の下は、可燃物と言えば地面に生えてる雑草くらいのものだ。偶にエロ本とかが捨てられたいるが、幸いなことに見当たらなかった。
スッ、と掌を川に向けてかざし、イメージする。
炎が掌から放たれ、川面に到達する、その光景。
具体的にイメージを固め、掌に力を……!
すると、やはり部屋のときと同じく炎が出現した。
まるで可燃性のガスか燃料に引火したかのように、掌から川面に向かって、ゴウッと火が上がる。
風に煽られ、室内に比べれば若干形を崩した炎は、燃焼させるものがない環境では、すぐに小さくなった。
時間にすれば一瞬であろう。
やはり、使える。
理由はわからないが、確かに自分は火炎を自在に出現させることが出来るのだ。
得体の知れない能力に対し、俺は若干の恐怖とそれよりも大きな全能感に酔いしれ、武者震いした。
§
その後、お巡りさんや散歩をしてる近隣住民などの目がないか慎重に注意を払いながら、俺は能力の検証を進めた。
どうやら火炎放射能力は、何らかのエネルギーをその代償としているらしく、二度、三度と使用する度に、火炎の放射後に疲労を感じた。
感覚的にはダッシュをした後の疲労感に近いが、それに作業後の疲れをミックスした感じだろうか。
他にも、火炎の火力の調整や、継続時間などを調査した結果、火炎はライターのように小さくしたり、あるいは連続して燃焼させることも出来るようだった。
おそらく、大きな火炎も出せるのだろうが、どれ程広い範囲に火炎を出せるかは分からない。
いくら人に見つからないように実験していると言っても、見付かって仕舞えば言い訳は効かない。
小規模な火炎なら、言い訳に持ってきたスプレー缶のガス抜きをしてたら火が着いたなどと言えるだろうが、大規模な火炎とは即ち爆発だ。
爆薬などを所持しているのではないかと、痛くない(痛くないよね?)腹を探られかねない。
温度も測ってみたが、どうやら火炎の温度も変化出来るようだ。現状、下は摂氏400度から上は摂氏1000度くらいのようだ。
昨日ネット通販で購入したこの温度計は、上限が1摂氏300度まで測れるらしいので、間違いないだろう。
因みにアルコールランプとかが摂氏1000度くらいらしいので、現状では俺の二つ名は『アルコールランプの○○』となる。
俺の本名は斎藤文男なので、『アルコールランプの文男』だ。理科委員かな?
っと、どうやら実験している内に時間経ったらしい。既に空は茜色に染まりかけている。
能力の都合上、夜は却って目立つからな……。
そんなことを考えながら、帰路に着いた。
途中、ニヤニヤ独り言を上げている自分を笑いながら追い越していった下校中の高校生の姿はなかったものとする。
§
数ヶ月後、部屋の中で思い悩む火炎系超能力者の姿──つまり俺の姿があった。
バケツに水を張り、手を突っ込んで火炎を放出し続ける特訓により、火力、持続力の向上心が見られた。
残念ながら範囲向上の訓練は、あまりにも発見のリスクが高まるため積むことが出来なかったが、それでも範囲を小さくしたりするコントロールは成長を見せた。
今では摂氏1700度を越える火力を投射可能な俺は、人呼んで(呼んでない)『ガスバーナーの文男』って所かな……。
しかし、そのガスバーナーの文男こと俺は、ある問題に直面していた。
それは、
「どこで使うんだよこの能力……」
ということだった。
順調にいけば、俺の能力はもっと向上し、温度は上がり続けるかと知れない。
何れ、『ナパーム斎藤』だとか、『テルミット文男』だとか、果てには『太陽の文男』とかまでいけるかも知れない。
しかしだ。
考えてみてほしい、その強大な武力、火力はどこで活かされるのかと。
所詮はこの身は炎を出せるだけの生身にすぎない。ワンピースのロギア系みたいに攻撃を無力化できるというでもなし。
そもそも仮に敵が存在していたとして、彼らを倒すのに火炎の能力が必要なのだろうか。
例えばここにファンタジーな敵が出てきたとしてだ。それがゴブリンであれオークであれ、ドラゴンであれ、別に重火器や兵器で良いではないか。
まあ、一応この能力を全自衛隊員が身に付ければ強いとは思うが、運良く解剖されなかったとしても「それ火炎放射器じゃダメなの?」という意見がでるだろう。
それ以前に、弾道弾やら無人攻撃機やら、ドローンやらが幅を効かせる現代の戦争で、炎を出すことが出来ます! なんて何の売りにもならない。
むしろ赤外線探知で場所をばらすだけではないのか?
戦闘でなくとも、民間で活かせないものかと考えもした。
だがやはり、それも難しい。この能力で金を稼ぐことを考えてみたが、まず思い付いたのはゴミ焼却施設だ。しかし、ゴミを燃やす燃料代の節約にはなるが、他の人件費や施設の建設費用などはどうにもならない。
そもそも、大量のゴミを燃やすのに超能力はいらない。ガソリンぶっかければそれで済むのである。
しかも現代では焼却炉の性能が上がっているので、燃料費も節約できていると聞く。ますます出番がない。
火力発電所も同様だ。発電所に限らないが、高炉など火力を必要とする施設では、そもそも火を落とすことがない。
仮に評価されて働けたとしても、24時間眠らずに火炎を放射し続けなければならない。いくら高給を貰えたとしてもプライバシーのない人生なんてゴメンだ。
火炎放射能力は、見た目がハデで格好はいいが、実際のところ実に使い勝手が悪かった。
§
エピローグ
仕事で疲れた身体を癒すべく、湯桶に水を張る。
冬場の凍てつく風に晒され冷えた身体を暖めるには風呂が一番だ。
蛇口を全開にしておけば、数分で水が貯まる。
数分後、貯まった湯桶に徐に掌をかざし、水中へ。
肌を刺すような痛みに耐えながら、能力行使。
ゴウッ!!
水中で赤い光が灯り、瞬く間に周囲の温度が上がっていく。
ぐるぐると手を水を掻き回すように動かせば、温度のムラも無くなる。
一分も経たない内に、冬場の常温だった水は、湯気を立てる絶妙な温度に変わっていった。
まあ、所詮はこんなもんだな。
俺の能力は既に能力を限界まで鍛え上げ、鉄を溶融するまでにになった。しかし、所詮は火炎放射。
現代で使うには、ガスを引かなくて良くなる程度の効果しかもたない。
幸い最近はガス代を節約することにより、少しばかり貯金が増えた。
まあ、所詮は湯沸し器代わりになるのが精々さ。
今の俺は差し詰め『瞬間湯沸し器の文男』だな。
これが念動力だったらなあ。
競馬場とかで若干抵抗強くしてレースを妨害するのに。やはり念力こそ至高の能力。