山海の楽しみ方
季節は秋-
陽射しも柔らかくなり、三人で海岸に赴き、浜辺に打ち上げられた貝を集めている。気温が下がり、二人の姫も外出することが多くなった。浜辺には様々な物が打ち上げられている。貝殻も豊富だった。
海岸沿いは風が強く三人の服を強くはためかせている。水に濡れても大丈夫な様に二人の姫は村人の服である直垂擬きの着物を祖母が誂えてくれた。着物の裾を少したくし上げ、動き易くしていた。風でたくし上げた裾がはためくので、普段は見えない大腿の近くまでチラチラと見えた。鄙の君は目のやり場に困った。二人の姫が貝殻拾いに夢中になっているため、そんな鄙の君の視線にも気づいていない。
「鄙の君、これなんかどう?」
桜色の貝の片割れを拾い鄙の君に見せるニノ姫。
「色合いや形の美しさ、珍しさが物足りませぬ」
鄙の君に駄目出しを食らったニノ姫はがっくりとする。
(いかんいかん。他に目が行って、つい口調が・・・)
鄙の君は反省した。
(どうもこの姫君達は、無意識に私を惑わせるらしい)
とは言え、注意する気もさらさらなかった。男の性と言えば性なのかもしれない。
貝殻は貝合わせや装飾品、様々な用途がある。対の貝殻が多くあれば、貝覆いもできる。美しいものであれば、それなりの値もつくし、鄙の海の村人もちょっとした小遣い稼ぎにしている様だ。村人の子供達が波打ち際で騒ぎながら貝殻集めをしている。長閑な光景だった。
日中、山や野を散策する時は、主に薬草や花が中心であった。
「あれは蓬、止血、消炎・・・主に傷薬の材料となります」
元医博士が指差す。一ノ姫は紙に筆で名称や由来、草の形を記す。紙はこの時代高級品である。祖父母の家には元紙屋院に勤めていた職人がおり、古くなった本の紙を梳き直し再生紙として再利用していたため、紙には困らなかった。
「あれは蔔子。白い果肉は甘くて美味ですが、蔓は主に利尿作用があります」
「果肉があって、薬にもなるなんて蔔子はいいわねえ」
秋に食した蔔子の果肉を思い出したのか二ノ姫が嬉しそうに言う。
「ここの山は薬草の宝庫です。京でも滅多にお目に掛からない貴重な物もあります。屋敷の畑で栽培できればいいのですが、どうも生育の条件に合わないところが残念です」
元医博士は本当に残念そうに貴重な薬草を手にしながら見遣る。
「山と海沿いではそんなに気候が違うの?」
一ノ姫は地続きなのにと不思議に思う。
「地面の高低差、風の強弱によって気候は変化します。山は風が強く、気温が低い。この薬草はそんな気候に適しているのでしょう。山より気温が高い海沿いでは育たない」
元医博士の説明に一ノ姫は成程と思った。