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15 送る

 月島の事情はわかってるんだ、と藤原は言った。それから、わかっているつもりなんだ、と言い直した。

 月島にはずっと学校に来ていてほしいし、エリアにいてほしいんだ、と。

 それには家主さんの協力が必要だし、家主さんが、こんなことになって、良い顔するはずないから、内緒にしなきゃいけないこともわかってるんだ、と。だから誰にも言ったりしない、絶対に、と。

 でも、と藤原は言った。

 今すぐ忘れるのは無理だよ、絶対無理だよ、月島…。

 少しだけ、あと少しだけ覚えていたいんだ…。

 だって俺にとっては…

 …そこまで言って、黙り込まれては、冴としてはもう、どうしようもなかった。

 …覚えてていいよ、と優しく撫でてやると、藤原は落ち着いたのか、大人しくなって、やがて冴の胸に額をくっつけたまま、すうすう眠った。

 …もっともそこに至るまでの間に大変な目にあわせてくれていたので、ただ疲れて眠りに落ちただけかもしれないのだが。

「月島、朝飯いかないと。」

「…先にいけ。」

 …なかなか起きあがれなかった。 

 藤原を追い出してウトウトしていると、電話が鳴った。

「冴、大丈夫?…飯くわないと、一日きついと思うよ。」

 吹雪だ。食事会場かららしかった。

「…吹雪、昨日、大丈夫だったか。」

「…がさがさいってたけど、俺も須藤もいい加減慣れちゃった。電気だけつけて、そのまま寝なおしたよ。先生もあまり気にするなっていってたし。」

 …あっぱれだった。

 うなり声をあげて、起き上がった。…吹雪の言う通りだ。何か食べないと、多分途中で気持ちが悪くなる。

「…冴、大丈夫?」

「ああ、大丈夫。…今から行く。」

 布団から出ると全裸だった。

 …ふつふつ怒りが湧いた。

 なんで俺がこんな目に…

 そう呪いつつ、一旦電話を切った。

 食事時間の終了10分前に滑り込んで、なんとか朝食をとった。

 見ると藤原はたいそう御機嫌で、笑顔がキラキラ輝いていて、女にモテまくっていて、ますます腹がたった。


+++


「御苦労さん。ほれ、これ食え。朝食、あんまり食えなかったろ。」

 チューブラインの駅の、待ち時間。

 根津が昨日買い込んでいた菓子をくれた。蓮の実の砂糖漬けだ。

「ああ…ありがとう…。」

 冴はぼけーっと受け取って、食べた。甘納豆みたいな食感だった。

「月島…大丈夫?」

「ああ。」

「…ひでえ顔してるぜ。」

「…うまれつきだ。」

「…まさか。お前に限って。」

 菓子をめざとく見つけた吹雪が近寄って来て、勝手に手をつっこんで、菓子をとった。

「…冴、藤原がなんか、大弓とあっちで話してる。こわいよ。」

「別に怖くない。ほっとけ。」

「またケンカしてるのかな。」

「…大弓は藤原が好きなんだよ。だからほっとけ。」

 冴は投げ遺りに言って、菓子を食べた。

「そうなんだ?そりゃしらなかったなー。」

 吹雪も菓子を食べた。

 須藤も寄って来て、菓子に手をつっこんだ。

「…フジは大弓と何話してるんだ?」

「…愛について。」

 冴はどうでもよくなってそう答えた。

 須藤がぎょっとして冴を見た。

「…フジと喧嘩になったのか?あのあと。」

「別に。…ただちょっと寝損ねただけだ。」

 吹雪が哀れそうに見た。

「…可哀想に、冴。今夜はまた俺がクマたんしてあげっからね。」

「…うん…それもカドがたつみたいだから…もう、我慢するよ、吹雪。ありがとう。お前はこのうえもなく抱き心地がよかった。お前への恩は忘れんぞ。」

「えー…そんな、遠慮するなよ、月島、あんなことぐらい、だれが目くじらたてるって…」

 そこまで言って、吹雪は気がついたらしかった。

 …勿論、藤原にきまっている。

 …全員、揃って藤原をみた。

 藤原は大弓となにか深刻に話している。


+++


 チューブラインのランチに乗ると、藤原が言った。

「…古都の親子は、子供をなくした親と、親と死に別れた子供だけど、長崎の娼妓さんは、親に捨てられた上、子供をすてざるを得なかったまま、若くしてなくなった人なんだと。親子についてきたのかもしれないとさ。大弓には落とし方はわかんないって。まあ、なんとかなるほうだけでもやるしかないな。」

 …陽介の予想があたっていたというわけだった。

「…大丈夫か、月島。…ひどい顔してる…。…昨日…寝損ねた?…ごめん…。」

 冴はどうでもよく手をふって否定した。

 ランチはカウントダウンのあと、射出されて、あっというまに東シナ海の上に出た。…まばゆいほどの晴天だった。

 すぐにつくので、席から立たないように言われていた。

 後ろの席から、小坂が話し掛けて来た。

「うふふ、藤原くん、藤原くんの前世って、お役人なんだって。」

「えーっ?なんだよ、いきなり。」

 藤原は笑って答えた。小坂の隣にいた女子がきゃははと笑った。…女子は元気だな、と、ぼんやり冴は思った。

「タッチ-が言ってたよ。」

「立川いつから、前世みるようになったんだよ?」

「昨日から。」女子がくすくす笑った。「あたしの前世はね、牧場で馬飼ってたんだって。」

「ったく、デタラメぬかしやがって立川のやつ。」藤原は愛想よく笑った。「…月島の前世は?」

 うるせーよ、と冴は思ったが、そのままほったらかしにした。もうどうでもいいといった気分だった。

「あっ、月島くんはね、…自分の子供を、死なせちゃったお母さんだったんだって。それは昨日のパーティのとき、きいたの。」

 冴は思わず目を見開いた。藤原と目が合った。藤原はなるべく調子を変えずに言った。

「立川がそう言ったの?」

「うん、そう。だから、なんかをだっこしてると落ち着くんだって。」

 小坂がそう言うと、女子同士はきゃははっ、くふふっと笑いあった。


+++


 大阪の駅でランチを下りた。そこからは、「移動実習」がはじまる。グループ単位に分れて、奈良まで生徒達が自力で公共交通機関を使って移動する、という実習なのだった。乗り換え手順などは出発前に調べ済みだ。グループがそろった順に、どんどんリリースされた。州内チューブを使えば早いが、値段が高いので、鉄道を使うグループが多かった。冴たちも、勿論鉄道組だった。

 指定席におちつくと、冴は隣席の吹雪に訊ねた。

「吹雪、お前、俺の前世がわかるそうだな?」

「うん、わかるよ。誰かにきいた?」

「ああ、子供をなくした母親だそうだな?」

「うーん、亡くしたって言うか…なんか、すごく自責の念があるみたいだよ、だから、死なせちゃったって思ってるみたい。」

「そうか。」

「…俺は逆に早死にした子供みたいね。だから冴と利害が一致してるんだよ。」

「…古都の2人組ともバッチリってわけだ。」

「…古都の2人組は、親子なの?」

「そうらしい。それも、子供が出先で、不慮の事故で亡くなっているそうだ。」

「そうなのか…。」

 吹雪は少し黙ったが、また喋りだした。

「…あのな、冴。…俺が前世のことわかりはじめたのは、古都についたあとなんだ。だから、多分、これって、その親子の、…なんていうか、感性なんだと思うよ。視覚、っていうか…。」

「…うん。」

「…不思議だよな。人間って、死んだら…そういうことわかるようになるのかな。それとも、生きているときから、そういうことがわかる人だったんだろうか…。」

 少し吹雪の顔色が悪くなったので、冴は吹雪をなでなでして言った。

「…気持ちを近付けるな、吹雪。また苦しくなるといけないから。」

「…うん…。」吹雪はうなづくと、耳もとにひそひそと言った。「冴、ちょっとでいいから、だっこして。なんか、楽になるんだよ。」

 冴は頭を傾けて、吹雪の肩を抱き寄せた。吹雪は冴の肩に頭を載せた。

「…」

 冴のほうも、藤原に対して朝からイライラしていた怒りが消え、落ち着いた。

 こういう交流は…種類は違うが陽介との間には経験がある。陽介の場合はもっと明確に…音叉の音が鳴り響くように体を揺るがす清浄な波動が広がる。

「…ねえ、おれたち、前世では親子だったの?」

 吹雪が不思議そうに訊ねた。吹雪のほうはみるみる元気になっている。冴はがっくりと力が落ちた。…眠くてたまらない。

「…親父が…この霊は俺とはなんのかかわりもないから、こだわらずに落とせと言っていた…多分、少し似ているというだけだ…。」

 冴はかろうじて答えると、そのまま眠りに落ちた。


+++


「月島、起きろ。降りるぞ。」

 須藤に強く揺さぶられて、目がさめた。

 …平城京のドームに到着していた。

「…少し眠れたようだな。」

「ああ…。」

 荷物を掴んで列車を降りた。吹雪たちは先に降りていて、遅れて降りた冴と須藤に手を振って居場所を知らせた。2人が合流して、グループは動き出した。オーウェンも一緒だ。

 集合時刻は夕方なので、それまでは時間があった。奈良は幸い、観光名所がとめどなく沢山ある。明日は一日かけて真神原の遺跡ドーム群をまわる予定だったので、今日はとりあえず唐招提寺とかいこうか、などという話になっていた。全員、「東大寺と博物館は中学で行ったから行かない」という意見で一致していた。

「…公園の近くに包丁屋があったような…。俺は包丁が買いたい。ほんとは日本刀が買いたいが、このさい、包丁でいい。」

 冴が言うと、めったに自分の希望を言わない冴なだけに、みんな「いいよ」という話になった。

 公園で少し鹿と遊んだ後食事をして、包丁を買った。…大きな刃物を手にすると、急激に落ち着いた。やっぱり俺はこれだな、と冴は思った。

 午後は適当に寺を回り、集合時刻に集合場所へいくと、そこには教師が一人と、S-23の生徒が10グループほど集合していた。

 平城京のドームには大きなホテルがないこともあり、いくつかの旅館に分れて宿泊することになっていた。「畳敷の宿での滞在マナー」という唯一の課題が課されている。あとは明日のグループ別の自由行動で、帰ってからレポートをかけば、すべて修学旅行の課題は終わる。分厚かったチェックシートも、残りあと少しだった。

(…あと2回泊まれば、陽さんのところへ帰れるな…)

 買ったばかりの包丁を抱えながら、冴はぼんやりそう思っていた。

(…陽さん…浮気しなかったろうか…)

(やだな、家にしらないおっさんのパンツとかあったら…)

(…お互い様か…)

 本当に、冴は、本当に、浮気するつもりなんかなくて…藤原の件は冴としては事故なのだが…陽介にはそういう言い訳は通用しないだろう。

 じわーっと悲しくなった。俺、なんか限界きてるな、と冴は思った。というか、つまり、眠い。

 全員が揃ってから、宿へ移動した。

 ぼんやり前の人間について歩いていると、近くを歩いていた根津のところに、教師がやってきた。

「根津くん、キミ、明日の晩、面会入ったわよ。」

「えーっ」

 根津は不満そうに言った。

「明日自由行動の日なのに…誰ですか、いったい、非常識だなあ、もう。」

「…そういうこと言っていいの?…親御さんよ。」

「親ぁ?!…ったく、閑人がぁ!!」

「なあに、親御さんにむかってその態度。自由行動一時間早くきりあげて、宿にもどってね。」

 根津はがっかりした様子だった。

 …親、というと、熊道夫妻ではなく、ほんとの親のほうだろう。北海道からきたのだろうか。

 冴がたずねると、根津は言った。

「ああ、多分お袋だよ。あの人、ニホン中出張して歩いてるから。州の行政監査官だからさ。たまたま近くにきてんだろ、多分。」

 冴は仰天した。

「州の行政監査官?!…ものすごいエリートじゃないか。」

「そうだよ、州公務員一級職だよ。すげえだろ。…ったく。大人しく監査やってろっつーの。」

「お父さんかと思ったぞ。面会。」

「親父は無理。北都市で学校の教師やってるから。自分こそ修学旅行だよ。」

「…そうなのか…。」

「…びっくりした?」

「びっくりした。」

「…まあ、お袋もお前の顔みたら、びっくりすると思うけどね…。」

「顔は関係ない。」

「いや、そうじゃない。写真、みせてるから。やつれてて。」

「…俺、やつれてるか?」

「…月島、悪いこた言わん、今日はタッチにクマたんしてもらえ。…お前が藤原とどんな大変な二晩を送ったのかしらんが、とにかくその苦労が顔にどす黒く染み付いてる。そのままじゃ、久鹿さん泣くぜ、お前の顔みて。」

「…そんなにひどいか?…どんな顔だ、一体。」

「…信じてた男に手込めにされた女みてぇな顔。」

 冴は返事につまった。…それは、一抹の真実とかいうやつだ。


+++

 グループ活動日が旅行の終盤に設定されている理由は、生徒達に、弾ける元気がもう残ってないからだ。

 部屋もグループの6人だけがすんなり納められていた。

 ここの旅館は、食堂もないので、部屋のテーブルに食事が運ばれて来た。

 みな、とりあえず食欲だけはあった。

 一様にがつがつと食事をし、足りない分は菓子で補った。

「…あー、ニホン、飯うまい。」

「昼間の蕎麦もうまかったけど、やっぱり米はいいな。」

 …ここへくると、もう話題もそれほどなく、話も弾まない。   

 半分ずつにわかれて風呂に行った。

「アハ-、やっと冴と一緒にお風呂…。」

 笑う吹雪も疲れていて、満腹のせいか、歩きながら眠りかけていた。

 吹雪の頭をなでなでしてやって、風呂へいった。ちなみにもう一人は根津だ。

「また狭いんだろうな、ここの風呂。」

「あるだけまし。」

「…風呂はともかく、畳部屋はおちつくな。」

「ごろごろできていいよね。」

「畳はもともと、寝台につかってたシロモノだからなぁ。」

「部屋中ベッドだな。」

「そういうこと。」

 混み合っている風呂をざっと浴び、(何故か吹雪だけはパーフェクトにメニューをこなしていた。…根津と冴は本当に、あせをながしただけ、という感じだった。)あがったあと、甘える吹雪に誘われて、3人で牛乳をのんだ。やけにうまかった。

「…吹雪、お前についてる親子、今夜でたら落とすぞ。」

 冴は言った。

「…どうやって。」

 吹雪はたずねた。

「…大弓の読みでは、多分藤原ができるそうだ。試す。」

「なんで藤原が?」

「…たぶん、昔の京都では、藤原って名前がものすごく偉かったからだな。とくにとりべのでは…。…京都からついてきてるんだし。」

 根津がうなづきながら言った。

「…今夜は指環を外して寝ろ。菓子もしまっておけよ。…一応俺が隣に寝よう。気休めくらいにはなる。」

「うん…わかった。」

 部屋に戻ると、のこりの3人が、仲居さんの手伝いをして、きびきび布団をしいていた。


+++


 消灯時刻、小島がまわってきたときには、もうほとんどが眠っていた。わずかに根津とオーウェンが起きていただけだった。小島が電気を消してくれたとき、「センセーおやすみなさいー」と声をかけると、小島も眠そうに「はいーおやすみー」と答えた。…教師も大変だ。

 根津も、電気が消されると、すぐにうとうとし始めた。

 月島は向うで一人で眠りこんでいる(なぜか枕許に包丁を置いて寝ていた、危ない奴だ)。隣の布団に立川がいて、そのこっちが藤原だ。根津とオーウェンと須藤は、藤原たちと頭を突き合わせる格好で、向いの列に寝ていた。須藤が立川の向いにいた。

 眠ってからしばらくたったろうか。何か童謡が聞こえたような気がして、目が覚めた。…女の声がしたように感じたが、どうやら気のせいだったようだ。そのかわり、立川がうんうん唸っていた。

 月島とオーウェンがすでに起きていて、根津に「藤原を起こせ」と言った。根津は藤原を揺り起こした。…須藤はすっかりこの騒ぎに慣れてしまっているらしく、起きる気配がなかった。

 藤原はどうしたことか、虚ろな目でしばらく何かをぶつぶつ呟いていた。何をいっているのか、誰もわからなかった。やがて藤原は、くるっと部屋の隅を振り返ると、布団を抜け出して、そっちのほうに歩いて行った。そして、部屋の隅にむかって、明るいほうへどうのこうの、とまたぶつぶつ言った。

 オーウェンは空点を凝視する猫のようにじっとその様子を見ていたが、やがて藤原が帰ってくると、軽くため息をついた。

「…いったか?」

 冴がオーウェンにたずねた。オーウェンは軽くうなづいた。

 藤原は戻って来て、立川に屈みこんだ。

 そのとき、やっと須藤が目をさました。

 またぶつぶつ呟き始めた藤原を、奇異の目で見た。…たしかに、霊なぞ見えない者にしてみれば、藤原のほうが怖かった。

 立川はウーンウーンとかなり激しくうなされていたが、やがて藤原が叱りつけるような口調(といっても何をいっているのかはわからないのだが)になると、ますます苦しんだ。

「…どうなってるんだ。」

 須藤が小声で月島とオーウェンにたずねた。オーウェンが言った。

「…藤原には後ろの人がついてて…とても立派な、なんていうか、うん、立派な人なんだ。その人が、今、説得してる。」

「…母親はともかく、子供のほうは、藤原の名を知らんのかもしれんな。」

 月島が付け足した。

 須藤が視線を戻すと、ウワッ、と叫んで立川が飛び起きた。藤原はすっと後ろによけたが、そのままぱたりと倒れて眠りこんだ。

「…吹雪、大丈夫か。」

「だ…だいじょうぶくない…気持ち悪い…」

 月島はすぐに立ち上がって、吹雪をひっぱって洗面台まで連れていった。

「…吹雪、子供はどうした?」

「…わからない、でもまだいるよ、多分…。冴の、前世の女の人が、泣いてるのが見える。」

 そう言い終わるなり、吹雪は吐きはじめた。

「…むあー、貰いゲロしそう。」

 オーウェンが眉をひそめる。

 須藤が横目でみると、オーウェンは咳払いをして慎んだ。

「…藤原、藤原、大丈夫か?」

 根津はゆさぶってみたが、藤原は起きなかった。

 持ち上げて布団に運んでやろうとしたが、重くて持ち上がらない。

「…手伝うぞ。」

 須藤が手伝ってくれて、2人で藤原を布団に戻して寝かせた。

 落ち着いたところで、吹雪は冴と戻って来た。

「…タッチ、どう?」

「うん…少し落ち着いた…。…また歌、歌われて…。そのあとなんか軽くなったけど、誰かにすごく叱られた。…今日は俺、なんか言ってた?」

「…俺にはうなり声しかわかんなかった。」

 根津が正直に言うと、須藤もうなづいた。

「俺も。」

「吹雪、こっちこい。」

 月島に手を差し出されて、立川はそっちへ這って行くと、月島と膝を突き合わせて正座した。

「…実は俺はお前のお袋じゃないんだ。お前のお袋はおまえのことをずっと探しているぞ。とりあえず、明るいほうへ行け。そっちにいるから。」

 月島が大真面目に言うと、立川が擦れた声で言った。

「…わたしがこの哀れな子を母御のもとへつれていきましょう。」

 月島はうなづいた。

「うん、頼む。」

「…何かお菓子をください。この子はずっとおなかをすかせていて、とても可哀相な子です。」

 根津は立ち上がって、残っていたお菓子の包みをあけ、立川にさしだした。

「…ありがとうございます。」

 立川は礼をいうと、猛然と菓子を食べ始めた。根津は次々に包みを開けて、月島に渡した。月島は、立川が食べ終わると、次をわたしてやった。

 そうして3袋も食べただろうか、やがて立川はそのままゴロっと横になって、眠ってしまった。


+++


「…藤原って、昨日の夜中のこと、どれくらい覚えてんの?」

 吹雪が訊ねると、藤原は首をひねった。

「…全然まったく。」

 すると冴が言った。

「いや、御苦労だったな、藤原。」

「…つか、俺が何ヤッタか教えてくれ、みんな。」

「まあ、俺も吐いてたあとのことは覚えてないからわかんない。…吐いてたわりには、朝飯無理なくらい腹一杯なんだけど、どうして?」

「俺なにやったんだよってば!!」

「心配するな。お前はお前の仕事を立派にこなした。意識はなかったが。」

 冴が藤原の肩を叩くと、顔を洗い終わったオーウェンが言った。

「ああ、ちゃんとやってたぜ。おつかれさん。説明しろっていわれても、おれたちもお前が何喋ってんのかさっぱりで。」

「きになるうううう!」

 頭を抱える藤原を尻目に、吹雪は言った。

「結局、長崎の人はどうなったの?」

 冴はこたえた。

「うん、お母さんが先に行ってしまったから、可哀相だと言って、子供をつれていってくれた。」

「あっ、そうだったんだ。」

「ああ、…多分あの人は、子供を心配してついて来ていたんだろうな。…それで連れて行くにあたって、腹をすかせているとかで、たらふく菓子を食って行った」

「そうだったんだ…。」

 吹雪は自分の胃を撫でた。…さすがにもたれている。

 朝食が運ばれて来ても吹雪は手をつけなかった。

 だが至福のクマたん業務を吹雪からとりあげた藤原への嫌がらせに、生卵だけは飲んだ。

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