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エピローグ

 衝立の向うのヒソヒソが、やけに深刻そうで、根津親子もなんとなく緊張してしまい、最後のほうはだまりこんで聞き耳をたててしまっていた。

 冴がわかりましたと言うと、母子はほっとして、胸を撫で下ろした。

 時間になったので、2組とも席を立った。

 久鹿が会計するからちょっと玄関とこで待ってろ、と月島にいうと、慌てて、根津の母が半分払うと申し出た。久鹿は、いや、お気づかいなく、などと言っていたが、母の強い押しで結局、折半することになった。

 根津は、待っている間、月島に何と話し掛けたものか、随分迷った。

 すると、月島が言った。

「…聞こえてたか?すまんな、変な話聞かせて。」

 根津は首をぶんぶん左右に振った。

「…俺も心配だよ。…お前ならなおさらだろう。」

 久鹿が月島を説得するのを、舌何寸なんだろーなーと思い聞いていたのだが、そこはひとまず横によけて、そういった。

 月島は苦笑した。…しかし、気のせいでなく、目の下の隈がなくなって、綺麗な顔になっている。…久鹿に会うだけでこれだけ回復するのか、と根津は驚き、…そして月島がひどく哀れになった。

「…暇ならドミに遊びにこいよ。いろんな奴がいて、楽しいぜ。」

「…そうだな。…でも、大掃除とかもあるから、暇ってほどでもない。自分の飯はどうせ作るしな。…テストもあるし、精々勉強にでも励むさ。」

 …向うのほうで、母と久鹿が、そろって小島に挨拶をしているのが見えた。

 そのまま3人はこちらにやってきた。根津と月島は、玄関から出て、見送り体勢になった。

 するとそのとき、突然、母の目の色が変った。

 えっ、と根津は思った。

 いきなり怒鳴り付けられた。

「カオル!! 靴、どうしたの?!」

 …しまった、と思った。

「ふみおじさんに買ってもらったの?!」

 小島も久鹿も驚いている。月島はぼけーっと見ていた。…疲れていて反応できないのだ。

「えーっと…その、ことわったんだけど、あやおばさんの道楽だから、受け取ってって言われて…その…」

 根津はそこまで言って、観念して歯を食いしばった。思った通り、平手打ちをくらった。…死んでも鞄と盛装のことは黙り通さなくては、と思った。

「おっ…おかーさん、何するんです、ぶたなくても…」

 だれも止めないので、仕方なく久鹿がしどろもどろになって言った。

 母は久鹿など無視して、根津に言った。

「お金だされて尻尾ふるんじゃないっ!! いいか、カオル、熊道さんちは、お前を養子にほしがってるんだ!! 」

 周囲は仰天だった。根津自身は、うすうす気がついていたので、黙ってうなだれていた。

「断れなくなったって、母さんしらないからね!! 他所の子になりたいなら、すきにおし!!」

 母はそう叱りつけると、ぼろぼろ泣き出した。

 周囲はどうすることもできずに固まっている。

 …久鹿がことさらに弱り切っていると、ぼけーっとしていた月島が、しばらくしてから、ポケットに手をつっこんで、ハンカチを取り出した。

 そして、「どうぞ。」と差し出した。

 …母は受け取って、涙をぐいぐいと拭うと、「ありがとう」と言って、月島にハンカチを返した。

 そして、ぽかん、と月島の顔に魅入った。

 …久鹿に会って、月島の美貌はすっかり回復していたのだった。

 月島はハンカチをしまいながら、ぼそっと言った。

「…根津のおふくろさんは、うちのお袋に少し似ているな。」

 久鹿が促して、母は立ち去った。

 2人の姿が消えてから、根津は言った。

「…そっか、似てンのか。おまえも苦労してんだな。」

「…根津…思いきって養子、いっちまえば?」

「…俺はあんな母でも愛してる。」

「…まあな。俺もだ。」

 小島がため息をついて、2人の肩をたたいてくれた。

 明日の今ごろは、もうエリアだ。


+++


「…それで、最後の一人は結局どうなったの、藤原。」

 帰還時刻ぎりぎりに駆け込んで来たグループの4人は、部屋で汗をぬぐいながら、ジュースをあおっていた。…距離の読みをまちがって、20分走ったらしい。もと体育会系の藤原は、一番に心拍が元に戻ったようだった。

「あァ…断ったよ…いままで通り、友達でいようねって…。」

 須藤がごろりと畳に横になりながら言った。

「…そういうのって…、また友達に戻れるものなのか…?」

「さあね…。俺は、そのとおりにしてるけど…あっちはどうなんだか…。」

 藤原はそう言うと、立ち上がって部屋の隅の屑篭のとなりにボトルを置いた。

 屑篭のそばには月島がいた。うつろな目をしているのは、全員気がついていた。

「…元気だったか?面会相手。」

「…ああ。」

 話はそれ以上展開しなかった。

 立川が心配そうに、ちらっと目をやった。声をひそめて、そばにいた根津にたずねた。

「…けんかしたの?冴…。」

「いいや。俺はお袋になぐられたけど。」

「えっ、なんで?! ほんとだ、よくみたら手のあとついてる…」

「…金持ちの親戚がかってくれた靴が、お袋のプライドを逆撫でして。」

「うはー、怖いね、根津母。」

「こわいだろ。…久鹿さん、ちょっとでかけなきゃならなくなって、月島はしばらく留守番になっちゃったんだって。」

 …そのとき、立川の顔がほんの一瞬ぱっと輝いたのを根津は見逃さなかった。

 立川は月島のそばに歩いていって、何も言わず、顔も見ずに、黙ってそばに座った。…もののわかった大きな猫のように。

 …月島は視線を流して立川を少し見た。…そのまま、無視した。

 藤原は、立川と入れ違いに月島のそばを離れた。

 襖の外から声がかけられた。…おそい夕食が運ばれて来たのだった。藤原が仕切って、テーブルを移動し、食事を並べた。 


+++


 最終日は朝食のあと、宿をたち、全員で斑鳩の小さなドームを見学した後、チューブラインで州都に戻った。

 月島はずっと無口で、食欲もなかった。…最初のころに須藤や根津が予想した、「疲れて一人になりたがる月島」がそこにいた。

 州都中央の駅は迎えの親たちでごったがえしていた。

 根津と立川はそのまま電車に乗り換える。

 須藤の母親と、藤原の父親は到着ゲートまで迎えに来ていた。

 藤原より先に、須藤が月島に声をかけた。車だから、送る、という申し出を、月島は丁寧に断って、電車で帰るから、と言った。藤原はそれを見て、声をかけるのを諦めて…黙って見送った。

 根津は、藤原に声をかけ、「休み中、寝飽きたらあそぼーよ、俺ずっとドミにいるから」と言った。藤原は気をとりなおして、「そうだな」と言った。「須藤も」と言うと、須藤も「オーケー」と手を振った。…2人とも、親と一緒に帰って行った。

 立川が月島から離れないように気をつけていたので、根津もそこにさり気なく合流した。

「…まっ、疲れたしホラーだったけど、盛り上がったな。ボチボチだったんじゃね?」

 根津が言うと、立川が哀れな声で言った。

「いやー、3人もとりついたなんて…親になんて言えばいいの、俺。」

 根津はきひひと笑った。

「包み隠さず言っとけよ。」

「人事だと思ってー」

「…じゃあな、2人とも。」

 月島は振り返って一言いうと、ホームへ登っていった。

 立川が叫んだ。

「冴ーっ、いろいろ有難う! 試験勉強なんかしないで、ゆっくり休めよーっ!!」

 月島はふりかえった。

「…ああ、おまえも大変だったな。ゆっくり休め。」

 …そして小さく手をふると、今度こそふりかえらずに上がっていった。

 根津は立川に言った。

「…タッチ-、御主人の留守、攻めるつもりだろ。」

 立川は目を見開いて根津を見つめ、ただにっこり微笑んで…ごまかした。


+++


 根津たちと別れて、冴がホームへ出ると、オーウェンが電車を待っていた。

 ついさっきまで、誰と話すのも煩わしかったのに、冴は急に人恋しくなって、オーウェンに声をかけた。

「…オーウェン、この電車か?」

 オーウェンは振り返った。…冴だとわかると、軽くうなづいた。

「…どこまで?」

「こっち。3駅くらいかな。」

「遠いな。」

「別に。…お前は。」

「ここからは2駅かな。逆方向。」

「ふうん。」

 オーウェンは興味なさそうに言った。そして続けた。

「…大変な修学旅行だったな。まあ、うまくいってよかった。…お前、どのくらい見えてるんだ?」

 冴は苦笑した。

「…もやもやっと。なんとなく。」

「…そうか。…でも相当強い護符もって歩いてるよな。なんで?」

 …冴はどう答えたらいいかわからなかった。

「…従姉妹が心配性でな。」

「…例の神主?」

「ああ。」

「そうか。…その人、護符とか作るの上手いんだな。」

「作ってるのかどうかは知らんが。いろいろ持ってる。」

「よかったら、今度紹介してくれないか。俺…わかったとおもうけど、ビビりなんだよ。…もう、怖くて怖くて…。」

 オーウェンはそういって頭をかいた。

 冴はうなづいた。

「…紹介するのはかまわんが、なにか頼むと多分、金がかかるぞ。相談は20分一万だそうだ。」

「いいよ、別に本物で、効くなら。」

 …オーウェンは、どうやら金持ちらしいと今頃になってわかった。

「…お前の番号をあずかろうか?」

「ああ、そうだな。従姉妹さんの都合のいいときに、連絡くれると助かる。俺はいつでもいい。」

 オーウェンは電話の名刺データをメモチップに入れて、冴に寄越した。…ユウもこういう真面目で金のある「客」なら拒まないだろう、と思い、受け取って、ポケットに入れた。

 冴の電車が先に来た。

「…じゃ、オーウェン、おつかれさん。」

「ああ。お前がいてくれて助かったぜ。じゃあな。」

 冴はなんとなくほっとして、電車に乗った。

 閉ったドアのガラスの向こうで、オーウェンはちょっと笑って、冴に手を振った。

 


THANX.


081209

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