鄙の物語の出典
書籍の書写は写書手の手に委ねられている。京は男性社会である。書籍の書写も男の官吏が使う漢籍がメインになっており、物語の書写は後回しになるため、どんなに需要が多くても書写本は稀である。その為、物語は常に不足気味で、取り合いになっている。技術的な問題もある。男性は漢文を使うが、女性は仮名交じりの漢文である。書写手は男性であるからして、仮名交じりの漢文を殆ど知らない。物語の作り手は女官である事が多く、その辺も物語の書写が不足している原因にもなっている。
高階姉姫は、物語の書写専門の書写手がいたら凄い事になるだろうなと他愛のない事を思った。
その日、一日の仕事を午前中に終え、高階姉姫はいつもの様に読書に没頭していた。高階姉姫は妹の様に仲間の輪の中にいるより、一人書物に埋もれている方が性に合っていた。決して、人嫌いではなかったが、知識欲の方が勝っているようだった。たまたま物語の書架の前を通り過ぎる時、久しぶりに物語を読みたいと思った。鄙の海を去ってから、物語は読む気になれなかったのだ。
(物語は鄙の君に語って貰うのが好きだったのかも知れない)
高階姉姫は今更の様に思う。
物語は後宮では特に人気が高く、纏めて貸し出されていたり、巻数の抜けも多かった。気に入った巻があると、中々返却してもらえないのだ。当時は今とは違い娯楽が少なく、書などは回し読みをする事が多かったから、返却率は極端に低かった。
高階姉姫はは書架を眺める。源氏物語や竹取物語といった定番から、名前しか知らない物語、全く聞いたことの物語もあった。一生の内にどれだけ読めるのだろうかと感慨に耽っていた。
(さすが京の図書寮ね)
高階姉姫は唸った。蔵書数は日ノ本では一番であろう。地方は人口も圧倒的に少なく、そもそも供給する組織が皆無なのだから。
(!)
一ノ姫の目に留まった物語があった。手に取り、目次を確認する。物語の一つ目に目を通す。そして、紙を繰る手を止めない。読み終えた後、一ノ姫は不敵に笑った。
(そう言うことね)
一ノ姫は独り言ちした。




