高階家の危機
中央の政変は地方へも波及し、地方に根を張る郡司や豪族達が武力を背景に中央の命に従わなくなった。地方に下向した貴族の中には郡司と対立し、弑される者も現れた。受領を任命した貴族は任命国に下向することなく、中央に居座り続け、その部下である者も戦々恐々として、誰も任地に赴くことができなくなる。
高階家は久しく、中級貴族の部下として地方に赴任することによって生計を立てていた。しかしながら、地方さえも混乱している状況では持国も任地に赴任することもできず、困窮に喘いだ。頼みの綱の中央からの位階俸給も滞りがちで、父方の祖父母から援助を得なければならない程であった。
焼き討ちや賊の暗躍により、高階家の屋敷がある右京は益々住む者が減り、高階家の屋敷だけが取り残さる有様だった。夜盗にとっては格好の狩り場になってしまったのだ。
ある月のない夜、高階家の屋敷に賊が侵入した。賊は屋敷の塀を軽々と飛び越えると、門を開け、仲間を引き入れた。屋敷に侵入した賊は我がもの顔で邸内を探した。
いち早く賊の侵入に気づいた持国は妻と娘を奥の部屋に逃すと、雇い入れた衛士と共に賊に反撃した。運よく賊の頭目を倒し、残りの賊は這う這うの体で退散した。所詮はごろつきの集まりである。組織的な抵抗もできなかった。
何とか賊を撃退したものの、持国は浅傷を負い、衛士の何人かが死んだ。賊が狙うのは食糧や女子供であり、特に女子供は奴隷として高値がつくことから、二人の妻や姫もあわやというところだった。此度の賊が女子供を狙い、男共に油断していたからこそ撃退できたものの、次はどうなるか分からなかった。
持国はここに至って決断する。二人の妻とともに地方に下向し、幼い二人の姫を祖父母の元に送ることにする。二ノ姫は幼少より病弱で、赴任先に連れて行くのは無理であった。幸い、祖父母の元には、腕のいい元医博士がいた。当時の子供の死亡率は高く、平均寿命の伸びない理由の一つになっていた。ただでさえ病弱のニノ姫を寒い地方に連れて行くのは憚られたからだ。
二人の姫が旅立つのを見届けると、持国は保留していた受領から地方の任官を受け、下向することにする。比較的に京に近く、あまり中央の影響を受けない若狭へと下向する。受領からの許可が出るのももどかしい様に、持国と二人の妻は慌ただしく任国へ旅立つ。屋敷は僅かの者に任せ、事あれば逃げても罪に問わないとした。