文
・父の文1
父上、お久しう候ふ。持国なり。この度、任官先より京に戻りき。父上、母上、姫達はご健勝なられきや。4年振りの京屋敷は歳月の過ぎし分朽ちにけり。家人も少なく、依然のごとき活気のあらぬ。然れども、大工等を集め屋敷の改修を行ひ、人を雇ひ、徐々に嘗てのけしきを整ひつつあり。然れば、京に伊織と雛を呼び戻すいそぎもなづみなく進めたり。父に於かば、二人の姫を京に戻すいそぎを整えらればや。必要なる人・物があらば、やらばや。先ずは父にお借り給へし金品の一部を文に添ゆる故、前述の儀、何卒良しなに。
若狭国掾 高階持国
・二ノ姫の文
お父上、お久しう候ふ。伊織に候ふ。二人の母上共々ご健勝に何よりに候ふ。摂津国に来てから4年の歳月の流れしかな、今となってはあっと言ふ間の出来事に様がる。
幸い我も雛も温暖な摂津国の生活にも慣れ、筒がなくふれり。雛の病も完治し、今には外を出歩くべき様になりき。私も雛もここの環境が合ふめり、日々健やかにふれり。せられ得らば、今とばかりこの地にてふらまほしきと考へたり。京の治安は安定せぬと風の消息に聞けり。屋敷に賊の入りし事は忘れ難く、私も雛も震え上がれり。また、未だ雛の身体が京の生活に忍ばらるるとは思へぬ。暫くの養生必要なり。父上に二人の娘のいたづらなる様を少しでも考慮して給へらるれば、私達の我儘をどうか聞きやりて給へざらむや。祖父母との絆も深く、父上よりこの様なる文が届き、祖父母も別れ難く、あはれがれり。
どうか良しなに。
高階若狭国掾娘
・祖父母の文1
若狭国掾よりこの様なる過分なる文を給へ、かたじけなく存ず。さるほどに、伊織、雛のことなれど、二人からの文のとおりこなたに残らまほしきこころざしなり。我も美しき孫達を手放すはわりなし。もし、この老体の願ひを受け入れてもらへば、これに越しし事はなし。勉学につけども問題なし。この鄙でも過分なる文士殿をつけ、学ばせたり。文士殿のきははこの父の保証するうえ、何の問題もなし。雛の養生も兼ねて今とばかり二人の姫を預からばや。
高階前正八位上
・父の文2
再度の文をやるご容赦願はばや。伊織の文、父上の文を拝見させて給へき。姫君の思いはしかと受け取りき。然れども、賢き父上の行ひとも思へぬは、未だ未婚の姫君達に文士と雖も男を遣わせるは許し難き。文を遣わしし衛士によらば、文士は妙齢の男と聞く。姫達と文士に何かあらば、若狭国掾としての立場なくなりぬ。どうか早とみに姫達を京に戻したまへ。
若狭国掾 高階持国
・一ノ姫の文1
父上、再度の文、許したまへ。前の文に綴りしとおり、雛は京の暮らしには未だ忍ばられぬ。また、屋敷は朽ちしままには雛の病の悪化する懸念あり。今とばかりこなたで養生し、体力をつけさするが肝要と存ず。どうか幼き二人の姫の願ひをお聞きやりたまへ。
高階若狭国掾娘
・父の文3
父上、幼き姫達へ。
高階若狭国掾が任地より京に戻りしはお上に報告済みなり。二人の妻の戻りしも雲居でも話せり。然れども、二人の姫が不在の事も知れ渡れり。このまま不在が続かば、他の方々より姫達の安否を問はれかねぬ。こなたにも立場といふものあり。前の文のとおり姫が一人でも鄙の海でお手付きにもならば、今の位を剥奪されかねぬ。さならば、姫達の生活も保障せられずなりぬ。また、懸念なりし屋敷の修理もなづみなく終はり、女房なども揃え、姫達の帰京に何の支障もあらぬ。また、内薬医師も雇ひ、雛の受け入れにも問題はあらぬ。重ね重ねで申し訳あらぬが、火急に姫君を京にお戻し給へたく。
追伸
鄙の海は不用心と案じ、勝手ながら文と共に衛士を数名遣わすを許したまへ。
若狭国掾 高階持国
若狭国掾たる者が屋敷の主の許しなく衛士を遣わしたるは忍び難き屈辱。高階前正八位上の名に於きて、早々に衛士の退去と姫君の養生を命ず。
高階前正八位上
父上の怒りはご尤も。されど父上や姫君の安否を想えばの事。お許しの願はばや。また、姫君の帰京につかば既に雲居に報告済みの事。また、我が妻達もやむごとなき姫君を盾にする父上にご難きけしき。されば隠居所は妻の父なりし右兵衛少志が別邸。よも忘れたるまじ。我が妻に別邸の返還を求められば、姫君は言ふに及ばず、父上の住処だに定かになくなる。どうか姫君の帰京を繰り返しお願ひ申す。
なお、この御身、散位ながら正八位上に叙位せれしも申し添えおく。
高階正八位上
・一ノ姫の文2
お父上様。此度の仕打ちは余りに酷う候ふ。文士にまねばせて給ふるをこの鄙には何よりの生き甲斐なりき。その上、外に出づるも儘ならぬ。雛は哀しみの余り、床に臥せたり。今一度ご再考を。
高階若狭国掾娘
お父上、お母上並びに姫君達。〇月〇日に迎えの輦車、衛士が鄙に着くよう手配をせるついで。いそぎ万きはなづみなく。また、別邸の件は妻達を説得し、今まで通りといふになり申しき。お父上、お母上に於かば、引き続き隠居所にてごゆるりと暮らしあそばせ。
高階前正八位上持国




