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10 夜景

 一泳ぎしたあとシャワーを浴びて、フォーマルに着替えた。

 制服でもいいと思うのだが、なぜかここでパーティーフォーマルを着るのが、S-23の慣習なのだった。

 どう考えても制服でいけない理由はないのだが、まあ、親も着せたがるし、女子も喜ぶし…。一着ぐらい持たせたほうがいい、と教師も面談で親に言うのだ。

 貸し衣裳ですますヤツもとくに女子は多いと先輩達からきいている。女子のドレスは流行が早いので、今年のドレスはもう来年は着られないからなのだそうだ。

 貸し衣裳でもいいのか、というと、いい、のだ。

 どういうことかというと、つまり、これは「ここ一番、カッコつけるときの訓練」なのだ。たとえば、急に表彰されたとか、セレモニーによばれたとか、そういうとき、どうやって対応するか、の予行練習なのだ。だから、貸し衣裳でもいいし、制服でもいい。ただし、制服の場合は、微妙に点をさげられるそうだ。たとえ経済上の都合でも、だ。何故かと言うと、高等部が終わってしまったら、制服はもう着られないから。これは未来のための訓練だから。ついでにいうと、洋装の貸し衣裳はそんなに高くないから。

 にもかかわらず、例年、男女とわず、宗教上の理由とか、経済上の理由とか、主義とかで、制服で押し通すヤツもいるのだそうだ。…藤原は、そうした人物がいるという現実に対して…むしろその意思の強さというか、主義を貫くその姿勢に、少し敬意を感じた。 

 藤原家は、父の給料一ヶ月分が、これ一着で消えた。

 母は、「そういうものなんだから、いいの。お母さん楽しみにしてて、ちゃんとずっとこのために貯金してたんだから。」と言った。

 …そこまでされると、藤原はさすがに「制服がいい」とか「貸し衣裳で」とは言えなかった。

 母はオーダーメイドでこの服を作らせ…藤原に家でためしに着せて、「しげのり、大きくなったね。立派になって。素敵よ。お母さん、すごく幸せ。」と言って、涙ぐんだ。多分それは…かわいいシゲノリがおおきくなったこともさることながら、息子の晴れ着くらいは人並みに整えられるきちんとした家庭を築いた、自分への感慨もあったことだろう。かわいいシゲノリとしては、黙って着てやるのが親孝行というものなのではないか?

 髪を整えてから振り向くと、月島がやけに手慣れた様子で、上着の埃をブラシではらっていた。藤原の視線を感じたせいなのか、そのままさっと上着を着た。

 制服となんら変わらぬそのぞんざいな取扱いに、藤原は違和感を感じた。…スーツはすごくよいもので…ちゃんとしている…。だが、初めて着るという様子ではなかった。

「…月島って、よくパーティいくの?」

「…いろいろ…御用で…陽さんが…。」

「…お伴?」

「…うーん…まあ、その…護衛と称した…お飾り?とか、まあ、たまに、久鹿先生のところで、頭数合わせのバイト…みたいな…。」

 月島は言いにくそうにいった。

 つまり、連れ、ということだ。彼女と称したドレスの美女の代わりに、護衛と称して月島を飾り立てて連れて歩く、ということ…。そうするだけで、連れて歩くほうはステータスが上がるということ…。そして、月島は御馳走を御相伴にあずかって、お小遣いをいただくというわけで…。

 …住んでる世界が違う。目眩がした。

「…仕事着か。」

「…まあ、そう…というか。…うん。…おつきあい用、いや、お義理用、というか…。」

 …最後まで歯切れが悪かった。多分、お水のお姉さんでなくとも、大人の女なら、「戦闘服」と正解を言ってくれたことだろう。

 隣のクラスに、どっかの会社の重役のおじさんに貢がれていた女子がいて、一時期有名だったらしいが、…みんなただ目をつぶりたいから無視しているだけで、絶対に月島のほうが大変だと思った。

 月島は苦し紛れに笑った。

「…あ、新しいやつか?かっこいいぞ藤原。」

「…ありがとう。…行くべ。」

 藤原は軽く流してそういい、2人は部屋を出た。


+++


 月島を一目見た途端、きゅう、と鳴いて立川が抱き着いた。立川は美しいものに弱くて、とにかく、月島が着飾っていると、もう夢心地になってしまう。

(…いつものことだ。)

(いちいち目くじらをたてても…。)

 そう思ってみても、藤原は、今回は、どうしても、いや、どうしようもなく、イライラした。

 貸し衣裳だろ、てめえ、とか、なんでもいいから絡みたくなったが、かろうじてこらえた。

 …さすがは腐っても立川、貸し衣裳とはいえ、ぴったり似合うものを選んでいるあたりが、憎らしい。

 月島は立川の背中を子供をあやすようにぽんぽんと叩いて言った。

「…髪しばったんだな、吹雪。すっきりしていいぞ。」

「やだけどぉ…須藤くんがぁ、うるさいからぁ。」

 立川は甘え声で、ゴロゴロいう猫のように月島に宣った。

「…そういや須藤のうちは普段からフレンチだったな。」

「普段からフルコースってわけじゃねーぞ。…でも、まあ、テーブルマナーのうちだろ、髪は。…しかし…お前ってほんとうに、パーティーフォーマル着るために生まれて来たような男だな、月島…。」

「…月島、新調しなかったの、結局。」

 後ろから声をかけられて振り返ると、根津だった。根津もちゃんとした格好をすると、そこそこのおぼっちゃんなのがわかるタイプだった。…高価な服に負けないなにかがあるのだ。

「…買い物行ったとき、偶然会ったんだ。」

 月島がみんなに一応説明した。根津が言った。

「久鹿先輩、買いたがってたじゃん。」

「…買ったとも、いらん普段着を山ほどな。…売り払ってお袋に仕送りしたいぐらいだ。」

 根津は無視して言った。

「パーティーフォーマルも新調したけど、テーブルマナーで周りに汚されたら困ると思って、やめたろ。当たり?」

 月島は一瞬言い淀んで、うなづいた。

「…あたりだ。」

「…貧乏性がぬけないね、お前。いいけど…久鹿さんに恥かかすなよ。」

「貴様にいわれる筋合いはない。」

「仲良くしろ、2人とも。腹へってんのか?」

 須藤が…多分須藤も貸し衣裳だ…カラーを直しながら諌めた。2人はそれぞれ、「へってる…」とぶつぶつ答えた。

 会食場前のホ-ルに集合すると、女子たちがいた。

 見たこともないような綺麗なドレスを着て…大人っぽく肩を出している子もいたり、かわいらしくふわふわしている子もいたり…。

「…化けるな~、あいつら…。」

 藤原が言うと、須藤が同意した。

「…いやぁ、だれがだれだか。」

「…みんな綺麗じゃないか。」

 月島は立川に抱きつかれたまま、ちょっと笑っていた。


+++


 地獄のフレンチマナーに泣かされて、結局フルコースも腹のどこにはいったのかわからないまま、講習会は終わった。会場を出た途端、みな猫背になって、

「お…終わった…」

と、男子も女子も一様に呟いた。

「あー…あたし、この服、きつい…。御飯食べたら、お腹出るって忘れてた…。緩めたい…。吐きそう…。」

「緩めたいねーっ。あんなに食べるとはおもわなかったもん…」

「ワインで食べればちがうんだってば。それを学生だからって水でたべるからさー。」

「あーん、あたし、靴きつい。足痛くてもう歩けない…。」

「えーっ、いっかいくらい履いとけばよかったのに…。」

「はやく部屋戻ろう。もう、ぬいじゃおっかな、ここで。じゅうたんふかふかだし。」

「ま、まちなよ、部屋までがんばんなよ、ほら、藤クンが見てる…」

 藤原は指摘されて、あわてて目を逸らした。…まずったと思ったが、くつの痛い女子は途端にぴんと背筋をのばして、ぴたりと口を噤むと、しずしずエレベーターに向った。哀れに思ったらしい月島がエレベーターを譲ってやると、女子は礼も言わずに乗り込んで、早々に扉を閉めた。

「…可哀想に…。クラス一番の人気者にあんなところを見られて…。」

 月島は長い睫の目を伏せて、ぼそぼそそう言った。

「なんだってこんなかっこうで飯食う練習しなきゃなんねーんだ…。」

 藤原もため息をついて頭を掻いた。

「…あしたは立食形式だぞ。大丈夫か?」

 須藤がニヤニヤして藤原をからかった。

「俺は大丈夫だけど、女子ヤバくね?」

「あいつらは男の目がある場所では、美しさの為にどんな苦難にも耐える。大丈夫だ。」

「…あーああ。」

 …藤原は本当に悪いことをしたと思った。見てないで、靴をもってやって、エレベーターに載せてやればよかった、と思った。軽く冗談でも言いながら。

「…レディ・ファーストって、ハイヒールがツライからだったんだな。…今、知った。」

「そーれはどーかわんねっけどもー。」

 そこへ、わぁい、と陽気に立川がやってきて、ぱふっと月島に抱き着いた。

「冴ーっ、美味しかったね! 俺、ああいう魚料理食べたの初めてーっ! ソースがさあ、味わい深いっていうかー!」

「ああ、うん、そうだな。あの魚はうまかった。」

 藤原は呆れた。よくあの緊張感のなかで、飯の味が認識できると思う。…ものすごくムカムカしてきた。

「明日はもっと楽に食べられるんだろー?」

「そう、でも、ほら、…服がよごれないように…いいこにして食べないと、吹雪。」

「冴はそこがポイントなんだねーっ。…まあ、俺もそうだよ。染みつけたら返すとき金が余計かかってたいへーん。」

「…お前とは経済観念が一致する、吹雪。」

「でも冴、これ、自分のだよね。」

「…うん、まーな。でもクリーニング代がかかるのは同じ。」

「あー…。冴のクロゼットは全部こういうのでいいよ…。俺から家主さんに言ってあげるね…冴。」

「冗談はやめてくれ。」

「いいや! 絶対言う!」

「絶対に駄目!」

「わけのわからん言い争いを今すぐやめろ馬鹿ども。」

 須藤も幾分苛立って言った。

「怒らなくたってイイじゃねっかよ-、須藤には関係ないからって。」

 立川が反論したとき、後ろをオーウェンが通りすがった。

 …制服を着ていた。

 オーウェンは、月島に抱き着いたまま膨れっ面になっている立川の顔を見て、「ぷっ」と嘲笑した。…そして立ち止まらずに通過した。

「…」

 立川はだまってそれを見送ったあと、月島の顔を見上げて言った。

「…冴、オーウェンの愛情表現って、屈折してるよね。」

「…素直じゃないんだ。」

 月島はうなづき、なぜか2人揃って、藤原を見た。


+++


「あったぞ。」

 月島はにこにこ笑って、電話を置いた。

 間もなく、部屋に、小鍋や電熱器や、マナイタ、ナイフ、炊飯器もあった、それに皿が持ち込まれた。調味料セットもあった。ついでに丸テーブルまで持ち込まれた。…ちゃんとしたホテルってすごい、と藤原は思った。

「材料たりる?」

「ある分だけでいいだろう。」

「…米、俺も供出するわ。重いから。」

「そうか。…須藤に頼んで、来るついでに少し飲みものと水を買って来てもらおう。」

「ああ、電話、俺がするよ。」

「そうか?すまんな。」

「いいよ。」

 藤原は快く分担を引き受けた。

 月島はとっくにジャージに着替えていて、スーツはちゃんとクロゼットにつるしてある。電話を終えると、藤原もジャージに着替えて、隣にスーツをかけた。

「…オマエラもう寝巻かよ。」

 ボトルをかかえて入って来た須藤が呆れて言った。須藤は私服を持って来ていて、しかもホテルの滞在にぴったりなカジュアルだった。後ろから、立川がついてはいってきた。立川はいつもどおりの普通のかっこうをしている。…ちなみに立川の普段着は、すごくアート系だ。どこでも通用するのが強みともいえる。立川は、いつでもどこでも立川だった。

「…根津も呼んだら?」

 立川が言った。

「…なんか疲れてるっつってた。」

 藤原が言うと、立川が黙って部屋を出ていった。…多分誘いにいったのだろう。

 少しまっていると、すぐに戻って来た。

「…腹いっぱいだから、寝かせてくれって。マナーレポート書く気力もないって。…おまえら元気だねーっ、だって。…スーツ、椅子にひっかけてクシャクシャつみあげてあったから、かけてきてやった。…あいつ、いい靴はいてるよね。おぼっちゃんなんだなー、普段は貧乏くさいけど。ごますっとこ。暮らしに困ったら俺は北海道へ行こう。きっと根津が食わせてくれる、一週間くらいなら。その間に仕事さがせばいいや。」

 月島は笑った。

「吹雪、根津には、金持ちの親戚がついているぞ。だが実家じゃなくて、エリアだ。」

「えっ、そうなの…?…そういえばあいつ、中学のとき、電車通学してた、どっかから。」

「だろ。」

 須藤が話をかえた。 

「…オーウェンいた?」

「…リゾート体験にでかけたって。」

「なにやってんだろな、あいつ。」

「…まー、プールとか無難じゃね?…スパついてるし。風呂もついでにはいればいい。」

「まーな。」

 野菜を洗っていた月島が、それを聞いて、ふと顔をあげた。

「…意外と、告白イベントだったりしてな。」

 3人は口を揃えて「まっさかー」と言った。   

 …何故か、月島は笑った。


+++


 仲間にほかほかの白いおにぎりと、ナンプラーを使った野菜の煮物と、サラダをふるまって、最後のとどめにおいしいお茶をそっと並べた月島は、3人の絶対的な支持を勝ち取った。3人は口を揃えて言った。「なんかこういうのが食べたかったんだ」…旅行も3日目となると、「他所様」な感じの食事に飽きる。

 チェックシートとマナーレポートを書かねばならなかったので、早めに解散した。

 テーブルがあったので、藤原はそれをベッドに引き寄せ、ベッドに腰掛けて、そのテーブルで、レポートを書いた。

 月島も、後片付けが済むと、藤原がゆずった化粧台のところにノートをおいて、椅子にすわってレポートを書いた。

 終わってノートを閉じたときには藤原はいささか疲れ気味だった。思えば昨夜は幽霊騒ぎで寝ていない。そのまま、腰掛けていたベッドにごろっと横になった。

「…もう寝るか、藤原? お前昨日、寝てないしな。」

「うん…」

 月島の問いに曖昧に答えた。

 月島がバスルームで歯磨きしているのをぼんやり聞いていたが、そのうち寝入ってしまった。

 誰かに起こされて、ハッと、目がさめた。

 見ると、何のことはない、月島だった。

「…ああ、起きたか。…おまえ、ふとんかけて寝ないと、かぜひくぞ。いくら日本より赤道に近くても、ここはドームの中なんだし。」

 月島はそういいながら、藤原に布団をかけてくれているところだった。

「…あ、ごめん…」

「…別にいい。…じゃあ、お休み。」

「うん…」

 月島の手がちょいちょい、と頬の辺りを撫でたのを感じた。藤原はそのとき、ふと、立川のことを思い出した。…眠い目をこじあけた。月島の背中がみえた。

「…大丈夫か?月島。」

「何が。」

「…眠れる?」

「…と思うが。」

「…だよな。…お休み。…か…ったら…」

「ん?」

「…なんかあったら、起こせ。」

 藤原はかろうじてそう言うと、眠りに落ちた。


+++


 深夜に、目が覚めた。

 …ベッドサイドに小さく灯りがついている。

 ベッドに月島がいなかった。

 藤原は驚いて、起き上がった。

(どこいったんだ、あいつ…)

(なんかあったら起こせって言ったのに…)

 部屋の電気をつけようとして、ベッドから下りかけたところに、月島が帰ってきた。

「あ、起こしたか?すまんな。」

「…こんな夜中にどこいってたんだよ。」

「…夜景みてた。」

「夜ばいじゃねーだろうな。」

 月島は声をたてて笑った。

「誰のところに。」

 そして、手にもっている小瓶を振ってみせた。

「…ああ、飲み物買ってきたのか…。」

「ああ。」

「…眠れねーの?」

「…」

「…でも、見学とか研修とかレポートとか、疲れたろ。」

「…うん、まあな。」

 月島はベッドに入って、灯りを消そうとした。

「…立川のこと、心配?」

 月島は手を止めたが、すぐに、少し笑って、灯りを消した。

「…べつに。お守りつけさせてあるし、大丈夫だろ。…寝ていいぞ、藤原。別に、俺につきあって起きていなくても。」

 暗闇の中で、月島は飲み物をのんでいる。

「…目さめちったよ。」

「…すまん。」

「…」

 藤原は手を伸ばして、ベットサイドの灯りをつけた。

 淡い光がほんのりと、細かい竹細工のシェードの中にともった。

「…さっきさ、月島、オーウェンのこと、告白イベントじゃないかっていってたろ。」

「ああ。」

「なんで?」

 月島は飲みもの…ハノイのものらしく、ラベルの文字の意味がわからない…を飲みのみ、少し考えて、答えた。

「…前に、うちの家主さんにな、どんな高校生だったのか、聞いたことがあるんだ。」 

「…」

 藤原は、実は、最近になって、昔の久鹿のことをおぼろげに思い出していた。

 学祭のとき、立川の話をきいていて思い出したのだ。

 久鹿は去年の3年だから、勿論、学校であっていても不思議はない。

 …毎日、護衛が門まで迎えにきていた。その護衛が印象的な人物で、…どこから見ても護衛なのだが、一度だけ、ちいさな息子を可愛がるように、久鹿の頭をくしゃくしゃと撫でていたのを見たことがある。

 久鹿も別にいやがっているふうではなかった。仲の良い親子みたいだった。

 藤原は人並みな少年なので、高校生になってから父親とあんなふうに楽しくすごしたことはない。

 すごく「自分が失ってしまったものへの憧憬」を感じた…。

 …あれは確かに久鹿だったと思う。ただ…今のような、あの不思議な透明感というか、独特の浮遊感というか…魂の水をぽとぽとこぼして歩いているような、たよりなくて痛々しくて清冽な感じ、というのは、あの頃はなかったように思う。もっとしっかりしていた。…悪そうだった、といってもいいくらいだ。たとえなにかこぼしているとしても、それは断じて水じゃなくて、むしろ血とか汗だったと思う。

 そして久鹿が語っていた月島との縁の話を総合すると、もしかして、あのコワオモテの護衛は、月島の父親だったのではと…

「…どうやら、陽さんはオーウェンみたいな生徒だったらしいんだ。」

 …あっ、と思った。

 …その通りだった。

「…陽さんはあれでも、高校生のときはちゃんと美人の彼女もいたし、…エロ話が好きだというわけではないが、人並み程度にはちゃんとエロいんだ、まあちょっと、興味の方向性は独特だが…。…本人がいうに、自分のような男子はどこのクラスにも一人か2人は必ずいると…。成績もそう悪くなく、これといって問題行動があるわけでもなく…目立たなくて地味でいるかいないんだか、みたいな…。陽さんが、『そういう生徒でも、案外と、キスしたらちゃんと舌つかうかもよ』…と言うものだから。…だからなんとなく、想像したんだ。」

 月島はそういって、くすっと笑った。

 藤原は苦笑した。だから、月島はオーウェンをなにかと大目に見ていたということだったのだ。…久鹿を思い出すから。

「…まあ、案外ああいうやつはムッツリかもしれないわな。言われてみれば、そんな気もしてくる。」

「…想像するとおもしろいじゃないか。あのつんけんした男子が、女の前でデレデレくずれるかと思うと…。」

「…やっぱり、制服でテーブルマナーに出るような剛毅な女がいいのかね?」

「…ああいうのに限って、見栄えのいい女が好きなものだ。…女の面白みはドレスの趣味じゃなく、ドレスの中味だ。それに気付くまでは、まだまだかかるこったろうよ。」

「…お前、その言い方おおいに誤解されるよ?」

「最低5人くらいは剥いてみないとわからんだろ?」

「誤解じゃねーのかよ。」

 月島はくすくす笑った。

「…藤原、本気で好きになった女とやったことあるか?」

「…」

 藤原は黙った。

 …少し考えたが、なんとなく、月島には言ってもいいような気がした。

「…ないよ。…やらせてあげるって女と、有り難くやらせてもらっただけ。」

 それから、慌てて、少し付け足した。

「…でも、ちゃんと、彼女サンとして、大事にしたんだからな。」

「…まあ、藤原だからな。そうなんだろうとは思うよ。」

「…。」

「…俺も女とはない。最初っから悪くてな。…ひでえ女だった。いくらこっちがガキだったからって、馬鹿だったと思うよ。…なぜか、その手のかわいげのない女ばかり俺を脱がせたがる。可愛い女に縁がなくてな。残念なことに。」

「…」

 藤原は首を冴のほうに向けた。

 …枕とか布団とかがじゃまで、よく見えない。

 月島の手がカラになった瓶を、どこかに置こうとベッドのそばを彷徨うのがみえたが、置き場所が見つからなかったようで、月島はベッドから出た。化粧台の方に行くのが見えた。

 瓶を片付けて戻ってきたので、藤原は手招きして呼んだ。月島は藤原のベッドにやってきて、座った。藤原はふとんをめくって、中に入れてやった。

「…あ、枕。」

「…」

 月島は一度起きて、手をのばして、自分の枕をもってくると、藤原の隣におさまった。

「…それ、いくつのとき?」

「…12才。」

「犯罪だから、その女。」

「16だって言ったら信じた。」

「ありえねーだろ!」

 月島はおかしそうに笑った。 

「…俺は老けたガキだったからな。背も165~6はあったしな。声変わりもしてた。」

「だからって!!」

「…そこへ立って、って言われて…服脱がされて、…いじられて、イかされた。馬鹿にするような顔で、薄笑いされた。」

「…そんだけ?やらしてくんなかったの?」

「やらしてくれた、そのあと。…だが今でも思い出すと、イヤな気分なんだ。なんであんことされなきゃいけなかったんだろうて。…なんであのとき、あの女を蹴り殺さずに、なんの酔狂でやっちゃったんだろうって。今でも後悔している。」

 藤原は、どうしてみんなが、月島に一番聞きたいのに、だれも…自分も、聞けないのか、聞いてはイケナイと感じさせるのかが、分かった気がした。

 …傷になっているのが、なんとなくわかるのだ。

 藤原は、冴がそのとき味わった気持ちを想像するのが怖かった。

「…あの女をどこかに閉じ込めて、脅して怖がらせて、ひざまづかせて、御免なさいって、…赦してって、泣いて謝らせてやりたいと時々思う。…そうしたら、どれだけ俺の過去が明るくなるだろうって…。」

「…その女、今どうしてんの?」

「…捕まった。14の男子に悪戯したのがばれて。…俺のことは言わなかったらしい。うちの親父の知合いで、うちの親父がここ一番のとき普通のヤクザよりかなりヤバいの知ってるからな。だが、ほかに何人もやってたそうだ。…そういう変態女だったんだ。市民権剥奪されて、ドーム追放になった。…運がよければどっかのグリーンマップで、まだ少年狩りしてると思う。」

「…こええな。」

「…ついてくほうも悪いんだ。」

「…。」

 …捕まったからといって、月島の傷が消えるわけではないだろう。

 藤原が黙ると、月島は口調を変えて言った。

「まあ、ああいうのは場数だ。たまには火傷するときもあるのは仕方がない。最初だから油断してた。欲に目が眩んだってやつだな。…過去の話だ。もう終わったことだよ。」

 藤原が返事に困っていると、月島はちょっとすまなそうに言った。

「…悪かったな、変な話になって。」

「あ…いや、そんなことは…。」

「…藤原、去年の彼女とやったかどうか、ついに言わずに通したろ?…ちょっと尊敬したぞ。別れた女を守ってやるなんて、エライと思うぞ。」

「…同じ学校にまだいるからな。…今更変な噂たったら、俺もイヤだってだけ。」

 藤原は、話を変えた。…月島に、別れたカノジョとのことなんか話したくなかった。

「…まえから聞きたいことがあったんだ。」

「なんだ?俺と陽さんが出来てるかどうかか?」

「…それはできればハッキリさせたくない。」

「…じゃあ、なんだ?」

「…月島ってさ、俺達の見えないもの、見てるよな?たまに。」

「…」

「何が見えんの?」

「…」

「…だれにも言わねーから。」

 月島は、困ったなあ、という気配をにじませた。

 藤原は、月島との間をつめて、ひそひそ言った。

「…妖精とか?おっさんの小ビトとか?」

「…藤原、すまん、その話、しないほうがいいんだ。」

「…どうして。」

「…どうしてって…」

 月島は、ほとほと困り果てた、という空気をもくもく醸し出した。

 藤原は面白くなり、ひそひそ言った。

「…立ち上がって2本足で日本舞踊する猫?」

「…わかった、藤原、わかったから、ちょっと電気つけような?」

 月島は素早い動きで、ぱっと起き上がり、部屋の電気を明るくした。

「…!…わ…」

 ものすごい悲鳴をあげそうになった藤原の口を、月島は枕でぐぐっと塞いだ。藤原は枕に悲鳴を吸われつつも、ありえない衝撃で叫んでいた。

 …周囲に、とても人類の仲間とはおもえないものがみっしりとむらがって、2人の話に聞き入っていた。藤原は、一瞬だったが、確かに見てしまったのだった。


+++


「…百聞は一見にしかず、と、お前の守護霊が言ったのがきこえたんだ。」

「うそつけ!!」

「すまん、うそだ。…まあおちつけ。ほら、ココアがあるぞ。飲め。」

 月島は通路の自販機で、ココアを買って藤原にくれた。

 自販機と、エレガントなテーブルとアンティークな椅子があって、小さなロビーみたいになっている小奇麗な場所だった。

 ハノイの夜景がきれいに見えた。

「…おまえ、いつもあんなもん見えてんの?」

「なんのことだ、重紀くん。」

「とぼけるな。」

「…かわいそうに、怖いものを見たんだな。まだ手が震えてる。」

 月島は芝居がかった優しさで、ぎゅう、と藤原の手を握った。

「つきしま貴様…」

「俺はなにも見てないぞ。」

 月島は藤原の手を放すと、自分の分も自販機でココアを買った。

「…まあ、今度明るいときに、エリアのほうででも、いつかゆっくり話そう。今は駄目だ。」

 …それはそうしたほうがいい、と藤原も思った。

 ココアを飲んでいるうちに、気分は落ち着いてきた。 

「…あの部屋帰るの、怖いな。」

 藤原がぼそっと言うと、月島はぽろっといった。

「…よほどのところでなければ、どこでも同じだ。」

 藤原はとてもイヤーな気分になったが、どうしようもなかった。

 藤原が、自分から部屋に戻ろうと言い出すまで、月島は黙って向かいに座り、2人は見るともなく、ハノイドームの美しい夜景を見ていた。

 そのときに、藤原は、…あんな平気な顔をしている月島だが、藤原の今の不安や恐怖が分かるのだな、と思った。

 多分月島も、こうして部屋に帰ることのできなかった夜があったのかもしれない。…うんと小さな、子供のころか、…いつか。 

 夜じゅう逃げ出しているわけにもいかないので、部屋に戻る決心をした。

「…部屋に戻る。」

 決意表明すると、月島はうなづいて、藤原の分もカップを処分した。

 おそるおそる部屋に戻ってみたが、電気のともった部屋は、陽気なほど明るかった。

 藤原はほっとした。

 大丈夫、俺は幽霊とか化け物とか見えない、いたとしても見えないんだから、普通の状態なら絶対見えないんだから、いままで見たことなかったんだから、関係ない、と自分に強く言い聞かせて、ベッドに向った。

 それでもなんだか背中や首のあたりが薄ら寒くて、胃も氷をつっこまれたみたいだ。

 枕が置きっぱなしだったので、月島は深く考えずに藤原の隣にはいってくれた。

(よかった、助かった、いくらかっこつけても、これは、一人では眠れない。)

 藤原は心の中で、月島に感謝した。

「…電気、明るくしておくか?藤原。」

 月島が訊ねた。

 月島がいるし、きっと大丈夫、と思い、藤原は思いきって言った。

「いや、俺は寝るぞ。消してくれ。」

「…分かった。つけたくなったらつけていいぞ。俺は別に、どっちでもかわらんから。」

「…そうなの?暗いほうが寝やすくね?」

「…うちはお袋が夜更かしでな。…なにしろ部屋の天井が繋がっていたので…。明るい場所で寝るのには慣れている。」

「??」

 藤原はどういう意味か分からなかった。

 まあいいやと思った。

「じゃ、頑張って寝よう。お休み。」

「ああ、じゃあ消すからな。お休み。」

 月島は、電気を消して、布団に入った。

 藤原は、ちょっと気をつかって、寝返りをうって、月島に背中を向けた。そのほうがお互い寝やすいかな、と思ったからだ。

 そして、その数秒後に、背中からふわーっと抱かれた。

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