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未完  作者: こえだめ
一章
2/3

1

 立っていると思っていたのに、自分はどうやら寝転がっていたらしい。脳の認識と身体の感覚の違いに頭をくらくらさせながら、今度こそ立ちあがると、小さな丘の上にいることがわかった。太陽のような明確な光源がないのに周囲は明るく、茂る草花は光を反射して緑に輝いている。幸いにも、私が寝ていたなだらかな丘を除けば平地ばかりの地形で、建物は容易に見つかった。

 全て石造りの建物は、自国では馴染みがないものの、人が生活していることを証明している。私はもともと楽観的な性分だから、人がいるならばなんとでもなるだろうと安堵し、自室にいたはずの自分がいつのまにか知らない場所にいたという不可思議な現象について深く考えはしなかった。それよりも、高校英語すらほとんど忘れてしまっているために、言葉が通じるかどうかというのが心配だった。どのようなことを話すべきかと頭の中で英文をつくりカタコトで呟くという予行演習をしながら、私はその建物に向かった。

 小さな町だった。十数世帯あるかないかの家々が集まっているのみの町は、道路整備もままなっていない。でこぼこの土を踏んで、足跡の残る道をたどって一番目に着いた家の戸を叩いた。その家からはいかにも農家という装いの初老の男性が出てきて私に微笑みかけた。アジア系の顔立ちをしているが、日本人だという確証はなかったので、ヘロウ、とカタコトの英語で声をかけると少し眉を潜めて首をかしげた。ついで日本語でも話しかけてみたがそれも通じなかった。

 彼は相変わらずにこにことしていたが一言も喋ろうとしなかったので、もしかして、自分は歓迎されていないのではないかと思った。田舎は特にムラ意識が強いと聞くから、早くどこかにいってくれと思いながら対応してるんじゃないかと。私は身ぶりで語学に堪能な人間がいないかを尋ねた。用件はそれだけだ、これ以上長居する気はないという意思表示も込めながら伝えた。すると、彼は頷いて私の通って来た道を数歩歩いて、手招きした。その人の家まで案内してくれるのだと理解した私は、腰を曲げる、通じるかもわからない日本式のお礼してついていった。

 私が後方にいるかを時折確認しながら、年上だと到底思えない速度で彼は進んでいった。そのペースは最初の丘を通りすぎても落ちることはなく、恥ずかしながらデスクワークしかしてこなかった私は、歩いているだけなのに早くも息が切れはじめていた。

 どれぐらい歩いたのだろうか。こんな展開の漫画あったなと頭の片隅で思いながら、必死でついていくと大きな都市にたどり着いた。都市といっても東京のような近代的な街とは程遠く、田舎の県庁程度だ。いや、それよりも劣悪かもしれない。少なくとも商店街と道路は整備されている、とだけ言えるような町だった。

 私をそこまで案内すると彼は頷いて、商店街に消えていった。その時初めて、私の伝えたいことが何一つ伝わっていなかったことに気づいた。あの大きな身ぶりを彼はどう解釈したのだろうと考えると、とたんに羞恥心が襲ってきた。その羞恥は長くは続かなかったが。羞恥に勝ったのは周りからくる視線の不気味さである。

 こそこそと言い合うこともなく、じっと無言で私を見つめる町の人々は恐ろしく気味が悪く、早く日本語話者をみつけて帰りたいと心底願った。勇気をもって大声でしっかりと言った。「日本語を喋れるかたはおられますか」と。

 結果は無だ、無。まるで時間が停止してしまったのかという錯覚に陥るほどに。その場にいる全員が目をそらしすらせず、私の行動をただ見ていたのだ。初老の彼がどれだけありがたい存在だったか身に染みて思い知った。それでも諦めず、英語と日本語で交互訴え続けていたら一人の女性が私の前に現れた。

 彼女は自身と周囲の人々を指し、最後に自身の口を指差すと、ばつじるしを作った。ここでは喋ることができない、あるいはしないということだろう。また、皆が私をみていたのは珍しい服装だったからで、それに加えて言葉を喋っているのがさらに注目を集めたのだということも説明された。混乱していて見ていなかったが、確かに周りの人々は皮や荒い布の服を身に付けている。その一方で私は自室いたときのままの、ジーンズにティーシャツといった服装だった。

 彼女は賢かった。私なんかとは違って、的確に人に物事を伝える能力に長けていた。そのおかげで私は多少なりとも今の状況を知ることができた。

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