05 夜更けに歌う
風呂から帰ると、部屋ではこれまた生徒達が規律正しく各々布団をしいていた。別に敷けといわれたわけではないらしいのだが、仲居さんたちが大変だから、ということで、こっちからかってでたらしい。不在だった生徒達の分を仲居さんが敷いてくれていた。
「…変わった学校なんですねえ。連邦軍の軍人さんみたい。」
と、珍しがられた。
吹雪の顔をみつけると、冴はにっこりして、自分が座っている布団の横を、ぽんぽんと叩いて、オイデオイデした。吹雪は別に深く考えず、「わーい」と駆けて行くと、ぱふん、と冴の隣に座った。…冴は、何故か吹雪の背中を軽くぱっぱっと払った。ごみでもついていたのだろうか。風呂上がりだし、フケってこたーないだろーし、と思った。
「あったまったか、吹雪。」
「うん。」
「外は寒かったからな。」
そして冴は吹雪の背中をナデナデすると、そっと耳打ちした。
「…おまえ、とりあえずしばらく俺のそばを離れるな。」
吹雪はにっこりした。
「うん、クマたんがんばるよ。」
「そうじゃない。」
冴はおかしそうに笑った。
藤原は部屋の別の隅で、別の集団にまざっている。
根津は眼鏡をクリーニングしていた。
須藤は、こちらへやってきた。
「やー、混んでたな、風呂。」
「…刑務所みたいだった。」
冴が呆れて言った。
「明日はのんびりできる風呂だといいけどな。」
須藤が言った。
「…洗面所混むまえに、歯みがいちゃおうか。」
吹雪が言うと、2人は同意した。
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点呼がおわって電気が消えると、いよいよ修学旅行のメインエベントだ。…といっても、「連邦軍の軍人さんみたいな」S-23の生徒は枕なげなんかしない。
…早々に藤原が逃げてきた。
「おいっ、どっかこのへんまぜてくれっ。」
「なにいってんだよ、決まってんだから、布団。」
「頼むって! …あっ、根津、まぜてくれっ!!」
「ここは満員。」
「乗車率180パーセントで頼む!」
「盆暮れの州鉄か?!」
根津の拒絶を押し切って藤原はそこいらに逃げ込んだ。
「…なにあわててんだよ。」
「いや、告白イベントの件で…名前をはかされそうに…。」
「ここへ来ても吐かすぞ。」
「どうして言うんだよ、ばかだなーっ。」
「言ってねーよ、でもなんかみんな知ってる!!」
「…女子たちのなかではだいぶ前からの計画だったと見たぞ。」
「そして若干名、男の中にスパイが。」
「あ゛あ゛あ゛あ゛~っ、もう。」
ニヤニヤ笑いをしているような声で、冴が言った。
「…誰と誰なんだ?」
「ああっ、こいつ、2人かよ!!」
「このやろーっ、ひとりわけろ!」
「やめてくれーっ!! どうせ終わったらばれるんだろ?! なんでそれまで待てないか貴様ら!!」
「待てるわけねーだろ。アホか。こんなイベント見逃してなるものかつーの。」
「アホだ、藤原はアホだ。」
周囲は口々にアホアホ言って笑った。
「アホアホ言うなっ!!」
「…そういえば、藤原は1年のとき、ミホちゃんと付き合ってたろ。彼女とはすっかり終わったのか?」
「えーっ、藤原って、2-Eのツムラミホと付き合ってたの?!」
「今ばらしたやつ須藤だろ?!」
ひゅー、ととぼけた口笛が聞こえた。
「…須藤、てめぇ…」
「どうでもいいじゃねーかよ、ミホちゃんのこと話せ。」
「そうだ、告白イベントを言わないつもりなら、ツムラのことを洗いざらい吐け。」
「まっ、告白イベントの件もあとで吐かせてやっけどな。」
観念したのか、藤原がツムラとは別れた旨のべると、すかさず質問がとんだ。
「お前ミホちゃんとはヤッたのか?」
「ノーコメント!!」
「…妄想はきついくせに、現実はヒミツ主義だな、藤原は。」
冴の声が笑いをふくんで冷やかすので、吹雪は言った。
「ツムラって、髪がクシャクシャっとパーマで、せがちっちゃくて、目がでかい、古典少女漫画みたい顔した女子だよ。冴、知ってる?」
「いや、全然見当もつかん。いい子か?」
「それは藤原にきかなきゃー。」
「いい子だったか、藤原。」
「…」
藤原はノーコメントを貫いた。
「…冴、となり行って、耳にひそひそ吹き込んできいてこいよ。そしたら冴にだけ言うかも。」
「…なんかそれ怪しいよタッチ。」
根津が言った。
「どれどれ、やってみよう。…どこだ、藤原。」
「…月島。…あいてっ、踏むなよ!!」
「藤原、なんか言え、場所がわからん。」
「うわー、なんかこええ。」
「月島こええよ。」
「ふじわら~」
藤原は意地で口を開かない。
周囲は笑い転げた。
「…本当はわかってるぞ。ここだろ?」
「…それは俺だ、月島。」須藤が笑った。
「お前か。…じゃあこっち。」
「曽我部だよ。」
「曽我部か。…あっ、ここだな。藤原のにおいがするぞ。」
「臭い?!」「におい?!」「ええっ?!」
驚愕の問い返しがほうぼうで起こった。
驚愕の返答がそれに続いた。
「…あたり。」
全員ずざーっとひいた。
「…俺ってどんなニオイよ、月島。」
「…オレンジの果実的な上澄みにスカイブルーが沈んでる感じのニオイだな。」
「それ色だから。ニオイじゃないから。」
「ニオイだ。色はまた違う。…まっ、こまかい表現はどうでもよかろう。」
冴がくすくす笑って藤原を(多分、暗くてまったく見えないが)撫でて嬲っているのをうかがいながら、吹雪も笑って布団に横になった。正直吹雪はなんだか疲れていた。…みんながいうように、少し体調がわるかったのかもしれない。…もう眠ってしまいそうだった。
冴のことは、藤原に任せればいい。吹雪は、藤原が冴を好きなのと同じように、冴も藤原が好きなことは、須藤に言われるまでもなく、充分わかっていた。男同士だ、間違いがあっても、「笑い話、のち、思い出話」で済むだろう…。
吹雪はそのうちうとうとし始めた。みんなの話し声や笑い声がだんだん遠くなった。
…そのうち、なんだか、重いな-、とおもって目がさめた。
辺りはすでに静まり返っている。みんな、眠ったみたいだった。
中学の修学旅行のとき、隣のやつの腕が朝方ぶっとんできて、どかっと胸におちたことがある。あのときは本当に死ぬかと思ったが…そういうショックはなかったのに…と思った。
…目がさめたのだが、目があかない。
(あっ、これって、金縛り?)
吹雪は子供の頃からよくそういうことがある。
そのまま眠ってしまえば御の字のはずだった。
しかし、それにしても、重い。
(冴かなー、もう、重いよ-、まさか俺にのっかってんじゃないよね)
そのときふと思い出した。
(あれっ、冴はさっき、藤原を探して、根津のほうへいかなかったっけ)
そのとき…顔のすぐまえで、誰か女が、とぎれとぎれに歌を歌い始めた。
(えっ…)
(ええええっ?!)
…童謡、だった。
ぞーっとした。
(だれか…)
(だれかこいつを退けてくれーっ!!)
あばれたつもりだったが、体がまったく動かない。
そのとき、不意に思い出した。
…冴がさっき不自然に背中をはらってくれたことを。
あっ、と思った。
(さ…)
(冴、たすけてーっ!!)
(冴ーっ!!)
不意に体が軽くなってぱっと目が開いた。
「…吹雪、大丈夫か。」
冴が暗闇の中でひそひそ言った。…隣の布団に、戻ってきてくれていたようだった。
「あ…冴、ありがとう…俺、今…」
「うん…まあ、いい、吹雪。とにかく一旦目を覚ませ。」
え?と思った。
気がつくと、みんなが心配そうに覗き込んでいた。
…電気がついていて、部屋は明るかった。
あれっ、と思った。
「…あ…」
冷たい汗をびっしょりかいていた。
「だいじょーぶ?タッチ。」
根津が心配そうに言った。
「…驚いたぞ、急に変な低い声で寝言言い出して…すげ苦しんで…。いくら起こしても起きないから…今、オーウェンが先生を呼びにいった。」
須藤が言った。
「…寝言…?…なんて…?」
「…よくききとれなかったが…」
「どっかにいってくるといってたぞ。」
藤原がハッキリと言った。そして、タオルをもってきてくれた。
「…水かけられたみたいにびっしょりだ。拭けよ。」
吹雪は須藤に起こしてもらい、ふわふわのタオルをうけとって汗をぬぐった。
なぜか、藤原は冴とおなじように、吹雪の肩をぱっぱっと払った。
「…なんかごみついてた?」
「…ごみはついてねーけど、なんか??」
藤原はそういって、少し首をひねった。
「…吹雪、ちょっとこっちこい。」
冴の声がしたので顔をあげた。冴は床の間のあたりにいて、ポットに残ったお湯を茶碗にくんでいた。
…クラスメイトは安心したらしく、それぞれの布団にもどった。吹雪は、冴のそばにいった。冴は、その茶碗の上で何かを切るような仕草をし、それを吹雪に差し出した。
そしてひそひそ言った。
「…一気に飲め。大丈夫だ、もうぬるくなってる。」
吹雪はいわれた通りにした。
「…吹雪、こういうこと、よくあるのか?」
「…金縛りはよくあるけど…歌きいたのは初めて…。」
「そうか。…多分、たいしたことはない。気にするな。…悪かったな、そばにいなくて。呼ばれていそいで行ったが…怖かったか?」
「…冴、おれが呼んだの、聞こえたの?」
「勿論だ。」
「…ありがとう…。」吹雪はちょっと感動した。「…大丈夫だよ。」
「そうか。…今、教師が来ると思う。挨拶したら、今日は一緒に寝よう。せまいだろうけど、怖くないほうがいいだろ?」
吹雪はぼんやりうなづいた。
…前も、冴はこうやって勇気づけてくれたことがあるな、と思った。
そうだ、大弓の時だ。
「…冴、今何時?俺、みんなのこと起こしちゃった?」
「まだ11時だ。みんな起きてた。須藤の初恋の話をきいてたところだ。…でも、もう寝よう。お前疲れてるみたいだし。」
吹雪はそれを聞いておどろいた。
消灯は10時だったのだ。
ほとんど時間はたっていなかった。