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02 クマたん

 「今回みなさんは西のルートを選択しましたが、北のルートに入っているJ-1、通称釧路ドームは、その番号からもわかる通り、日本で初めて作られたドームです。また、日本だけでなく、世界で初めてつくられたドームでもあります。これは当時の市…市といっても、現在のような、都市国家的な強権は持っていませんでした、もっと緩やかな、自治というのも名ばかりの政体でしたが…この、連邦以前の旧体制における市の議会は、釧路市の厳しい気候や経済状況を反映して、約80パーセントを占めた与党が他都市や国会とは異なっており…」

 貸しきりの臨時列車の中では、10時の時報と共に、中学時代にならった歴史の復習が車両ごとに立つ教師によって始められていた。全科目の教師が同じような台本を読むのだが、以外と、社会科教師より数学教師のほうが説明がうまかったりして、笑える。

 修学旅行といっても、レポートの提出課題は重いし、チェックシートの束は預けられているし、全員もちろんノート持参で、研修のようなものだった。

「…冴、大丈夫?」

「…くー…」

 冴は依然、爆睡体勢のままだった。吹雪は窮屈ではあったが、冴を抱き着かせたまま、ノートを確認した。事前学習箇所であるせいもあって、ノートはできあがっている。ところどころをチョコチョコ直せばよかった。…まあ、だから月島も寝ているのだろう。

「…この年が、ドーム歴元年とされました。ところで今年はドーム歴何年でしょう、月島くん。」

 冴は、はた、と目をあけた。

「…104年。」

 吹雪がひそひそ囁くと、冴はいかにも起きてましたという顔で

「104年」

と、不遜なほど堂々と答えた。

 …向いの席の2人が笑いを堪えていた。


+++


「あーあ、やんなっちゃうなーっ、せっかくの旅なんだから、授業はなしにしてもらいてぇよ。」

「ほんとだよなーっ。」

「ハノイまでこれなのか?」

「バスになれば授業なくなるらしい。先輩が言ってた。」

「はやくバスにのりたいぜ…。」

「でも座り心地は列車のほうが格段にいいぜ。足許も広いし。テーブルもある。」

「おい、さっきの続きやろうぜ。…くそ、勝ってたのになーッ。」

 …とはいっても、授業は一時間おき、一クラス終わると、簡単なレポートを作成してサーバーにアップするだけだ。しかもそのレポートは出発前に下書きが済んでいる。さくさくこなせば休みたい放題ではあった。もっとも、そんなことがどうであれ、勝手に休んでいるやつもいたが。

「…月島レポートできた?」

「ああ、もともとやってあるし。」

「じゃおやつ食うか。…昼飯は一時からだから、なんか腹にいれとかねーとな。」

 この日ばかりは親も大量のおやつに目をつぶってくれる。吹雪が、好きなパッケージのビスケットを出すと、冴が温かいお茶をわけてくれた。冴の茶はお湯と、ダシパックにつめた茶葉、という衝撃的な持参形態だった。だから、その場で茶を出すわけで…勿論破格にウマイ。

 一つ向うのボックスから、須藤の顔がのぞいた。

「…おい、さっきなんで月島あてられたんだ?」

「だって、冴、ぐーぐーねてんだもん。」

 吹雪が答えると、向いの2人が口々にいった。

「クマたんだっこしてな。」

「ぎゅーっとな。…俺が教師でも当てるって。」

 そしてげらげら笑った。須藤も意味を察して、苦笑ぎみに笑った。

「…?クマたんて何だ?」

 冴が一人で首をかしげるので、みんなは余計に笑った。吹雪も笑った。   


+++


 臨時列車なので、一般車両のダイヤに合わせて、すれ違うために、列車は時々、長く停車した。そうしていくつかの列車をやりすごしてから、またおもむろに走り出す。…のんびりとした道のりだった。特急というわけにはとてもいかない。快速ぐらいだ。

「…そしてドーム時代の訪れとともに、いわゆる内外格差といわれる経済格差が深刻化してゆきます。みなさんも、親御さん達が決死の思いでエリア税という人頭税をおさめて下さっているからこそ、富裕層が占拠する気象パネルの保護下のエリア地区にいられるわけです。」

 占拠だってよ、と向いの男子がひそひそ言った。

「…あの教師、反殻主義者だろ。…大和民族補完委員会?」

「違う、政経の福井ちゃんは、アウトエリア出身。でもS-23の職員給与だと、家族を2人以上エリアに呼べるのは、退職後だと。うちの親父が言ってた。でも、アウトエリアの家族はけっこう裕福に暮してるハズ。アウトエリアってものすごく物価が安いからよ、エリアから普通に仕送りすればもう、ウハウハのお大尽様。それなりに楽しくくらせるらしい。…ただ、寿命は縮むけど。紫外線で。」

「曽我部の親って何やってんの。」

「ウチは学校ドームスタッフ。S-22の。」

「ドームスタッフのほうが教師より給料いいの?」

「へっ、ごめんよ、俺んちのじいちゃん東日本の全学校ド-ムに全学用品一括納品してる専門業者の専務。」

「あー、じーさんの金かあ。」

「でなきゃ親父の稼ぎだけじゃぜってームリ。」

 生徒たちのヒソヒソ話を無視して、授業はすすむ。

「…みなさんは一般に、殻外のことをアウトエリアと呼んでいると思いますが、この名称は、エリア外の人にとっては、エリアの外、荒野という雰囲気を感じさせる言葉です。差別語です。正式な場でつかってはいけません。エリアやドームでない場所のことはフィールドと呼ぶようにしてください。実際そこで居住する人々は、自分達の生活の場を日本の場合、フィールドとかグリーンマップなどという呼び方をします。…殻外、という言葉は、政治・経済用語としては容認されますが、普段の会話の場ではつかわないほうが無難でしょう。…日本州では、フィールドに人口の約2/3が暮しています。…窓の外を見て下さい。」

 生徒達は窓の外をみた。

 田園風景がのどかにひろがっている。…昼間なので、人影はなかったが、うつくしい冬の山野と解け合うかのような、几帳面に刈り取りの終わった水田だ。

「…日本州の東部は特別に気候に恵まれた土地です。今こうして露地で米をはじめとする食料が栽培できるのはユーラシア周辺では、日本州をふくむ極東の一部、そして東南アジアにかぎられています。みなさんがこれからゆくハノイは、ドームの中に水田施設を持っています。ドーム自給率をあげる最後の手段といわれる、殻内水耕システムは、アジア全市から今最も注目をうけています。是非よく見て来て下さい。

 …ユーラシアの西のほとんどは砂漠、もしくは砂漠に近い、ステップやサバナです。

 みなさんは特別に恵まれているのです。たとい日々の暮しにみなさんなりの悩みや苦痛、あえぐような負担があったとしても、恵まれていることは自覚しなくてはいけません。そうでないと、みなさんは連邦標準の市民にたいして、まったく何の悪気もなく、鼻持ちならない態度をとってしまうことでしょう。

 他所の人と対峙するとき、自分の苦悩は、一時保留にしなくてはなりません。あたかも入り口のコートかけにコートを脱いでひょいとかけて中に入るがごとく、自然に行なうよう努力が必要です。」

 …冴はこっそり茶を飲んでいた。吹雪はいつもあきれるのだが、本当にこの男は、集中力がないというか、注意力散漫で、いつも何か別のことに気をとられている。…ただ、それは一見そう見えるだけで、ちゃんと片耳で授業を聞いていて、しかも片耳で聞く程度で充分学校からの要求に答えることができてしまうのだった。…いやみなやつだ。いやみなやつだが、憎めない。あまりに美しくて。…罪なやつなのだ。

「日本州のような例外を除けば、ほとんどのドームは、食料を他都市からの輸入に頼らざるを得ないのが現状です。

 連邦の穀倉として、北アメリカのA都市サークル、そしてユーラシアでは、P都市サークルが有名ですが、他にも規模の小さな農業輸出都市は散在します。

 ちなみに小麦に関しては、残念ながらその64パーセントを日本は輸入に頼っています。相手はA-4、つまり、古い呼び名で言うならば、アトランタです。

 パリは巨大な農園ドームをいくつも持ち、最先端の技術で、ユーラシアのほとんどの食料をまかなっていますが、日本州が歴史的に、アメリカ側と仲が良いのは、みなさん御存知の通りです。

 ただ、これは、パリと東京が不仲であるという意味ではありません。パリのベルジュール市長は、大変な親日家として知られています。彼の一番古い秘書は、日本人外交官の息子であることも有名です。」

「…吹雪、俺のポテトチップスどこだ。隠したろ。よこせ。」

「ポテチはやばいよ、ぱりんぱりん音するだろ。あとで。」

「…腹減った…」

「これが終わったらお弁当だよ。がまん。」

「…」

「…わかったよ、ほら、アメちゃんやっから。…かさかさいわせるなよ?」

「サンキュ」

 …さんざん寝て起きたら、こんどは腹減ったときたものだ。

 まったくわがままである。

 きっとさんざん食ったら、今度はやりてぇとかいいだすんじゃねーのか、と吹雪は思い、ちょっとニヤついた。

「…さて、では、月島くんがお腹をすかせているようなので、お弁当にしましょうか。」

 教師がため息をついてそう言ったので、冴のボックスはまたどっと笑った。


+++


 冴があまりに面白かったせいか、ここのボックスはくずれていなかったのだが、いつのまにか他所の席は勝手に男女入り乱れて、出席順はすっかり崩れていた。通路を挟んだ隣のボックスに、須藤と根津がやってきて、一緒にお弁当を食べた。

「あれ、藤原は?」

 冴が2人に尋ねると、根津がいった。

「あっちで女どもにつかまってる。…後ろのほうに、大弓もいるぜ。占いショップ大弓、開店中だ。」

「…モテモテだな、藤原は。」

「月島、フジがいないと寂しいんだろ?」

 須藤が言った。

「…別に俺は寂しくないが。藤原が寂しいかと思って。」

「フジは友達がたくさんいるから、どこにほったらかしても大丈夫だ。」

「そうか。」

「…つまり、寂しいのはお前のほうだ。」

「どういう意味だ。」

 冴がムッとして答えた。

「…ま、良く考えてみろ。」

「生憎、俺はくったら寝るぞ。絶対今夜は大騒ぎになる。今のうちにねておく。」

「…センセイにきらわれるぞ、お前。」

「…睡眠は生理現象だ。」

「生理現象全部野放しにしてたら、人間社会がたちゆかねーだろうによ…。」

「またお休みかよ、月島様は~。クマたんも大変だな。」

「クマたん言うな。」

 根津が不思議そうにきいた。

「…何、クマたんて。」

 曽我部が言った。

「ほら、寝るときに、クマの縫いぐるみ抱いて寝る子いるだろ。」

「ああ。」

「…月島も寝ると自然とそのへんのもの抱き締めるんだよ。」

「…えーっ。」

 事態に気付いて根津が思わず大声を立てた。

 冴が不思議そうに言った。

「あ、そうだったのか。なんか抱いてたのか、俺は。」

 曽我部と、もうひとり一緒のボックスの戸田が、一斉に吹雪を指した。

 冴がゆっくりと吹雪の顔をみた。

 …すごく冷静なように見えるが、多分、自分のことながら、対処にこまっているのだろう。

 吹雪は言った。

「…別に、俺はいいけど…。でも、藤原いなくて、ほんとによかったね?」

 冴はしばらく考えて

「…すまん、吹雪。」

と謝った。

 …ちなみに、弁当は、うまかった。

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