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手習ひ  作者: MOCHA
第5章 帰京
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野の文

 帰京の輦車(てぐるま)は酷く辛いものとなった。(ひな)の海に来た時は衛士(えじ)の注意も無視して物見から初めて見る海を見やっていたニノ姫も、物見を閉じ横になっている。一ノ姫も輦車(てぐるま)の中で立て板に寄りかかっていた。

 声がする。急に輦車(てぐるま)が止まり、外が慌ただしくなる。一ノ姫ははっとして物見を開ける。

「誰ぞ!」

 衛士(えじ)誰何(すいか)する声が聞こえる。

「どうか、姫君に」

 久しぶりに聞く声だった。一ノ姫は思わず輿(こし)を出ていた。

「姫様、外に出てはなりませぬ」

 輦車(てぐるま)に付いていた衛士(えじ)の一人が慌てて一ノ姫に近づく。

「その方はここでの生活で世話になった高貴なお方。無礼は許しません」

 一ノ姫の凛とした声に衛士(えじ)たちは(かしこ)まった。

 降ろされた輦車(てぐるま)から一ノ姫が降りる。衛士(えじ)の一人が止めようとするが、一ノ姫に睨まれ思いとどまる。

 (ひな)の君から枝に差した文を受け取る一ノ姫。一瞬二人の指が触れ合う。見つめ合う二人。

「姫、中にお入りください」

 高階持国(たかしなもちくに)(おそ)れた衛士(えじ)の一人が一ノ姫を急かす。一ノ姫は未練を絶って輦車(てぐるま)の中に戻る。

「姉様、(ひな)の君は?」

 一部始終を見ていたニノ姫が一ノ姫に詰め寄る。一ノ姫はニノ姫に文を差し出す。受け取ったニノ姫は大事そうに文を押し抱き、開封する。


 あれより姫君達に会へずなり、いとさうざうしき思ひをせり。姫君達が京へ戻らるると聞き、居れども立てども居られず、これより押し掛くる所存に(さぶろ)ふ。心うき男とおぼえむと、二度と会へずならば、せめて一目でも姫君達の姿をゆかしがるや未練ならむ。


 (ひな)の君こと正綱


 (ひな)の君の切々とした文を読みながら、袖を涙に濡らす二人の姫。(ひな)の君の願いも虚しく、二人の姫を乗せた輦車(てぐるま)(ひな)の海を遠ざかって行った。

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