野の文
帰京の輦車は酷く辛いものとなった。鄙の海に来た時は衛士の注意も無視して物見から初めて見る海を見やっていたニノ姫も、物見を閉じ横になっている。一ノ姫も輦車の中で立て板に寄りかかっていた。
声がする。急に輦車が止まり、外が慌ただしくなる。一ノ姫ははっとして物見を開ける。
「誰ぞ!」
衛士が誰何する声が聞こえる。
「どうか、姫君に」
久しぶりに聞く声だった。一ノ姫は思わず輿を出ていた。
「姫様、外に出てはなりませぬ」
輦車に付いていた衛士の一人が慌てて一ノ姫に近づく。
「その方はここでの生活で世話になった高貴なお方。無礼は許しません」
一ノ姫の凛とした声に衛士たちは畏まった。
降ろされた輦車から一ノ姫が降りる。衛士の一人が止めようとするが、一ノ姫に睨まれ思いとどまる。
鄙の君から枝に差した文を受け取る一ノ姫。一瞬二人の指が触れ合う。見つめ合う二人。
「姫、中にお入りください」
高階持国を懼れた衛士の一人が一ノ姫を急かす。一ノ姫は未練を絶って輦車の中に戻る。
「姉様、鄙の君は?」
一部始終を見ていたニノ姫が一ノ姫に詰め寄る。一ノ姫はニノ姫に文を差し出す。受け取ったニノ姫は大事そうに文を押し抱き、開封する。
あれより姫君達に会へずなり、いとさうざうしき思ひをせり。姫君達が京へ戻らるると聞き、居れども立てども居られず、これより押し掛くる所存に候ふ。心うき男とおぼえむと、二度と会へずならば、せめて一目でも姫君達の姿をゆかしがるや未練ならむ。
鄙の君こと正綱
鄙の君の切々とした文を読みながら、袖を涙に濡らす二人の姫。鄙の君の願いも虚しく、二人の姫を乗せた輦車は鄙の海を遠ざかって行った。




