プロローグ
Nへ
久しぶり、元気にしているか? 長らく連絡をしなくてすまない。遠くにいっていたんだ。心の整理もかねて、私がそこで体験した不思議な話を聞いてくれないか。
わざわざ大学院までいって、純文学の小説家を目指している君はこの手紙を破り捨てるかもしれないな。私の体験した出来事は剣と魔法のファンタジーと言うべきものだから。剣と魔法の世界、そしてそこには言葉が存在しなかった‥‥と付け足せば文学狂の君に少しは興味をもってもらえるだろうか。音や声帯がないわけでもコミュニケーションをとらないわけでもなく、ましてや超音波やらで会話をしてるわけでもない。ただそこには文字と声による会話が存在しなかったんだ。
私がその世界に行ったのは十月十三日のことだ。よく覚えている。ほらだいぶ前にやっと作品にできる量の写真が撮れたって話しただろう? あれを応募したコンテストの結果が発表される日だったんだ。結果を見れずじまいで行ってしまったから、あちらの世界で何度思い出してやきもきしたものか。帰ってすぐ確認してみたら残念な結末だったんだがね。せっかく趣味で写真をやっているんだから、できることならあの世界の写真を撮って帰って来たかったよ。受賞間違いなしだ。
ともかく、十月十三日に私はあちらの世界に行った。小便を終えて、トイレから自室へ行く扉を開けたとたんに浮遊感を感じて、その次の瞬間には異世界に迷い混んでいた、というわけさ。まあ、文字におこすと陳腐な導入だな。