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手習ひ  作者: MOCHA
第10章 叙位
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打診

高階(たかしな)姉妹姫はおるか?尚書(ふみのかみ)様よりお召しがあった。早々に出頭するように」

 大部屋で昼食を取っていると、女嬬(めのわらわ)からお達しがあった。高階(たかしな)姉妹姫は顔を見合わせる。周りの外仕女(げのしじょ)達がさざめく。

 高階(たかしな)姉姫は女嬬(めのわらわ)の顔を(うかが)うが、その表情からは何も読み取れなかった。

(お叱りかしら?)

 高階(たかしな)妹姫が不安そうに姉を仰ぎ見る。

「行きましょう」

 高階(たかしな)姉姫は立ち上がる。妹の肩を軽く叩き、案ずるなと言う仕種(しぐさ)をする。

  

 高階(たかしな)姉妹姫は並んで歩く。

「仮にお叱りであっても(おのの)くことはありません。どうせ我々は外仕女(げのしじょ)(見習い)なのですから」

外仕女(げのしじょ)(見習い)が格下げされることはない。ただ・・・)

「でも、外仕女(げのしじょ)(見習い)失格で宮仕えを辞めさせられでもしたら・・・」

 高階(たかしな)妹姫は不安気に言う。勿論高階(たかしな)姉姫もそれは考えていた。

「いえ、多分違うと思うわ」

 辞めさせるのであれば、直接の上司である仕女(しじょ)采女(うねめ)から話があるはず。現に中途で辞めていった外仕女(げのしじょ)達も仕女(しじょ)にその旨を伝えそのまま後宮に来なくなった。特に尚書(ふみのかみ)から何かあった訳ではない。(むし)ろ、外仕女(げのしじょ)(見習い)の進退に、わざわざ長官である尚書(ふみのかみ)が関わっているほど暇ではあるまい。

 姉の存念を聞き、確かに筋が通っていると高階(たかしな)妹姫は思った。

 尚書(ふみのかみ)の部屋の前まで来ると、高階(たかしな)姉妹姫は(ひざまづ)(こうべ)を垂れた。部屋の前には伝奏(てんそう)役と(おぼ)しき女官(にょかん)が座していた。二人を見た女官(にょかん)は静かに頷いた。

尚書(ふみのかみ)様」

「・・・何か?」

 室内から(みやび)な声が聞こえる。

高階(たかしな)姉妹姫が参りました」

「うむ、中に通せ」

 女官(にょかん)が障子を開き、何かに入る様に促す。高階(たかしな)姉妹姫は顔を見合わせ、おずおずと室内に入り、(こうべ)を垂れた。

高階(たかしな)姉妹姫でございます」

 姉が代表して挨拶をする。ちらと見ると、20代後半と(おぼ)しき女性が机に向かって書き物をしていた。その傍らにはもう一人女官(にょかん)がいた。30代半ば(くらい)の品のある女官(にょかん)であった。二人の姿を認めると女性は筆を止め、二人に向き直った。

「うむ、苦しゅうない。(おもて)を上げよ」

 二人は姿勢を正す。

「突然の呼び出し、済まなかったな」

滅相(めっそう)もございません」

 高階(たかしな)姉妹姫は頭を下げた。

「まあ、固くなるな。楽にせい。・・・・・長門(ながと)

 尚書(ふみのかみ)(おぼ)しき女性が傍らの女官(にょかん)を見る。長門(ながと)と呼ばれた女官(にょかん)は一度頭を下げてから話し出す。

此度(こたび)呼び出したのは他でもない。高階(たかしな)姉妹姫・・・いや、高階(たかしな)一ノ姫、高階(たかしな)二ノ姫。そなたらを仕女(しじょ)(じょ)す」

 二人はきょとんとした。初め何を言われているのかわからなかったからだ。

「どうした?嬉しくないのか?それとも・・・おお、お叱りでも受けると思うたか?」

 二人の挙動を見て、尚書(ふみのかみ)悪戯(いたずら)っぽく笑う。

尚書(ふみのかみ)様!」

 その様子を見て隣の女官(にょかん)が顔を(しか)める。そして、二人に向き直る。

高階(たかしな)姉妹姫」

「は、はい」

「そなたらの働き振り、尚書(ふみのかみ)様のお耳にも入っておる。そして、いたく感心されておる。此度(こたび)異例ではあるが、そなたら二人を外仕女(げのしじょ)から仕女(しじょ)叙任(じょにん)してはと(わらわ)の方から推挙したのじゃ」

 女官(にょかん)長門(ながと)典書(ふみのすけ)が分かり易く補足する。その話を聞いても高階(たかしな)姉妹姫は固まっていた。

「?」

 長門(ながと)典書(ふみのすけ)は首を傾げる。

 高階(たかしな)姉姫は説明を始める。

「実は・・・尚書(ふみのかみ)様の申した通り、仕女(しじょ)様の断りもなく仕事の分担を変えたり分業制にしたため、お叱りを受けると思っていましたので、まさかこの様な光栄に(あずか)れるとは思ってもいず・・・」

 高階(たかしな)姉姫には珍しく言葉を濁した。

「その様な次第か」

 今度は長門(ながと)典書(ふみのすけ)が笑い始めた。

「嘘ではない、誠よ。長門(ながと)から推挙を受け、尚書(ふみのかみ)である(わらわ)内侍司(ないしのつかさ)に打診し、裁可(さいか)も受けておる」

 尚書(ふみのかみ)が襟を正し、説明する。(ようや)く二人の顔に喜悦(きえつ)の表情が浮かぶ。

(つつし)んでお受けします。ただ・・・」

 喜びで一杯でいながら、高階(たかしな)姉姫は冷静に言う。

「他に何か?」

 長門(ながと)典書(ふみのすけ)が尋ねる。

「実はここ半年の間に外仕女(げのしじょ)が数十名辞めていき、慢性的な人手不足になっております。我々二人の働きは微力なれど、さらに我々二人がいなくなると外仕女(げのしじょ)達に迷惑が掛かってしまいます。どうか、人員の補充を伏してお願い申し上げます。なんでしたら、今回のお話はなかった事でも構いません。どうかお聞き届け願えないでしょうか」

 高階(たかしな)姉妹姫は伏して願った。それを聞いた尚書(ふみのかみ)長門(ながと)典書(ふみのすけ)を見、頷き合う。

逸材(いつざい)じゃ)

 長門(ながと)典書(ふみのすけ)は秘かに思った。


 書司(ふみつかさ)に戻った高階(たかしな)姉妹姫は、事の次第を同僚に伝える。外仕女(げのしじょ)達は喜ぶ。抜擢(ばってき)であり、いずれ自分たちも働き次第では叙位(じょい)を受ける可能性が示唆(しさ)されたのだから・・・

  

 叙位(じょい)後も外仕女(げのしじょ)差配(さはい)も認められる。これにより、外仕女(げのしじょ)達との交流も今まで通り続くことになる。

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