図書頭との邂逅
それは偶然と言うか、いずれは起きる事であったから、必然と呼ぶべきかも知れない。
書司と図書寮の行き来している時、位の高き貴族が向こうからやって来た。作法に則り頭を下げると、その貴族が立ち止まる気配を感じた。尚も畏まっていると、
「図書頭である。面を上げなさい」
と声を掛けられる。内心、驚きを感じながらも高階姉妹姫は顔を上げる。福々しい穏やかな表情の好々爺然とした身なりの整った貴族が微笑んでいた。
「高階家の姫君達であるな?」
その貴族は確認する様に聞いてくる。
「左様にございます」
高階姉姫はすかさず答える。
「うむうむ・・・中々に利発であるな」
図書頭は満足気に頷く。
「かような場所で申す事ではありませぬが、此度の後宮十二司への推挙、誠にありがとうございます」
高階姉妹姫は再度伏した。
「いやいや・・・是非にという依頼があってな」
図書頭は意味ありげに言う。その彼が徐に後ろを見た。
「図書頭殿」
少し非難めいた声を上げる者があった。供を従えていた事に今更ながら気づいた。
(!)
高階姉姫は声を失った。高階妹姫も同様だった。そう、その供とは、忘れもしない鄙の海で毎日を過ごした鄙の君であった。
3人の視線が濃密に絡み合う。
高階姉妹姫の心に様々な思いが溢れた。
「・・・積もる話もあるだろう」
図書頭はそう言って、図書寮の一室を貸してくれた。外仕女の二人は恐縮したが、図書頭は「構わぬ」と押し切られた。
とある部屋に入り、高階姉妹姫が落ち着くのを待って声を掛ける鄙の君。
「息災でありましたか?」
「・・・はい」
高階姉姫は声を詰まらす。高階妹姫は既に涙ぐんでいた。久しぶりの邂逅に心震わす三人。
「ご壮健のようで何より」
鄙の君は静かに微笑んだ。
「京にはいつ?」
「あれからしばらくして京からお召しがあった。色々思う処はあったが、帰京することにした」
鄙の君は京に戻ってからすぐに二人の行方を捜したが、どこの家の者かもしれぬ姫を探すのは並大抵ではなかった。鄙の海では二人の姫の素性を余り聞いてなかったのだ。そこで鄙の海で暮らす二人の姫の祖父母に文を出し、漸く高階家の姫である事がわかったのが最近だと言う。
「それに・・・宮中では近頃噂になっていたからな」
「噂・・・ですか」
高階姉姫は首を傾げた。
「宮中一の好き者を袖にしたとか」
「・・・・・」
高階妹姫は恥ずかしさの余り俯いた。
少しいじり過ぎたかと鄙の君は咳払いをする。
「二ノ姫もご壮健で」
「いえ・・・京に戻ってから何度か床に臥しましたが、屋敷には内薬医師がおり、姉上も薬草の心得がありました故、その後は筒がなく」
「それは何より」
鄙の君は嬉しそうに笑った。暫くは思い出話に花を咲かせた。この一瞬、僅かな間だけ、鄙の海での生活が戻ってきたような気がした。今まで心の奥底に溜まっていた澱が氷解していく様だった。




