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手習ひ  作者: MOCHA
第10章 叙位
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一ノ姫と鄙の君

 叙位(じょい)式の後、外仕女(げのしじょ)達と喜びを分かち合った後、同僚となる仕女(しじょ)4人に挨拶を済ませた。仕女(しじょ)は定員6名と定められているので今まで以上に連携を密にする必要があるかも知れないと高階(たかしな)姉姫は思った。

 引っ越し等の猶予(ゆうよ)期間が一週間あるため、その間は外仕女(げのしじょ)仕女(しじょ)の部屋の間を行き来することになるだろう。最も、高階(たかしな)姉姫は最低限の物しか持参していないため、数時間で引っ越しは終わってしまう。高階(たかしな)妹姫は物持ちの為、(しばら)くかかるかも知れない。

 まあ、この一週間は任官の準備期間ということで、仕事は免除されるという暗(もく)の了解があった。

 手持ち無沙汰に図書寮(ずしょのりょう)の近くを歩いている時だった。高階(たかしな)姉姫は(ひな)の君に出食わした。

権図書助(ごんずしょのすけ)様」

 高階(たかしな)姉姫は頭を下げる。知己(ちき)であるとは言え、公式の場では(ひな)の君は(くらい)の高い図書寮(ずしょのりょう)の次官である。

(かしこ)まらなくてもいい」

 (ひな)の君は知己(ちき)である事を強調した。

「では・・・(ひな)の君、改めてお久しゅうございます」

 再会して以来、(ろく)に会話もしていなかったのだ。二人きりで会う時ぐらい、昔を思い出しながら話すのもよいのではと思った。

「うん。高階(たかしな)姉姫も、見違えた」

 (ひな)の君は少し照れた様に言う。

「随分経ちますから」

 高階(たかしな)姉姫は返す。

(ひな)の海での事は迷惑をかけた。父君や母君に余計な心配をかけた様だ」

 (ひな)の君は頭を下げる。

「そんな事は・・・祖父がうっかり文にあなたの事を書き添えたのが事の発端(ほったん)なのですから。祖父はああ見えて、うっかり者なのです。それに・・・」

「それに?」

(ひな)の海であんなに良くして貰った(ひな)の君に感謝こそすれ、恨む様な事は一切ございません」

「・・・そうか。それを聞いて一安心した」

 (ひな)の君は心底そう思っている様に大きく息を吐いた。

「そうそう・・・宮仕えの折りは推挙をして頂いてありがとうございます。ちょっと父と婿取りの事で揉めていたので助かりました」

 高階(たかしな)姉姫は礼を言った。

「いや、あれは図書頭(ずしょのかみ)のした事」

「嘘よ」

 高階(たかしな)姉姫はきっぱりと言う。

「ほお・・・どうしてそう思われる?」

 (ひな)の君は受けて立つ様に高階(たかしな)姉姫を見る。

 高階(たかしな)姉姫は、高階(たかしな)家と図書頭(ずしょのかみ)が全く面識がない事、以前高階(たかしな)妹姫に言い寄っていた貴族が騒ぎを起こしたが、宮仕えは逆に望んでなかった事、後宮十二司(じゅうにし)には知己がなく、葛城(かつらぎ)右兵衛(うひょうえ)が申した通り、初め高階(たかしな)姉姫の推挙はなかった事、また、葛城(かつらぎ)右兵衛(うひょうえ)此度(こたび)の推挙に関わっていない事(葛城(かつらぎ)右兵衛(うひょうえ)には事後報告であった事を仄めかしている。)、図書頭(ずしょのかみ)と初めて会った折、推挙の話が挙がった時、図書頭(ずしょのかみ)ひなの君を(しか)と見た事、父母は前述の通り自分と妹の婿取りを望んでおり、宮仕え等以ての外と考えていた事を話す。

 (ひな)の君は一々頷きながら一つ一つの理由を吟味している様だった。

「ふむ・・・しかし、図書頭(ずしょのかみ)が推挙した事は動かし難い事実ですぞ」

図書頭(ずしょのかみ)は誰かに懇願(こんがん)されて推挙に踏み切ったのでしょう」

「理由は?」

「先日、図書頭(ずしょのかみ)にお礼を申した折り、どちらが姉でどちらが妹が識別できなかったようですから。推挙の際には姉と妹の名が別々に書かれてあった。姉妹を区別できない方が個々に推挙できないでしょう?」

内侍司(ないしのつかさ)で調べたのでは?確か、内侍司(ないしのつかさ)掌侍(ないしのじょう)様がはそなたらの大叔母にあたるとか」

「よくご存じで」

「・・・・・」

 (ひな)の君は言い過ぎたと口を閉ざす。

「成程・・・宮仕えの話をなさったのも(ひな)の君でしたか」

 高階(たかしな)姉姫は軽く笑う。

「・・・伊織(いおり)殿には叶わぬな」

「そう、それですよ!」

 高階(たかしな)姉姫が声を上げる。

「えっ!?」 

「私と妹の名を知っているのは父母と祖父母だけ。それ以外で知るのは・・・私が教えた(ひな)の君だけ」

 (ひな)の君は思わず口を押えたが、時既に遅しと言ったところか。しかし、それは(ひな)の君にとってどうでもいい事だった。

「もし一ノ姫の言う通り私が推挙したとしても、この短期間で昇叙(しょうじょ)したのは間違いなく姫君達の実力だよ」

 (ひな)の君は言った。

 

 高階(たかしな)姉姫は(ひな)の海での事を回想しながら言う。

「あの当時、京は荒れておりました。今では信じられないでしょうが、妹は身体が弱く、父母と共に任国に行ける状態ではなかった。泣く泣く訪れたのが祖父母の住まう土地-(ひな)の海でありました。初めのうちは周りにある全てのものが初見(しょけん)で目新しく映り、飽きる事がありませんでしたが、慣れてしまうと退屈を感じる様になりました。そんな時、祖父があなたを連れて来てくれた。あなたと会った以後の(ひな)の海の生活は今の(かて)になるほど貴重な時だったのです。私たちはあなたに救われたのです」

 これ以上話すと余計な事まで言ってしまいそうだった。それを察したのかはわからぬが(ひな)の君は重い口を開いた。

「・・・詳しい事は申せぬが、あの摂津国(せっつのくに)(ひな)の海に行く事が決まった時、私は孤独に(さいな)まれていた。このまま、この地で朽ちていくのかと思うとやるせなかった。そなたらの祖父母殿が同じ時期に越して来なければどうなっていた事か。・・・そんな折、孫が療養に来るという話を聞きつけた。私は会える日を心待ちにしていた。・・・祖父殿は悪戯(いたずら)心が多すぎるのか、まさか孫が姫君とは知らされてなかったので、初見(しょけん)の時は大層驚いた。しかし話してみると利発でその・・・とても美しかった」

 (ひな)の君は照れた様に手に持った扇で顔を隠す。高階(たかしな)姉姫もどぎまぎした。

「とても楽しい日々であった。心に巣食っていた(おり)が洗い流される(くらい)に・・・救われたのは姫君達だけではない。私も救われたのだ。自分はあの(ひな)の海で朽ちてゆくだけの存在だった。姫君たちに出逢わなければ、京に戻ることも、こうして再び相見(あいまみ)えることもなかっただろうと」

 (ひな)の君は静かに語った。

 

 (ひな)の海の潮騒が聞こえる。高階(たかしな)姉姫はその情景を思い浮かべる様に目を閉じた。

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