婿取り
任官を終えた高階持国が京の高階屋敷に戻って来る。二人の妻と二人の姫は玄関まで迎える。久々に我が家に戻った持国は上機嫌であった。2年とは言え、単身赴任は酷く堪えたらしい。
玄関で出迎えた二人の妻が喜びで満ち溢れていたのに対し、二人の姫は冷淡であった。
持国の自室で5人は語らうことになる。任官の終了を労う二人の妻が終始笑顔でいるのに比し、二人の姫は場違いな場所にいるかの様に身動ぎをしている。返す言葉も平坦で感情に乏しかった。
(京に戻したことが余程気に入らぬ様に見える)
持国は思った。その内、気分が優れぬと一ノ姫が言い出し、5人の間に何とも言えぬ雰囲気が流れる。二人の母は娘達を窘める様な表情をする。
「・・・・・」
睨み合う持国と二人の姫。先に折れたのは持国であった。
「・・・・・そうじゃな。わしも任官地からの帰国で疲れておる。そなたらも今日はゆるりとせよ」
(今日はな)
と、持国は心の中で付け加えた。
「今、何と?」
一ノ姫は問い質す様に確認する。
後日、父から呼び出され、父の自室で告げられた。
「もう一度言う。そなたら姫達も裳着の儀式も済ませた。13となり大人となった。ついては婿取りを考えておる」
その言葉を聞いた途端、二人の母は喜びの声を上げた。
「それは良き事。これで高階の家も安泰になる」
「ほんに・・・目出度き哉」
13で高階家に嫁いだ二人の母は我が事の様に喜んだ。自分達が嫁入りした時は困窮に喘いでいた為、せめて娘達には少しでもいい状態で婿取りをしてほしいと考えていた。
「勿論、今すぐどうこうと言う話ではないが、頃合いを見計らって・・・」
「お待ちください!」
一ノ姫が珍しく声を荒げていた。持国は不思議そうに一ノ姫を見た。
「いきなり婿取りとは・・・一方的ではありませぬか」
「何を言う。古来より裳着の儀式も済ませた姫君は大人扱いされ、婿を取るなり、男君の通いが始まる。とは言え、高階家の様な身分の低い家には通う男君がいるとは思えぬ。ならばこそ、相応しい婿を探し、この高階家を継いで貰うのが最善。我が家には姫君しかおらぬのだから家を守るには婿取りは必要じゃ」
口を挟もうとしたが、二人の母に追随され、その機会を失った。持国はその様子を見て、何食わぬ顔で言った。
「これは決定事項じゃ」
或る夜-
一ノ姫と二ノ姫は、家の者が寝静まるのを見計らい、起き出して部屋に小さな燭台を灯す。今までの経験を踏まえ、単純に反対しただけでは鄙の海の時と同じ事になってしまうと考える。
まずは現在の状況をよくよく考えてみる。今は二人の母も含め、親しい者たちは敵と見なす。日頃手懐けている衛士達も父には表立って逆らう様な真似をしないだろう。
京の都では婿候補になる貴族も敵であり、残りの貴族は中立に近い。京では成す術がない。
唯一、鄙の海の祖父母は味方になってくれる可能性は高いが、父の恫喝に近いやり方に屈してしまった事実を鑑みると、全面的に信用できるとは言い難い。
すると、京や近隣も含めて、信頼できる味方がいないことに気づき二人の姫は茫然とする。だが、そこで諦めるほど二人の姫は柔ではない。敵ばかりであるならば、敵をランク付けし、絶対的な敵(父)に対しては従順な姿勢、父の賛同者である二人の母・女房達は噂や偽情報により父に揺さぶりを掛けてもらう。婿候補の貴族については、その小者や部下を使って二人の姫の悪い噂を流させ、婿候補から引きずり下ろす。父の部下にはお互いに疑心を抱かせるような謀略を施し、父の命令の履行を困難にさせる。
祖父母には文を書き、父の横暴と孫の悲運を伝え、父に圧力をかけてもらう。
また、婿取りの話は何度でも繰り返し出て来ることから、その前に自立して家を出る算段をすること。一番手っ取り早いのは仕事に就き、自立すること。そのためには少ない伝手を頼り、就職活動を行わなければならない。ただ、この時代、女が就職する先は少なく、小間使いになるか、どこぞの貴族の女房になるか、後宮で宮仕えするしかない。下級貴族の二人の姫では、どこぞの貴族の女房になるのは極めて難しい。ならば、宮仕えを念頭に活動するべきだと相談する。
「まるで戦みたいね」
二ノ姫は言う。
「ええ・・・二人の将来を賭けた大戦よ」
一ノ姫は毅然と言う。




