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手習ひ  作者: MOCHA
第2章 徒然
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鄙の海の暮らし

 祖父母は以前下向(げこう)していた摂津国(せっつのくに)の外れにある小さな集落に住んでいた。集落の入り口で祖父母が手を振って出迎えてくれた。知り合いらしい数人の村人を従えていた。

 村人は二人の姫の美貌を見て、()め称える。二人の姫は少し面映(おもは)ゆかった。京に住んでいた時分でさえ、右京(うきょう)の外れに住み、家族以外とは(ほとん)ど交流がなかった。こうして善良な村人と言葉を交わせるのは新鮮だった。


 二人の姫が辿(たど)り着いたのは京の高階(たかしな)屋敷の4分の1位の敷地に建てられた豪農風の建物だった。建てられてから久しく、所々朽ちている個所はあるがしっかりと補修されているらしく、不思議な風合いがあった。初めて建てた時と補修を繰り返した時の建築様式が異なるのだろうか。二人の姫は祖父母の屋敷の離れに住むことになる。二人の姫に同行した衛士(えじ)の一人が門番として残り、残りの衛士(えじ)はそのまま父達が下向(げこう)した若狭に向かうと言う。この辺りは土豪や郡司(ぐんじ)がおらず比較的平穏であったが、中央の混乱の影響で流れ者が時折悪さをすると言う。残った衛士(えじ)はその保険と言うことだった。

 二人の住む離れは掃除がなされていたが、二人の姫が持ち込んだ荷物を運びこんだ為、(ほこり)にまみれたため、もう一度掃除することになる。旅の疲れが癒えぬニノ姫を祖母の部屋で休ませ、一ノ姫は手伝いに来てくれた村人と共に部屋の掃除をする。村人たちは(おそ)れ多いと言うが、祖父母も普通に手伝っているのを見て、自分も手伝うと言う。一ノ姫に押し切られる形で掃除は進められる。祖父母は目を細めて一ノ姫を見ている。

  

 その夜、ささやかながらも二人の姫が来たお祝いをする。祖父母、二人の姫、賄い婦や庭師や衛士(えじ)までも呼んで賑やかなお祝いになる。体調の優れぬニノ姫は途中退室したが、一ノ姫はそつなく村人たちと会話を交わす。村人達は京の姫様と言葉を交わせるとはと恐縮する。それを見ていた祖父母は目線を交わす。何か目論見(もくろみ)があるようだ。

 

 離れに几帳(きちょう)御簾(みす)を整え、(ようや)く二人の姫は落ち着く。二人の姫が(ひな)の海に住み始めてから数日が過ぎる。ニノ姫は旅の疲れが()えず、熱を出し、床に()している事が多い。ニノ姫はまだこちらの気候や住処が変わったことに馴れぬのか、時折熱を出す。その世話をするのは一ノ姫だった。京であれば、ニノ姫の病が(あつ)い時は祈祷(きとう)をしていたが、祖父母についてきた元医博士(いはかせ)は、

祈祷(きとう)などとんでもない。病の時はひたすら睡眠を取り、熱を体外に出すようにし、適切な薬を処方するものです」

 年老いた元医博士(いはかせ)は言う。とても理に(かな)っていると一ノ姫は思う。


 祖母の部屋に入って気づくのは几帳(きちょう)御簾(みす)が京より持ち寄ったものより簡素で薄いことであった。祖母に理由を聞くと、

「京と(ひな)の海では気候が違う。ここは京より一年を通して温暖でな。そなたらが使う几帳(きちょう)御簾(みす)では厚すぎるかも知れぬ」

 と教えてくれる。近いうち、薄手のものを揃えなければと一ノ姫は思う。

  

 祖父は父・持国(もちくに)の先代にあたる元貴族である。官位も返上し、任官していたこともあるこの(ひな)の海を気に入り住処(すみか)としていた。元貴族である祖父が集落に住む村人と普通に会話しているのを見て、一ノ姫もそう振る舞う。祖父は(くらい)が低いとは言え貴族の娘なのだから、せめて御簾(みす)越しにと思うが、祖母は、

「この娘はそういう性質(たち)ではない。いずれ、京に戻った時、この経験が生きるでしょう」

と諭され、祖父も不承不承認める。

  

 ニノ姫は旅の疲れと新しい住処に馴れぬのか()しがちで、部屋から出ようとしない。だが、腕のいい元医博士(いはかせ)が症状に合わせて作る薬で僅かづつ回復しつつある。薬の元になる材料は近くの山海に自生している。なかなか手に入らぬ薬草は屋敷内の小さな畑で栽培していた。(から)の国の文字も読める元医博士(いはかせ)は博識であった。一ノ姫は何度か元医博士(いはかせ)についていき、実際に自生する薬草を摘み、持参した紙と筆に薬草の形状や名前を書き取る。

 薬草は集落の道端に生えていたり、山麓や山の上に自生しているものもある。種類によって自生する場所が違う事に気づく。

「薬草にも適した環境があるのです。最も、畑で作れるであれば、その方が効率的でしょう」

 元医博士(いはかせ)の説明に一ノ姫は成程(なるほど)と思った。

  

 ニノ姫は人見知りのため、二ノ姫が()している時は、一ノ姫が食事を運んでいた。賄い婦たちは一ノ姫を見る度、年端もいかぬのにこの美貌なら将来が楽しみでしょうと祖父母に語り掛ける。祖父は母である一ノ妻によく似ていると満更でもない様子。

  

 二ノ姫の体調は相変わらず不安定である。一ノ姫は二ノ姫の話相手をしたり、様々な面倒を見ている。祖母も手伝ってくれるが、未だに人見知りな二ノ姫は、祖母にも距離を置いている。京より持ってきた双六(すごろく)は唯一京を思い出す品らしく、ニノ姫は大切にしていた。

 二ノ姫が眠っている時、一ノ姫は外に繰り出す。海や山の麓を歩いたりしていた。特に海はお気に入りの場所であった。海は飽きない。千変万化(せんぺんばんか)の様相を呈する海は、行く度に新しい素顔を一ノ姫に見せてくれる。季節柄潮風は強く、着物をはためかせている。近くの砂浜に座り、ぼんやりと海を見ている。たまに、海に遊びに来る集落の(わらわ)と語らったり、遊んだりすることもあるが、一日中海を見ている方が好きだった。

(いつか、この海にこの身は飲み込まれてしまうかもしれない)

 そんな幻想も抱いていた。


 祖母と一緒に海に出掛けることもある。海は満ち引きがあり、砂浜が広がったり狭くなったりする。海の水は塩辛く、そのせいで泳ぎやすいのだという。よく集落の子供たちが海で泳いでいるところを見たことがある。自分もそのうち泳ぎたいと思った。ただ、海は急流であり、海水で着物が濡れると(しわ)になると聞き、泳ぐ事は難しいかなと思った。

 集落の子供達は近くの川でも泳ぎ遊ぶ事があり、流れも緩やかと言うことで、一ノ姫はそちらの方に興味が惹かれた。


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