14 月影
「月島か?オーウェンだ。こっちに来られるか?」
電話はオーウェンだった。
「部屋だな?今行く。」
冴はオーウェンの部屋に向った。
部屋には、オーウェンと、吹雪、あとは須藤がいた。
「…根津は?」
須藤が答えた。
「俺たちの部屋にいる。レポートを書いてる。昨日寝てたから。」
「…吹雪…」
吹雪はぐったりとベッドに横たわって、青い顔でゼイゼイと息をしていた。
「…どうしたんだ。」
「…わかんない…苦しいよ…なんか体が重くて…起きあがれない…」
「…先生には?」
「さっき電話した。もう来ると思う。」
オーウェンが答えた。
冴は吹雪のところへいって、額にさわった。
何か、ぴりっとした感触がある。
…これは体が悪いんじゃないな、と思った。
須藤が言った。
「…月島、フジは?」
「プールに気晴らしに行った。」
「また一人で行かせたのかよ。」
「一人になりたがってたんだ。」
「まだ言うか。」
「じゃあお前が迎えにいってこい。」
冴は須藤にきつく言った。須藤は少しムッとした顔になって、言われた通り部屋を出ていった。
「…月島、これは病院に運んでもムダだろう。」
オーウェンが言った。
「…なにか見えるか?」
「…重そうだ。」
「…どうなってる。」
「3人のっかってる。」
「3人?!」
「…一人は長崎からついて来てるんだ。…綺麗な着物の…娼妓さんかなにかだ。」
冴は愕然とした。視界をきりかえても、冴には光の乱舞がみえるだけである。3人ものっかったら、流石に水森の持たせてくれた指環の力も押し切られているのかもしれなかった。
「…どうしたものだろう。」
「…俺はなにもできねーよ。」
「…俺だってそうだ。でもなにもしないわけにはいかないだろう。」
「…今ちょっと活性化してるだけだから、少ししたら落ち着くとは思う。…実はさっき急に、立川は、俺たちの前世を当て始めたんだ。…多分、それはこの3人のうちの誰かの能力で…。立川は、すごく近付いてしまってるんだと思う。」
「…そうなのか…。…実は今さっき、親父が夢枕に立ってな。」
「…あ゛あ゛?!」
「…古都の2人は、日本で落とせと言われた。…長崎のはどうすりゃいいのかわからんな。」
「まてよ、お前って…死んだ親父連れてあるいてんのか?! みえないけど!」
「いや、たまたま用事があって来たついでに喋ってっただけだ。…説教の好きな男でな。」
「え゛え゛え゛?!」
「…ちょっと電話してみよう。」
冴はユウに電話をかけてみた。
事情を話したが、とにかくあたしが行くわけにもいかないし、どうしようもないわよ、とりあえず、落ち着くまで待ちなさい、としか言ってくれない。
「…ところで…陽さんになにかあったろ?!」
「えっ、なんで?!」
「親父がきた!」
「げげっ!! 調べてみるわ、あんたはそっちの子についててやりなさい。」
ユウは慌ててそういうと、電話を切った。
「…頼りになる霊能者はなんて言ってた?」
オーウェンが言った。
「…とりあえず落ち着くまで待ってみろ、だと。」
「…まあ、そうだよな。」
ぜいぜい苦しんでいた吹雪が言った。
「…さ、冴。」
「なんだ?」
「…ふ…藤原が来るまでの間だけでいいから、だっこして…。」
冴は吹雪の隣に座って、吹雪を抱き上げた。よしよし、と頭をなでてやると、なぜか不思議と冴は落ち着いた心地になり、これまた不思議なことに、吹雪の呼吸も静かになった。
そのまま少したつと、嘘のように吹雪は調子がよくなり、冴のほうはというと、すっかり眠くなって、そのままごろっと横になり、ベッドで眠ってしまった。
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「…で、立川はもう大丈夫なの?」
「はい。死ぬかと思ったけど、急に良くなって…多分、月島が助けてくれたんだとおもう。代わりにパタっと眠りこんじゃって…あっ、冴…」
冴がうるさいなー、と思って目をあけると、担任の小島が立っていた。心配そうに、吹雪がのぞきこんでいた。
「あ…センセイ…吹雪…」
「…なんかチョ-ノーリョク出したって?月島。大丈夫?」
「…いや、俺は…なにも…。」
冴は頭を振って、起き上がった。
その瞬間、電話が鳴って、全員飛び上がるほど驚いた。冴は何事もなかったかのように、電話に普通に出た。
「俺だ。」
「冴、大丈夫みたい、久鹿、普通だったわ。別に何もないって。…直接電話よこせって言っておけ、だってさ。」
「え…?そうか?…おかしいな。確かに聞いたんだが…。」
「寂しそうにしてたから、電話してあげな。…あたしを相手に語るようなときって、あいつの孤独感、末期。…これ以上放っといたら、行きずりのおっさんとベッドインよ。」
「ああ、うん、わかった。」
冴は少しほっとした。…大丈夫、ゆきずりのおっさんごとき、いつでも闇討ちに合わせて追い払ってやる。冴にはそこんとこは自信があった。
「そっちはどう?」
「…わからん、今まで俺は落ちてた。」
「…危ないわねえ。お守り全部つけときなさい。あんたがくらう羽目になったら、被害甚大よ?」
「わかった。…ちょっと、切るから。今センセイが来てるから。」
「あ、うん、じゃあ、またね。」
電話を切った。小島が言った。
「誰に相談したの。」
「…ああ、知り合いの、神主です。」
「うーむ。そうだねえ。神主さんの領域だねえ。…でも、とりあえず、2人とも大丈夫なの?」
冴と吹雪はそろってうなづいた。
小島はため息をついた。
「…あまり2人とも気にしないようにして…ああ、オーウェンもね、…普通にしててごらん。それで少し様子みようね。」
…結局、全員同じ結論なのだった。
冴はなんとなく悟った。…これは…、たぶん、まだ落とす時でないのだ、と。
小島がひきあげてから、冴はそれをオーウェンと吹雪に話してみた。
「…なにげに同感だね。」
オーウェンは言った。
吹雪は少し不安そうだったが、冴にいちどぎゅーっと抱き着くと、これで大丈夫、とばかりにぱっと離れて、そしてにっこりした。
「…うん、わかったよ、冴。」
…そのとき吹雪が冴に示してくれた信頼に、冴は少し、胸をうたれた。
信頼というのは、こういうことなんだな、と思った。
必ず、吹雪を助けなくては、と思った。
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電話をかけると、陽介はふてくされていた。
湿気った様子で、うち沈んで、ぶつぶつとした調子で短く返事をするだけだった。
「…陽さん、明日は奈良に戻りますし…奈良2泊のあと、もう帰りますよ。…おなかすいてないですか? ごはん、たべました?」
「…なんでお前の伝言が水森からとどくんだよ。俺はあの女は嫌いなんだからな。」
「…ごめんなさい…ちょっとこっち、幽霊騒ぎでたてこんでて…。それで、水森に相談があったものですから…。」
「お前は俺より水森のほうが好きなんだろ。」
「またそういうことを…」
「どうせ藤原くんや立川くんと楽しくやってんだろ、そっちは。いいよ。俺、もう出てってうちに帰ってこないからな。ここでお前一人で勝手に住んで、猫でも犬でも飼って、高校でもダイガクでもすきに出ろよ。俺なんかいてもいなくても同じなんだろ!」
「なにわけのわかんない怒り方してるんですかあなたは。」
「…会いたいよ、冴…。」
…急に甘えるので、冴は胸が「きゅーっ」となった。
…完全に遊ばれているな、と思った。
「…俺で遊ぶな。痛い目あわすぞ。」
そう言ったが、妙にせつない声になってしまった。
案の定、陽介はくすくす笑った。
「…退屈なんだもーん。テレビもつまんないしー。飯は外食だしー。」
「…退屈だからって、行きずりのオサーンと浮気しないでくださいよ?」
「してやる。…角のうちの親父さんは、ハゲ具合がいい。ジョギングしてたら必ず声かけてくるし。」
「陽さん、もう。」
「なにがもうだ、俺はモウではない。牛か?」
「まったく、いいコにしろといってるんだ、え?小猫ちゃん。」
「あはははは。」
そんなスウィートなやりとりのあと、陽介が知りたがるので、冴は幽霊話を最初から聞かせてやった。
「…スリリングな修学旅行だな。」
「スリリングというより、ホラーです。」
陽介はため息をついた。
「…それなら俺より水森なのもいたしかたない。」
「御理解いただけて光栄です。」
「…冴、長崎の人は…布団めくったきりなんだね。」
よくよく考えるとそうだった。
「…ええ、そうです。」
「…そのとき、何の話してたの。お前は寝ていたようだけど…」
「え…」
冴はくるっとふりかえった。レポートなんか終わってるくせに、冴と陽介のラブラブ電話を盗み聞きするために吹雪達の部屋にとどまっている根津を見た。冴は電話するのにあたって、突然藤原が帰って来た場合を考えて、わざわざこっちの部屋へ来て、根津には出て行けといったのに、全然出ていく様子がない。ニヤニヤ見ている。
「おい、根津、長崎で布団がめくれたとき、何の話してたんだ?」
「?…たしか着物の女を頂く話。」
「…着物の女を食う話だそうです。」
電話に向っていうと、陽介が言った。
「ふうん、着物の芸者さんだか娼妓さんだかまあわかんないけど…なにか、思うところがあったんじゃないの?」
「…なるほど、呼んでしまったようなものだと…」
「うーん、俺はよくわかんないけどね。…得意分野の話で、楽しそうだったから、混ざりたくて自己主張というか、悪戯して存在感示したのかもね?…よく、キャンプファイヤー囲んで楽しく話していると、まざってくることあるらしいよね。俺はわからないけど、昔ボーイスカウトやってたとき、そんな話よく聞いたよ。」
「…そうか…。」
「…若いおいしそうな男の子がぞろぞろ歩いてたから、ついて来たのかなあ。」
「…。」
冴はいやな気分になった。
「…冴、」
「ああ、すいません。ちょっと想像してしまって。…いや、最悪、エリアまで連れて帰れば、水森がなんとかしてくれるでしょう。…それより、陽さん、少し気になることが…。陽さんのほうではまったく、変事はないですか?」
「…全然。どうして?」
「…実は、今さっきうとうとしていたら、親父が夢枕に立ちましてね。なんか言ってたので…。陽さんになにかあったのではないかと思って…。」
「…」
陽介は黙り込んだ。
…今、陽介がどんなせつない顔をしているか、冴にはわかる。
陽介はきっと、幽霊でもいいから、彼に会いたいに違いないから。
「…陽さん、何事もないならいいんです。…でも、気をつけてくださいね。くれぐれも。奴が俺に何か連絡してくるのは余程のときです。生きてるときもそうでした。」
「…うん…わかった。」
陽介はぽつりと言った。
…胸が痛んだ。できれば、父のことは陽介に話さないほうがいいのはわかっている。父の話題になると、陽介のようすはいつもあまりに痛々しい。まして、今、陽介はあの広い家に、一人だというのに…。…そばにいてやりたかった。
陽介は気をとりなおして言った。
「…冴、その長崎のひとね、…もしかして、古都の人についてきたのかもね。」
「?」
「…そういう可能性もなくはないんじゃない?」
「…まあ、そうかもしれません。」
「…じゃあ、仕方ない、今だけは、立川くんに優しくすることを許可します。」
陽介が勿体ぶって言うので、冴はクスクス笑った。
「ありがとうございます。」
「早く帰って来てね、冴。愛してるよ。」
「俺もですよ。…御飯たべてくださいね。明日も電話します。」
「気ぃ使わなくていいよ。旅行中くらい、俺の飼育から自由でいろ。休暇だ。じゃあな。きるぞ。」
「おやすみなさい、陽さん。」
「うん、おやすみ。」
…電話が終わると、根津が嬉しそうにニコニコしてこっちを見ていた。
…根津は作中同性愛が大好きな、読書マニアだ。
+++
「おまえらって…ほんっとーに、見ていると恥ずかしいのを通り越して幸せになってくるほど、イチャイチャしてるよね。」
「…うるさい。」
根津は月島と一緒に部屋へ戻った。
須藤が藤原を連れて帰って来ていた。藤原は月島の顔を見て言った。
「なんか、騒ぎになってるってきいて。帰って来たら終わってたんだけど。」
「…とりあえずな。一時的には収まったみたいだ。」
「…お前、大丈夫なの?」
「俺はなんでもない。ヤバいのは吹雪だ。…吹雪、根津は宿題がおわったぞ。」
「あーうん、…もうすぐ就寝時間だね。もどろっか、須藤。」
「俺たちも部屋に帰ろう、藤原。じゃあ、みんなまた明日。」
「おやすみ、冴。」
「吹雪、夜中になんかあったら、かまわないから電話しろ。」
「…ありがとう月島。」
「おやすみ。」
まず月島と藤原が部屋を出た。
立川が閉ったドアにため息をついて小声で言った。
「…できるわけねーだろ、冴の馬鹿。」
「…しないほうがいいわな。」
だれにも言われなくても…いやもしかしたら、藤原に吐かせたのかもしれないが…やっと事態に気付いたらしい須藤も同意した。
「…だからって俺に電話するなよ?!」
オーウェンが叫んだので、根津はオーウェンをつきとばした。
「お前はそんなに一人だけ安眠したいのか?!」
「違う!! 俺は霊が怖いんだ!!」
「みんな怖いんだよ、だからよりあつまってんだよ!!」
立川はにっこりして、オーウェンに言った。
「ありがとう、オーウェン、たよりにしてるよ。ここの部屋番、721だったよな?」
何かを叫ぼうとしたオーウェンの口を、根津は枕で塞いだ。
「そう、内線は4番のあと、部屋番号ね。」
根津はにこにこして立川を送り出した。
部屋の出口で、最後にのこった須藤がふり返って言った。
「…俺はけっこういたたまれないぞ、根津。」
根津は苦笑した。
「まあね。俺もだけど。…でもしかたないんじゃない?」
須藤も苦笑して、出ていった。
もとの部屋割りにもどったところで、オーウェンがぼそっと言った。
「…根津、俺はな、霊が怖いのもともかくとして…あのホモどもに混ざるのが怖いんだ…実は…。」
「…大丈夫だよ、別に。タッチは月島以外は圏外だし。藤原もそうだから。」
「…でも月島は来るもの拒まずなんじゃないのか?」
根津は久鹿の顔を思い出して、思わずオーウェンと比べて、反射的にむかついた。
「…自惚れるなよオーウェン。月島の本命のカレは、ものすごい可愛いンだぞ。」
「…話、ずれてる。」
「ずれてない。」
電話がかかってきた。
小島からで、消灯時刻告知連絡だった。
明日の夜には、平城京だ。
+++
「藤原、…すごくつかぬことを聞くが…おまえ、吹雪についてる古都から来た2人組のことで、なにか知っていることはないか?」
部屋につくなり月島はそう言った。藤原は濡れたままの髪をタオルで拭いながら、少し考えて、言った。
「ああ、うん。親子なんだとさ。」
「…」
月島が先を促すので、藤原は考えて、大弓に聞いたことを話した。
「…だれに聞いた?」
「昼間、大弓が教えてくれた。俺の名前がわかるんだってさ。だから、俺が送ってやるといいらしいよ。」
「…大弓か!」
月島は盲点だった、と言わんばかりの納得ぶりだった。
「…大弓は、長崎の美人のことは何も言ってなかったか?」
「別になにも。…きいてみようか。」
「可能なら。」
「…明日だな。C組の女子の一部はホテルが別だし。…携帯きいときゃよかったな。」
月島はピンときた様子で言った。
「…抱いて、藤原クン、て言われたろ。」
「…藤原クンが好きになったの、だってさ。」
「やっぱり。だから言っただろ。」
「…俺別に、そういう女、年間10人くらい断ってるから。大弓だろうがだれだろうが、したけりゃすりゃいい、告白ぐらい。タダできいてやる。金まではとらねーよ。」
「…」
「…古都の幽霊の話がきけたんだし、大弓に親切にしてやってよかったじゃないか。…ちょっとドライヤーかけるけど、いい?」
「…どうぞ。」
藤原はわざと冷たい態度をとって、月島にくるっと背を向けるとドライヤーで髪を乾かし始めた。消灯時間はもう過ぎている。正直、大弓のことも立川のことも、今はどうでもよかった。イライラした。
電話がかかってきた。担任から、消灯警告だったらしい。月島が適当に答えて切った。
髪を乾かし終えてふりかえると、月島はとうに布団に入って、枕を抱き締めてうとうと眠りかけていた。
藤原は腹が立った。
「おい。」
月島のベッドに乗ると、月島はすでに寝ぼけ加減の目を薄く開けて藤原を見た。
…こいつ、枕でも立川でも俺でもなんでもいいのかよ、と藤原は思い、枕を取り上げて、部屋の隅に投げ捨てた。
「…お前、失礼だろ。」
「え…なんだ?」
「俺に失礼だろ!」
藤原は怒って言うと、乱暴に電気を消して、そのまま月島を、激しく抱いた。




