打診
「高階姉妹姫はおるか?尚書様よりお召しがあった。早々に出頭するように」
大部屋で昼食を取っていると、女嬬からお達しがあった。高階姉妹姫は顔を見合わせる。周りの外仕女達がさざめく。
高階姉姫は女嬬の顔を窺うが、その表情からは何も読み取れなかった。
(お叱りかしら?)
高階妹姫が不安そうに姉を仰ぎ見る。
「行きましょう」
高階姉姫は立ち上がる。妹の肩を軽く叩き、案ずるなと言う仕種をする。
高階姉妹姫は並んで歩く。
「仮にお叱りであっても慄くことはありません。どうせ我々は外仕女(見習い)なのですから」
(外仕女(見習い)が格下げされることはない。ただ・・・)
「でも、外仕女(見習い)失格で宮仕えを辞めさせられでもしたら・・・」
高階妹姫は不安気に言う。勿論高階姉姫もそれは考えていた。
「いえ、多分違うと思うわ」
辞めさせるのであれば、直接の上司である仕女か采女から話があるはず。現に中途で辞めていった外仕女達も仕女にその旨を伝えそのまま後宮に来なくなった。特に尚書から何かあった訳ではない。寧ろ、外仕女(見習い)の進退に、わざわざ長官である尚書が関わっているほど暇ではあるまい。
姉の存念を聞き、確かに筋が通っていると高階妹姫は思った。
尚書の部屋の前まで来ると、高階姉妹姫は跪き首を垂れた。部屋の前には伝奏役と思しき女官が座していた。二人を見た女官は静かに頷いた。
「尚書様」
「・・・何か?」
室内から雅な声が聞こえる。
「高階姉妹姫が参りました」
「うむ、中に通せ」
女官が障子を開き、何かに入る様に促す。高階姉妹姫は顔を見合わせ、おずおずと室内に入り、首を垂れた。
「高階姉妹姫でございます」
姉が代表して挨拶をする。ちらと見ると、20代後半と思しき女性が机に向かって書き物をしていた。その傍らにはもう一人女官がいた。30代半ば位の品のある女官であった。二人の姿を認めると女性は筆を止め、二人に向き直った。
「うむ、苦しゅうない。面を上げよ」
二人は姿勢を正す。
「突然の呼び出し、済まなかったな」
「滅相もございません」
高階姉妹姫は頭を下げた。
「まあ、固くなるな。楽にせい。・・・・・長門」
尚書と思しき女性が傍らの女官を見る。長門と呼ばれた女官は一度頭を下げてから話し出す。
「此度呼び出したのは他でもない。高階姉妹姫・・・いや、高階一ノ姫、高階二ノ姫。そなたらを仕女に叙す」
二人はきょとんとした。初め何を言われているのかわからなかったからだ。
「どうした?嬉しくないのか?それとも・・・おお、お叱りでも受けると思うたか?」
二人の挙動を見て、尚書が悪戯っぽく笑う。
「尚書様!」
その様子を見て隣の女官が顔を顰める。そして、二人に向き直る。
「高階姉妹姫」
「は、はい」
「そなたらの働き振り、尚書様のお耳にも入っておる。そして、いたく感心されておる。此度異例ではあるが、そなたら二人を外仕女から仕女へ叙任してはと妾の方から推挙したのじゃ」
女官-長門典書が分かり易く補足する。その話を聞いても高階姉妹姫は固まっていた。
「?」
長門典書は首を傾げる。
高階姉姫は説明を始める。
「実は・・・尚書様の申した通り、仕女様の断りもなく仕事の分担を変えたり分業制にしたため、お叱りを受けると思っていましたので、まさかこの様な光栄に与れるとは思ってもいず・・・」
高階姉姫には珍しく言葉を濁した。
「その様な次第か」
今度は長門典書が笑い始めた。
「嘘ではない、誠よ。長門から推挙を受け、尚書である妾が内侍司に打診し、裁可も受けておる」
尚書が襟を正し、説明する。漸く二人の顔に喜悦の表情が浮かぶ。
「謹んでお受けします。ただ・・・」
喜びで一杯でいながら、高階姉姫は冷静に言う。
「他に何か?」
長門典書が尋ねる。
「実はここ半年の間に外仕女が数十名辞めていき、慢性的な人手不足になっております。我々二人の働きは微力なれど、さらに我々二人がいなくなると外仕女達に迷惑が掛かってしまいます。どうか、人員の補充を伏してお願い申し上げます。なんでしたら、今回のお話はなかった事でも構いません。どうかお聞き届け願えないでしょうか」
高階姉妹姫は伏して願った。それを聞いた尚書は長門典書を見、頷き合う。
(逸材じゃ)
長門典書は秘かに思った。
書司に戻った高階姉妹姫は、事の次第を同僚に伝える。外仕女達は喜ぶ。抜擢であり、いずれ自分たちも働き次第では叙位を受ける可能性が示唆されたのだから・・・
叙位後も外仕女の差配も認められる。これにより、外仕女達との交流も今まで通り続くことになる。




