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04 冬の怪談 

 繰返す停車の末に、列車が目的地に着いたときには、とうに日は暮れていた。

 ドームの通称は古都。日本人なら誰もが知っている、古えの首都の一つだ。奈良の平城京ドームと区別して、平安京という場合も多い。

 旅行慣れしている金持ち息子どもと違って、吹雪は、古都に滅多に来られない。あちらこちらの寺院を見て歩きたく思っていたが、残念ながら、日程的に無理だった。

 こんなところ、チューブラインをつかえば州都から30~40分だ。(チューブラインはその仕組み上、近い場所は意外と時間がかかる。国外へむかえば、同じ所用時間で大陸にわたることができた。)値段だってそんなに高いわけではない。けれども、吹雪の家庭では、許されない贅沢だった。

 だから吹雪は修学旅行をとても楽しみにしていたし、こういう制度があって、本当に有り難く思っていた。

 点呼と簡単なスケジュール確認のあと、生徒達はそのまま徒歩で、その日宿泊予定のホテルに向った。けっこう距離があって、かなりの時間、重い荷物を持って歩いた。エリア暮しの軟弱な子女たちは、3分ほどでもう不平を言い始めた。

 吹雪はそんな連中のことなどまったく関知せず、物珍しく周囲をみまわしながら歩いた。おおよその風景は暗闇に沈んでおり、時折寺社の入り口があっても、何がなんだかよくわからなかった。歴史上の事件現場だの、文学の舞台だのにはあまり興味がなく、古い建築とか、庭とか、建物とかが見たい吹雪なのだった。

「…吹雪、よそ見してるとはぐれるぞ。」

 冴が妙に優しい声で言った。見ると確かに吹雪は少しクラスから離れていた。急いで歩調をあげた。冴が立ち止まって、待っていてくれた。

 …冴がエリアの住人になったのは今年の春だ。今でこそ家主さんの都合でセレブリティな地域にいる冴だが、実家は母子家庭で、吹雪の家よりさらに苦しい。

 このあいだ2人で話をしていたら、「…8畳間って、よく考えたら、4畳の倍だな。」などというので、なんで、ときいたら、「俺の実家の部屋は4畳だ。…8畳あると、テーブルを片付けなくても布団がしけるから、楽でいい。」などと、温泉につかるカピバラみたいな顔になっていた。

 じつはその4畳というのは、10畳1間のロフト付きワンルームをお母さん6畳、冴4畳、という割合で、勝手に壁を(DIYで)作って仕切って使っていたんだそうだ。だからロフトに登るとどっちの部屋も上から丸見え。母子で、単身用のアパートに暮していたらしいのである。持ち物も最小限しか置けなかったそうだ。

 ちなみに小学校を出て、中1くらいまで、母子は6畳一間でくらしていたらしい。冴が年頃になって、離婚したお父さんが「さすがに、おまえら、それは」といって、引っ越し資金をだしてくれたのだそうだ。お父さんはそのあとかなり顔色というか人相が悪かったらしい、残業のしすぎかなにかで。アルバイトでもしてくれたのかもな、と冴は言っていた。

 …飯つくりと掃除を全部ひきうけてもなお、今の生活は広々として楽だということなのだろう。

 それどころか「…久鹿先生に媚びて安い机買ってもらおうかな、ノートチップビューアーのつけられるやつ。…机、欲しいんだ。昔は持ってたが、お袋が離婚したときおいてきてしまって…いや、冗談冗談、まさか先生にそんなことは言えん。」と言う。ちなみに久鹿先生というのは家主さんのお父さんで、昔、議員さんだった。大臣だったこともある。

 そんなものくらい、別に媚びなくても、「暮すに設備が足りてない」といって堂々と請求すれば、「おお、すまん」とカーテンや電灯でも買うような勢いで当り前に買ってくれそうだが、と吹雪でも思うのだが、冴は本当に、つましく生きているのだった。

 吹雪は一応、自室は6畳で、机もベッドも壁も天井もある。祖父母や親が一緒の部屋で寝るわけでもない。せまいはせまいが、自分一人の部屋だ。ただ、絵の具をいれる棚が単なる「棚」で、引き出しや戸はおろか、側面や奥面もない。適当な箱に絵の具を色分けしていれて積んであるのだが、たまになんかの拍子にざらーっと絵の具のチューブや大量の絵筆が崩れ落ちてくる。それがまた、棚の場所を選べない6畳のつらさで、ベッドの上に落ちてくる。…夜中油臭い、いや、下手をすると、朝起きたら絵の具のなかで寝ている。しかもまた色分けするのが大変で…棚にとりつける合成パネルがほしいが、たかがそんなものがどうしても買えない。家中どこをさがしてもスポンサーがいないのである。母親は時折「笑い汗」をたらしつつ、「ごめん、吹雪、お昼代か、お小遣いか。どっちか選んで。」…なんて言うのである。…下手に小遣いなどといった日には、一ヶ月昼飯抜きである。だからそう言われたときは、必ず昼代をもらって、それをやりくりして、小遣いを捻出するのである。

 …でも、こういう貧乏自慢で楽しめるのは、月島と吹雪が2人のときだけだ。他の連中が話に参加していると、やはり少し気が引ける。自室12畳・天井3メートル・デザイナーズインテリアという噂の藤原などいると、とくに気が引けた。

「…冴は、古都は来たことあるの。」

「中学の修学旅行で来た。」

「何日。」

「平安京には2泊した。平城京に1泊。」

「そっか…。まあ、俺らんとこも、似たようなもん。2泊くらいじゃ、回り切れないよな。」

「そうだな。」

「…仏像とか、建築とか、興味ある?」

「…仏像は好きだ。建物より、庭が好きだな。」

「そうなんだ?俺も庭好きだよ。…山は行った?」

「比叡山か?…いや、大原に行ったよ。大原のなんとかって寺で写経した。なかなかすがすがしかったぞ。」

「…俺、比叡山行ったよ。」

「どうだった?」

「ん…濃いね、あそこ。」

「…そうか。」

 …何故かわからないが、冴はあいているほうの手で、チョイと吹雪の袖をつまんでひっぱるようにして歩いた。吹雪はさほど気にしなかった。そのうち、道はやがて急に町中へ出た。ざわざわと、クラスメイトの喋り声が賑やかだ。

 …あれっ、と吹雪はなにか奇妙な違和感を感じた。

 道がこんでいるから、端に寄って歩くよう、担任の小島から注意があった。

 ぞろぞろと端に寄ると、あいた右側を、子供が駆け抜けて行った。…そのあとを、親なのか、女の人がいそいで追いかけた。通行人はそれきりだ。

 …別にそんなに混んでないけどな、と吹雪は思った。

「…立川、大丈夫か?」

 突然、どこにいたのか、藤原が言った。

「…?…別に…。何で?」

 藤原を見ると、なんとなく、眩しいような心地がして、吹雪は目を細めた。肩の辺り、が、なんだか見づらい。

「…ちゃんとついてこいよ。迷子になるぜ。」

「古都は昔からあちこち繋がっている。ドームをかけてからさらに著しくなった。気をつけろ。」

 藤原の近くで誰かが言った。

 吹雪は不思議に思って冴をみた。

 …冴の綺麗な顔はよく見えない。でも後ろ手に吹雪の袖を引く手首に、お父さんの形見だと言っていた時計が光って見えた。


+++

 ホテルは少し古くなっていたが、設備はよかった。シーズンオフなこともあり、西コースを選んだ全生徒がそろってここにとまれるのだという。

 広い玄関ホールで点呼が行なわれ、食事時間が確認されると、実行委員だけを残して解散となった。

 個人票で確かめながら、部屋に向った。その晩、30人入れる部屋に、2-A、2-Bの男子はまとめて突っ込まれていた。…多分、宴会ルームなのだろうと思われた。

 2-Aには学年でも有名な仕切屋の不二田というやつがいて、こいつがうまいこと仕切って荷物置き場などを決め、てきぱきと場所を割り振った。なぜか冴がお茶をいれはじめ、人数分はいると吹雪を手招きして、最初の一つを手渡ししてくれた。そしてコソッと言った。

「…大丈夫か?吹雪。」

「…?なにが。」

「いや、大丈夫ならいいんだ。…ま、飲め。」

 そしてほかの連中に「おーい、茶いれたから飲むやつは飲め」とものすごく偉そうに言い放って、あとはほったらかしにした。2クラス分の男子は、わらわらと集まって、茶をのんだり、一息ついたりした。冴のいれたお茶は、おいしかった…。

 食事もまあまあ美味しかったのだが、いかんせん、量が少なかった。部屋に帰ると当然、またおやつの袋が乱舞した。

 実行委員が交代で風呂に入れと指示を出し、肌寒い12月の古都を歩いた生徒達は、一塊ずつ風呂に向った。吹雪たちは、第3陣くらいを狙うつもりだったので、そのまま菓子を食べていた。

「…列車もいいけど、疲れたな~。」

 根津が早速売店から仕入れてきた餅菓子をあけると、当り前の顔で周りにいたやつらは全員手を出した。

「あっ、なんだこれ、うめえ。」

「ったりめーよ、このまちで菓子屋が生き残るのは大変なんだから。」

「あとでなんかもっと買っとくか。…ここの菓子うめえわ。」

 須藤が言った。

「しかし、駅から近くてよかったな。ドームがあるのにこんなに寒いとは思わなかった。」

「えーっ、近くないっ、ちかくないよ、遠かったよ。つかれたー。」

 吹雪がぶうぶう文句を言うと、冴が薄く笑った。

「…吹雪一人で、ちょっと遠回りしてたのかもな。ここ、駅から10分くらいだぞ。」

「えーうそ、たった10分?そんなことないよ、もっと遠いって。」

「立川、疲労困憊してたよな。倒れっかと思った。…気ぃ遠くなってたんじゃねーの、貧血かナニカで。」

 藤原が言った。

「えっ…そう?…俺は別に…具合とかは平気だったけど…」

 吹雪は困惑した。

「なんでもないならいいけどな。まだ一日目だし。寝込むと大変だぜ。健康第一。…つか列車の揺れが体にのこってて、きもちわりーなー。」

 藤原は別にこだわらなかった。

 …藤原の肩の辺りは、やっぱり今もなんとなくちらちらして見づらかった。


+++

 修学旅行の風呂タイムというのは、男子学生の一部にとっては、本当に試練の時だ。しかし幸いなことに吹雪はわりあいそういう悩みとは無縁だった。親が上手いこと産んでくれて、豊かとは言えない生活ながらもしっかり栄養だけはつけて育ててくれたからか、はたまたぱーっと陽気にエロいメンタリティの持ち主だからなのか、どこもかしこも年相応にきちんと成長していた。…ありがたいことだと思う。

「…きょうは冴とお風呂だなーっ。ちょっとどきどきするなーっ。」

「別にどきどきしない。普通に男だから、俺も。」

「…下宿では家主さんと一緒にお風呂入るの?」

「…まあ、たまに、興がのったときは。」

「へーやらしー!」

 …吹雪はタオルと着替えの束で、ぼふっとぶたれた。

 根津が呆れて言った。

「じゃー今日は俺たちみんなやらしーじゃん。」

 吹雪はうなづいた。

「だっておれたちみんなやらしーもん。」

 須藤が衝撃をうけたように言った。

「…意外と正論だな?!」

 …藤原だけは無視していた。ちなみに、この中でエロ妄想が一番走りがちなのは、根津より藤原だ。別に恥じることはないだろー、と吹雪は思うが、藤原は微妙に恥を知っているようなところがときどきあって、そこが色っぽいと言えば、色っぽい。

 だが、吹雪は実のところ、一番経験豊かなのも、一番エロいのも、たぶん冴だと思っていた。口にだして自慢したりしないだけだ。きっと、家主さんとはめくるめく日々なのだろうなあ…と…。

「…吹雪、…じっと俺を見てぼーっと妄想するのはやめてくれ。扱いに困る。」

「ああ、ごめん。いや、きっと冴ってあまりエロ話しないぶん、ほかの奴よかエロいんだろーなーと思って。」

「そんなこというやつとは一緒に風呂にはいらないぞ。」

「あーん、やーん、いじわるーいじわるー。…そんなことしたら、いない間にぱんつ盗むからな!!」

「んなもん盗んでどうするんだ?!」

「ど…どうって…あらって大事にひきだしにしまっとく!!」

 根津がふきだした。

「使用済みをかよ…タッチ、それでたまにはいてみたりするの?」

 須藤が困ったように言った。

「…いや、タッチ-の傾向としては、たまに被ってみたりするのでは…。」

 吹雪は厳重抗議した。

「被るわけないだろ! 修学旅行の思い出に、大切にとっておくんだ!!」

「いい加減にしろ変態ども!!」

 …なぜか冴ではなくて、藤原が怒った。3人はちょっと恥じたように、口をつぐんだ。


+++

「…あれはさー、多分藤原が一番エロい想像してたんだよ。」

「…あったりめーだろ。藤原だぞ。考えることは半端じゃねーよ。」

「使用すると思ってたんだろうな。」

「洗わずにな。」

「しねーよ。俺はせいぜい…たまに畳み直してみるくらいだよ。」

 吹雪は頭を掻いた。根津と須藤は畳み直すのかよとかなんとかいって笑っている。

 …藤原は冴をひっぱって二番手で風呂に行ってしまっていた。

「んー、でも冴と風呂いくの楽しみにしてたのになーっ。たのしーじゃん、背中ながしたりさー♪」

「そりゃお前、自業自得だ。」

「…まっ、いいさ。まだ一日目だし。…藤原なんかきっと今ごろ、冴のナニを厳重に観察してると思う。あいつは冴の次くらいにエロい。」

「厳重にかよ。」

「慎重に、じゃなくてか。」

「てか、ちらっとじゃねーの。」

「女の子同士ってどうなんだろうな。爆乳だと、やっぱり見られるのか?」

「どうかなあ。」

「みられんじゃね?…でも瞬時にみないふりじゃね?。」

「…まあ、おなじか。」

「いや、女子は意外にはっちゃけてるぞ。わからんぞ。」

「…まあ、個性によるのかも…」

 須藤は立ち上がって、テーブルに少し残っていた、手付かずの冷えた茶を3人分運んできた。3人は根津の菓子の残りをつつきながら、冴のいれた冷めた茶を飲んだ。

「しかしタッチ-よ、おまいさんはちーと今日はやり過ぎだぞ。藤原くんに廊下で足引っ掛けられないように気をつけろよ。」

「やり過ぎって何を。」

「…月島にまとわりつき過ぎ。…フジが話し掛けられないじゃないか。可哀想だろ。」

「…うーん…。」

 吹雪は少し困って言った。

「実は俺って、旅行慣れしてないのよ。」

「…そう?」

「うん…。家を離れることって滅多にないし…。なんかおちつかねーってか…。そわそわってーか、ふわふわってーか…」

「…そうなんだ?」

「うん…。…でも月島にくっついてると落ち着くんだよね。だからくっついてんの。」

 根津も須藤も呆れた。

「子供じゃないんだからね?タッチ。」「いくつだよ。」

「…でもー、月島は多分あの調子じゃ…夜ひとりで寝らんないぜ?」  

「…」「…」

 2人は黙った。

 須藤が言った。

「…まさか一緒に寝るつもりなのか?」

「…うーん、狭いからやだけどなあ…でも月島がそこいらの適当な奴抱いて寝たらなんかムカつくし。クマたんがんばるよ。」

 根津も須藤も慌てた。

「や、まて、早まるな。」

「そうだ、今日はどうせみんな起きている、月島もぎりぎりまで起こしておけばいい。耐え切れなくなって眠れば、別に腕が寂しいとも思うまい。」

「…?…なんで2人ともそんな青くなんの?」

 2人はがしっと吹雪の腕や肩をつかんで、そろって言った。

「…月島は、多分、おれたちのなかで一番節操がなくて、手も早い。賭けてもいい。」

「えーっ、いくらなんだって、男にはー。やんないよーっ。」

「おまえあれだけ冗談いっといてタダで済むとでも思ってるのか?」

「…だって月島は、アイシテル人がいるから、チュ-はその人としかしないとかいって俺のチュ-は拒んでたけど、ダイガクの玄関で家主さんとチューチューやってたよ?…それにあの爆睡っぷりは、きっと昨日しばしの別れをおしんで2人で…」

 根津は吹雪の口を押さえた。そして無念のつぶやきをもらした。

「くぅ、聞いてはいけないコトを聞いちまった気がする…」

 須藤が言った。

「…タッチーあのな、お前も男ならわかるだろう。上半身と下半身は別だってことが。」

「そだよタッチ、ちなみに愛と恋も別。てゆーか、愛でおなかはいっぱいでも、欲望は別腹。」 

「…」

 2人はぽんぽん、と吹雪の肩をたたいて、根津は菓子を吹雪の口に押し込んだ。

「…とにかく、今日はなるべく奴を寝かせるな。いいな?なんか深い話に持ってけ。昔の女の話を片思いの初恋から全部聞くとか。お前も腹を割って昔語りしろ。俺達も協力するから。」

「今夜さえのりきれば、明日あたりからは寝不足がたたって奴は絶対機嫌が悪くなる。奴は機嫌が悪くなると、ひとりになりたがる。あれでも一応、周りに当らないように自分で気をつけてるんだ。あいつはマジキレしたら手つけられねータイプ。…じゃ、そういうこって。」

「…う、うん、わかった…。」


+++ 

 風呂からもどってきた冴がほかほかであまりに抱き心地良さそうで思わず抱き締めていたら、藤原に引き剥がされて、根津と須藤にひっぱられて風呂にひきずっていかれた。まったく、冗談のわからない奴らだと思った。きっと藤原はパンツの枚数を冴に確認させているに違いない。ご苦労なことだ。

 風呂は大浴場で、30人くらいはなんとか入れた。すごく混んでいたけれども、時間をずらしてはいっていたので、なんとかすれ違うようにして入浴することができた。

 こういった軍隊的な効率を生徒達が自律して行なうのは、S-23の特技みたいなものだ。…まるで、働きアリみたいな秩序だった。…たいていの転入生は、これにもびびる。冴は大丈夫だったろうか。根津もまだ今一つ馴染めないみたいだった。

 異端よばわりされることの多い吹雪だが、意外とこういう部分は慣れたものだった。こうしたことは訓練によってある程度だれでも達成できるし、その訓練にはコツがあって、S-23の幼稚園はおそろしいほどそれが上手いのだ。

 一体感、がその根底にある。普段個々人がばらばらに孤独に生きている日常の中、とくに大した意味のない集団行動のときだけ、一体感を味わえるように仕込むのだ。その数分間、個を手放すことによって、生徒たちはそれぞれの重荷を手放す。そして一体感の中でリフレッシュする。そしてすぐに個人に立ち返る。…それは「魂のアナロジー」なのだそうだ。幼稚園時代に、一つの冒険として、教わる。

 その外側から見ると囚人的とも思える一連の集団行動の中で、なんだか吹雪は違和感をおぼえた。なんだろうとしばらく首をひねっていたが、最後上がるときにやっと気が着いた。

 …あれっ、いいのかなーっ、と思った。

 S-23の集団の中に、小さな子供がまざっていたのだ。

 風呂は別に貸し切りではない。一般客がいてもおかしくはなかった。吹雪はさほど気にせずに、そのまま無視して上がった。

 …なんとなく、その子供、あとで思い出すと服をきていたような気がするのだが…。まさかありえない。きっと気のせいだろう、と吹雪は思った。

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