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手習ひ  作者: MOCHA
第6章 時は移れり
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姫の乱

 2年の任官を終え京に戻った高階(たかしな)家当主・持国(もちくに)は、自室で茶を(たしな)んでいた。任官していた大掾(だいじょう)が急死し、京に留まっていた三河守(みかわのかみ)が赴任できる大掾(だいじょう)を探していたのだ。三河国は上国(たいこく)であり持国(もちくに)(くらい)が足りなかったが、三河守(みかわのかみ)が宮廷に取り計らい、特別に認めてもらったのだ。勿論、赴任にあたっては便宜(べんぎ)を図ってもらい、必要な租税徴収以外の収入の5割が(ふところ)に入り、持国(もちくに)はかなりの蓄財ができたのだ。婿取りの話もその蓄財を背景に行ったものと言える。

 婿取りの話をした時点では二人の姫は反発したが、それ以降は表立った不服を言ってくる様子はない。(ひな)の海での件が余程(よほど)堪えているのだなと持国(もちくに)は解釈していた。

 次の赴任先はまだ決まっていなかったので、持国(もちくに)三河守(みかわのかみ)へのお礼も兼ねて屋敷を訪れていた。その帰り、大路(おおじ)を歩いていると、身分の高い方と(おぼ)しき牛車(ぎっしゃ)がやって来た。持国(もちくに)が作法に従い平伏すると、牛車(ぎっしゃ)が止められ声を掛けられる。

高階(たかしな)若狭国(わかさのくに)(じょう)とお見受けする」

 右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)であった。持国(もちくに)は頭を巡らした。

(確か、京でも浮き名を流している好き者と聞く)

 (おぼ)げな噂話を思い出す。どうも、二ノ姫に懸想(けそう)し、見事に袖にされたらしい。身分の高い方に娘が懸想(けそう)されるのは(やぶさ)かでないが、婿が欲しい持国(もちくに)には微妙な話だった。

「時に、二ノ姫から貰った文に、近々宮仕えをすると記されていたが、誠か?」

「はっ?」

 持国(もちくに)は意味が分からず素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる。

「そちに宮中で伝手(つて)があるとはな」

 かの好き者はそれだけ言うと去って行った。

(宮仕え・・・とな)

 右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)が去った後も、持国(もちくに)は平伏したままで難しい顔をした。


 屋敷へ戻った持国(もちくに)は、二人の妻や姫付きの女房に問い質す。

「そう言えば、(ひな)(二ノ姫の本名)が文を貰ったと聞き及んでおりますが、のう?」

 二ノ妻が姫付きの女房の一人を見る。

「はい。二ノ姫様に伺ったところ、右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)からと」

 女房の一人が自慢気に話す。余程しつこく二ノ姫に問い質したと見える。

「ですが、お断りの文を書いた様です」

 殿上人(てんじょうびと)からの恋文を断った事を勿体(もったい)ないと思っているらしい。持国(もちくに)とて、通常ならばそう思ったであろう。だが、今は婿取りの方が大事なのだ。

「して、二ノ姫の文には宮仕えの事が書かれていたとか?」

「その様な事は初耳です」

 その言葉に二人の妻、女房達は首を傾げた。

「・・・そうか」

 これ以上聞いても宮仕えについては何も聞き出せまいと持国(もちくに)は思った。


 しかし、事はそれで終わらなかった。(くだん)右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)が宮中で二ノ姫の事を聞き回っているらしい。通常、姫が宮仕えと言えば後宮に入り帝の(きさき)候補になること・・・摂関家に取り入ったか。また、少ないとは言え、後宮で女房になるか官吏として働くことも意味する。帝の(きさき)候補として入内(じゅだい)するのであれば、如何(いか)に好き者の男君(おとこぎみ)も手を出せないが、女房か官吏になるのであればまだ機会はある。好き者の男君(おとこぎみ)はその自尊心に賭けて、二ノ姫を口説き落そうとしているようだ。噂話が好きな官吏が高階(たかしな)家に興味を持ち、茶飲み話として持国(もちくに)に伝えたのだ。

(いい迷惑な)

 持国(もちくに)は苦虫を噛み潰したような顔をした。とは言え、永らく京を離れ、京の情報に(うと)くなっていた父は、自分の知らぬ間に姫君に懸想(けそう)している高貴なお方でもいたのではないかと疑心暗鬼になる。

右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)殿も勇み足をしたものだ)

 そんな話をすれば、二ノ姫に興味を持つ(やから)も増えよう。自分でライバルを増やしている様なものだ。後に好き者の男君(おとこぎみ)は後悔するが、その事が二ノ姫の存在を際立たせてしまう。この噂は宮中ばかりでなく、後宮内にも知れ渡ってしまう。


 気乗りしないが、持国(もちくに)は二ノ姫を呼ぶ。

「何でございましょう?」

 二ノ姫の冷ややかな態度に持国(もちくに)は冷や汗を流す。それでも父親の威厳を崩さずに尋ねる。

「聞きたいことがある。(ひな)の元に右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)殿から文を届いたと聞き及んでいるが誠か?」

「申すことなどございませぬ」

 一ノ姫ばりの直截(ちょくさい)な拒絶に、持国(もちくに)狼狽(うろた)える。明らかに婿取りの話が尾を引いている口調であった。持国(もちくに)は二の句が告げられなかった。

「他に何も無ければこれにて」

 二ノ姫は立ち上がる。

「ま、待て(ひな)。相手は右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)殿である。こちらの立場もある。無碍(むげ)にはできぬのだ」

「ならば、右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)殿に直接聞けばよろしいでしょう」

 素気無(そっけな)く言うと、二ノ姫はその場を立ち去った。

 残された持国(もちくに)は二人の姫の心がを読み違えていたのでは考えてしまう。婿取りは話は、違う意味で二人の姫を刺激してしまったのではないかと。

 

 二ノ姫にも聞けず、格上の右近衛(うこんえの)少将(しょうしょう)殿にも問い質せず、持国(もちくに)はほとほと困ってしまう。宮中の噂は二人の妻や女房達も聞き及んでいるようで、

「婿取りの話はどうされたのですか?」

 二人の妻にせっつかれる始末だった。

(我の預かり知らぬ(ところ)で事が起こっておる)

 持国(もちくに)は疑心暗鬼になっていた。

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