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11 とりあえずどつけ

 ばっ、と電気がついた。

 つけたのは須藤だ。だが、立川も手をのばしかけていた。

「…今の何。」

 立川は薄く汗をかいて言った。

「…俺が聞きたい。」

 須藤も深刻な顔でこたえた。

「…」

「…」

 立川はおそるおそる言った。

「…俺…やっぱりなんか連れて歩いてる…。」

「やめてくれ。」

 須藤は大きな声で言った。

 …部屋の中を、なにかが、ずるずると這い回るような音がして…2人は目を覚ましたのだった。

「…なんか見えた?須藤。声とかは?」

 須藤は首を横にふった。

「…タッチーは?」

「…うん…。俺は…自分がなんか探してる夢をみてた。」

「…お前、中になんか飼ってるんじゃ…」

「…そうなのかも…。」

 2人は青ざめた。

「…月島に相談しようか。」

 須藤が言うので、立川は首をふった。

「だめ、須藤くん。今日とあしたは、冴は絶対ダメ。」

「なんで?!」

 立川は少し言い淀んだ。少し遠回しに言った。

「…藤原に、冴を独占させてあげないと…藤原が修学旅行最後までもたない。あいつがキレると厄介だから。」

「そりゃ…まあ、それは、わかる。だけどどうするんだ。このまま電気つけてりゃ、寝られるのかお前は。」

「…無理。怖い。どうしよう。」

 2人は青い顔を見合わせた。

 そしてどちらともなく、思い付きを口にした。

「…オーウェンに…」


+++


「ぎゃあああああ!!」

 オーウェンのものすごい悲鳴にびっくりして、根津は飛び起きた。…3時より少し前だ。くそったれ、と思った。

「何だよ! うるさいな!!」

 根津は腹をたてながら電気をつけた。

 明るくなった途端、オーウェンは静かになった。そして、憑物がおちたようにパチクリとして言った。

「…あ、…、すまん、変な夢見て…。」

「…何時だか時計見ろよ。」

「…す…すまない…。」

「疲れてるんだから寝かせてくれよ。」

「…悪かった。」

 オーウェンは平謝りだった。

 まったく、と根津は思った。

「…消すからな、静かに寝ろよな。」

「…うん。」

 根津がスイッチに手を伸ばしたとき、ドアがどかどか叩かれた。

 根津もオーウェンも飛び上がった。

「根津っ!!あけろ!!」

 須藤の声だった。根津は驚いてベッドを出ると、ドアを明けた。

 いつも冷静で物静かな須藤がここまでやるからにはタダ事でないはずだ。

 須藤と立川がとびこんでくると、オーウェンがまたぎゃーっと叫んだ。

「なんで来んだよ!! 」

「オーウェンみすてないでーっ!! でたーっ!! 俺んとこにでたーっ!!」

「あたりめーだろおめぇについてんだよ!!」

 入ってきた立川にオーウェンは枕を投げ付けた。

 それはバフッと須藤にあたった。

「いでっ!!」

「月島のところへいけばいいだろ!!」

 オーウェンが叫んだのを、根津はとめた。

「…だめ。あの部屋はそっとしとけ。…タッチ、大丈夫?椅子、たりないな。ベッドにすわんなよ。須藤は椅子でいいだろ。」

「お前、俺が悪夢みたらうるせーっていったくせに…」

 恨みがましく言うオーウェンを、根津は無視した。

「…ポットにお湯あるわ。みんなでスープのむか。ドライのがある。…甘いもののほうがいいけど…。それともちょっと買ってくっか。自販機あったよな。」

「まてっ、根津、俺をこの2人の中に置いて行くな!!」

「じゃあおめえが買いにいけよ。」

「いやだ!!」

「いいかげんにしねえと撲るぞ貴様。大人しくすわって、2人の話きいとけ、馬鹿。」

 根津は言い捨てて、カードを探すと、部屋を一旦出た。

 戻ると、立川と須藤がオーウェンの機嫌をとっていた。

「…根津って、怖いときはこわいよね。…みんな寝不足だからね…。」

「…ごめんな、オーウェン…。」

 根津は3人に温かいミルクティーを配った。

「…またなんか這い回ったの?それともトリベノに行ったの?」

「…トリベノって?」

「藤原が言ってたから。…タッチーに最初についたやつは、トリベノへ行くっていってたらしいよ。…古都の、昔の、お墓というか、まあ、風葬場だったらしいところ。」 

「…したいおきば?」

「…平たく言うとね。」

「…そんなとこに何しに行くの?」

「…さあ…。なんか、探し物なんだろ?」

「這ってるのその人なの?! 長崎の人じゃないの?!」

「俺は詳しくはわかんないよ。」

 根津はオーウェンの顔を見た。オーウェンは白い顔色になって、ミルクティーをすすった。

「…俺いいたくないんだよ。言うと怖いんだよ。」

 オーウェンはかろうじてそれだけ言った。

「…どうして?」

 立川がおずおず訊ねると、オーウェンは立川を横目で見た。

「…おまえだって、近くで誰かが自分のうわさ話してたら、耳すまして聞き入るだろ。」

「…」「…」「…」

 その言葉の意味を察して、3人は黙った。

「…オーウェンは、お祓いとか、できる?」

「まさか。できるわけない。月島のほうがいくらかまだできる。」

「月島はやっぱりお祓いできるんだ?!」

「…気合だけでなんとかなるときは出来てなくもない。それに…あいつ、なんか強力な護符かなんかを、いくつも持ってるぞ。」

「あ…うん、それは、そうみたい。…でもなんで知ってるの?」

「…なんとなく。…もう少しわけてもらってくれよ。俺には何もできないから。」

 また根津がちょっとムッとしたところで、須藤が割り込んだ。

「おい、なんか食い物もってないか。腹が減った。明日なんか新しいもの買って必ず返すから、なんか恵んでくれ、根津。」

 …須藤がそんな無茶を言うのはとても珍しいことだった。

 根津はだまって鞄から、菓子の包みを二つ出した。なぜかわからないが、たべなければならないという確信があった。

 ありがたい、といった空気の中、須藤が丁重に根津に礼を言った。すると、オーウェンもなぜか、荷物の中から、お土産用らしき包みを出して破いた。

 根津が黙ってみていると、オーウェンはティッシュをきちんと畳んで、まずその上に菓子をひと掴み置き、化粧台に供えるようにして置いた。そして残りを、自分達の真中に供出した。

 根津は、立川がカステラのかけらを枕許に置いていたのを思い出した。

(腹が減ってるんだ…多分…)

 化粧台のほうでカサッと音がした。

 4人はぎょっとして、そちらを見た。

 …とくになにも起こっていなかった。


+++


 結局4人は食べ終わったあと、各々割り当ての部屋でベッドで横になったものの、まったく眠れないまま朝を迎えた。

 朝食に出向いてみると、月島と藤原が先に席についていた。朝からちゃんとシャワーなぞあびたようで、2人ともため息のでるような二枚目ぶりだった。…私服だったせいもある。

 なんとなく、いつもの2人らしくない感じがしたが、とりあえず根津は無視して近付いた。

「オハヨ。…飯、どう?」

「…お早う。」

「うまいよ。」

 藤原が物静かな声でにっこりして言った。

 …奇異に感じた。藤原はいつも、ムダに陽気か、ムダに元気で、ムダに前向きなやつだからだ。

 とりあえず残りの3人に手招きした。オーウェンもふくめて、さっさとやってきた。なんとなく、全員、月島のそばにいれば安心だという気がしたのだ。

 やがて朝食が運ばれてきた。卵とベーコン、焼きトマト、パン、スープという単純な洋食だった。

「…たりねえ。」

 須藤がうなった。

 あれだけ夜中にたべて、よくまだたべられると思うのだが、たしかに、根津も足りないと思った。…異常な食欲だ。徹夜明けならば、普通ならぜんぜんたべられない。…それに、根津が寮で食べている食事も、だいたいこんなような感じなのだ。いつもは多いと感じることだってある。

 焼いたトマトなんて、と思ったが、立川も含めて、だれも文句は言わなかった。

 月島だけはいつもとかわらない様子で言った。

「…昨日は大丈夫だったか?」

 全員首を横に振った。

 すると初めて藤原が、少し陽気な調子になって、言った。

「あはっ、やっぱり?俺んとこも大量に出たよ、夜中に部屋飛び出してさ、怖くて部屋に帰れなくて、20階の展望ラウンジでしばらく月島と夜景みちゃったぜ。…戻るの怖いって言ったら、月島のやつ、よっほどの場所でなければどこだって同じだ、なんて言うんだぜ。ひっでえだろ。」

 そしてあはははと笑った。

 …嬉しそうだった。

「…幸せそうだな、藤原。」

 剣のある声でハッキリとオーウェンが刺した。

 藤原は笑いをおさめずに横目でオーウェンを見た。

「そういうおまえは不幸そうだな?」

「…おまえと月島を真夜中にデートさせとくために、自分が犠牲にされたのかと思うと、怒りで卵料理が喉を通らんわ。」

 根津はイラっとして言った。

「…いっとくが最初に大声あげて俺を叩き起こしたのはお前だからな、オーウェン。2人が飛び込んで来たのはその後だ。」

「まあ、おちつけ。」

 月島はいつものようにのどかに言って、立川に問いかけた。

「…吹雪、何があった?」

「…うん、俺、…夢見てたんだ。地面に這いつくばって、なにか探してたんだ。」

「…」

「…そうしたら、本当に床をなにかが這い回るような音がして、びっくりして目がさめたんだ。…ちょうど須藤も同じ音に目をさまして、電気つけたところだった。…おれはベッドに寝てたけど…こわくなってさ。」    

 須藤がため息をついた。

「月島んとこへ行こうかと思ったが、…藤原もここんとこ寝てないし、起こすならオーウェンだということに決まって。」

 月島は黙ってパンをちぎった。…根津の印象では、須藤のボケの裏に隠された立川や根津の友情に気付いている様子だった。

 吹雪が言った。  

「…根津のとこへいったら、根津たちも丁度起きてて…オーウェンがうなされて起きたっていうのは今聞いたけど。」

「…腹が減ってたので、根津とオーウェンに菓子を借りて食った、今日返す約束だ。」

 須藤がいうと、オーウェンは「別にいいよ。俺も食ったし。ああするのが一番よかったし。」と下をむいてぼそぼそ言った。根津はわざとはっきり言った。

「ああ、しっかり返してくれ、ベトナム銘菓で。」

 須藤はわかってるわかってると手を振り、月島に言った。

「オーウェンが化粧台に菓子を供えてた。」

 月島はオーウェンの顔を見た。

「…あれは空腹なのか。長崎でも言われたんだ。」

「…なんとなくだ。うちは…菓子くうときはいつも、仏壇に先にそなえるから。」

「でも、供えた菓子のほうで、カサっていった。みんな一斉に見た。」

 立川が言った。

 月島は藤原を見た。

「…藤原はあまり暴食しなかったな。…腹は?」

「…ふつう。」

「…ああ、そういや、お前、吐いてたもんな。」

 冴は普通に言った。藤原はちょっと考えたが、ああ、という顔で、言った。

「バス酔いしたんだ、あれは。気持ち悪いっつーのに、女子が話し掛けるたび、わざわざばたばた背中叩くから…」

「…うん、そうだったな…。女子はたたいてなかったが、確かにだれかがモーレツにどついてたな。どうしたんだろうと思ってたら、お前トイレにはしってったから…。」

「…。」「…」「…!」「…」「…。」

 全員黙り込んだ。

「…お前は守護霊様ついてるからな。かなり強いやつ。」

 オーウェンが藤原にぼそっと言った。

 藤原は確かめるように月島を見た。月島は、軽くうんうん、とうなづいた。

「…飯くったらどついてみるか。どうせ足りないんだろ?」

 月島はそう言って、立川の顔を見た。


+++


 「…というわけで、ばんばんどついたら、根津は吐いて須藤は腹を下したんだが、肝心の吹雪がどうも駄目で…あと、オーウェンてやつがいて、少しわかるらしいんだが、どうやら、別に何か小さいものが胃にはいったというわけじゃなくて、出てくるときに穢れみたいな毒素がぎゅっとまとまっただけだろうと…」

 などと電話する冴のそばで、吹雪はソファにへばっていた。

 集合時間まであと20分。ロビーにいた。

 月島冴という男は手加減というものをしらない、と思った。

「…タッチー大丈夫?」

 小坂がやって来て立川を覗き込んだ。

「…背中がいたい。ぜったい痣になってると思う…」

 ききつけた冴が、電話の口を塞いでこっちに言った。

「なってない。俺はどつくのはサイコ-にうまいぞ。心配するな。」

 吹雪は呆れた。

「…どうしたの?」

「…なんでもない。…小坂、ちょっと、レモン水買って来てくんね?」

 吹雪は小銭を渡して、小坂を追い払った。

「…ああ、うん、いや、すまん…ああ、そうか。…それしかないのか?このままじゃ帰るまで吹雪の周辺は一睡もできない。」

 冴は誰かに今回の件をながなが相談していた。

 その冴の後ろに、藤原が寄り添うように立っている。

 藤原は幾分ぼんやりしたようすで…藤原らしくなかった。

「…塩?そんなもんないぞ。まだ酒のほうがいくらか…だが見つかったら停学ものだ。」

 根津がやってきた。

「月島は誰に電話してるの?」

「しらない。多分、知り合いの霊能者。」

「大丈夫、タッチ?」

「…大丈夫くない。」

「…いや、俺も。ちょっとつめて。」

 根津は吹雪のとなりにのびた。

「…根津。」

「うん?」

「…出来たと思う?」

「…」

 吹雪の問に、根津はしばらく黙った。

 そして言った。

「…と、思う。」

「…どうなると思う?」

「…わかんない。…でも大丈夫だよ、男同士だし。妊娠とかはしないよ。」

「…そうだよね。」

「…タッチ、妬ける?」

 根津はひそひそ訊ねた。

 吹雪は苦笑した。

「…夜空の月を誰かが俳句に読むたびに、俺は嫉妬しなきゃならないの?」

「…それは達観しすぎ。」

「…俺は俺の窓から月が見えれば、それで満足。他の誰かの部屋に、興味はないよ。…新月の夜もあるのは、まあ月だから、仕方ない。」

「…それはアイシ過ぎ。」

 根津の台詞に、吹雪はくすっと笑った。

 …小坂が、レモン水を買って来てくれた。

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