宮仕え
葛城右兵衛が参られてから数日後、二人の姫は父・持国に呼び出される。勿論宮仕えの件であろう。自然二人の姫の緊張は高まる。父の部屋に向かう間、手を忙しなげに動かす二の姫。一ノ姫が大丈夫と言いたげに二の姫の手をそっと取る。安心したのか、二の姫は落ち着く。
(仮に、父が拒否しても勝算あり)
一の姫は自分に言い聞かせるように心の中で反芻した。
「伊織、雛、参りました」
二人の姫は父の部屋の前で座って床に手を付く。
「うむ、入れ」
部屋に入ると御簾は上げられ、父・持国とその左右に二人の母が並んで座っていた。
二人の姫が座ると同時に父が核心から話す。
「先だって葛城右兵衛様から伝えられた宮仕えの件、伊織、雛とも正式な沙汰があり次第許す」
二人の姫は手に手を取って喜び合う。その対面で、二人の母は不満げに父を見る。
「まだある」
父が二人の姫を座らせる。
「宮仕えは許すが、それなりの身分になるまでは屋敷から通ってもらう」
父の言葉に二人の姫は顔を見合わせる。
「屋敷から後宮までは些か遠うございます。通いとは・・・」
「輦車を使うのを許す。また、衛士を付ける」
「我が高階家は五位以上の殿上人ではありませぬ。輦車を使用を許されておりませぬが・・・」
一の姫が指摘する。
「以前に譲り受けた輦車をそのまま使う事を許す旨のお墨付きを得ている」
後宮と言うと、女房等は部屋付きで住み込みの様な印象を受けるが、実家から通いの女官もいたと言う。更級日記で有名な菅原孝標女も通いの女官であった。
(今は仕方ないにしても、後々良い縁でもあれば、宮仕えを辞めさせ、婿取りもできる。せめて、伊織だけでも婿を迎えてもらわねば・・・)
それが父の心積もりであった。
「・・・わかりました」
一ノ姫が渋々頷いた。
「ではこちらからも条件が」
「何!?」
持国は一ノ姫を睨みつけた。
「宮仕えの件はお上が決めた事。高階家-父上にそもそも決定権はありませぬ。帝がお認めになられ、太政官からの判授(辞令)が発行される-謂わば、帝からの勅命です。父上が拒否できるものではありませぬ」
「それは・・・」
持国は一ノ姫の正論に言葉を窮した。
「故に宮仕えの件と輦車の件は交換条件にはなりませぬ。輦車の件は父上の一方的な条件。ならば、こちらからも条件をつけるのは当然でありましょう」
そう言って一ノ姫は持国を見返す。持国は相手の意図が読めず黙している。二人の母も一ノ姫の物言いに微妙な顔をしている。
「して、条件とは?」
「別に難しい話ではありませぬ。婿取りの話はなかった事にして頂きます」
「なっ・・・」
持国は思わず立ち上がりかけた。
「無論、父上が輦車の件をなかった事にして頂ければ、こちらも条件を取り下げますが・・・」
一ノ姫は含みを持たせる様に父に別の案を提示した。どっちに転んでも、二人の姫的には問題はなかった。
(宮仕えとは言え、それなりの身分にならなければ実家に戻されるなんて御免蒙るわ)
一ノ姫は父の思惑を看破していたのだ。




