単純な作戦
次の日、レオをイチとニで監視するように命令し預けると、ゼフはサンと共に昨日来た賭博場に朝早くから赴く。早いからだろうか人の出入りはそこまで多くない。階段を降り、扉を開けるとクライエルが受付嬢と話していた。気づいていないようなのでゼフは近づいていく。
「時間通り来たぞ」
「約束通り来たようだな。 昨日は私は疲れていたようだ。 だが、今日はそうはいかない。 賭けにも勝たしてもらおう」
「今日は勝てたらいいな」
「約束通り、もし出れない試合があったら違約金を払ってもらうからな」
「ああ、もちろんだ」
(ククク、この男はやはりバカだ。 昨日のはおそらく奇跡的に生き残ったのを医療担当のやつが回復してしまったからああなったのだろう。 今回は貴族達以外は全て私の味方だ。 これでお前は実質私の奴隷だ)
クライエルは喜びのあまり、つい笑みがこぼれてしまうがすぐに隠す。
「さて、昨日と同じ席で見ようじゃないか。 ところで見当たらないが、私のドラゴンに勝った奴隷はどこにいる?」
「今日出すのはイチではない。 こいつだ」
そう言いゼフはサンの肩に手を乗せる。その少女は体が小刻みに震え、目は虚ろだった。
「なん…… だと……」
クライエルは予想外の事に驚愕する。予想では全て勝つことで乗り切ると思っていたが、それは全く予想していなかったことだった。
(まさか…… こいつ貴族の奴らを儲けさせ、賭博場の利益を無くそうという考えか? ククク、残念だがそんなもの通用するわけないだろ。 そんなことができれば誰だってやっている。 弱すぎては生き残れないからな)
「さて、案内してもらう前に…… サン」
「は……はい、ご主人様」
「怖いか? 戦うのが」
「そんなこと…… ないです」
「安心しろ、この戦いでお前は強くなる。 そして、死ぬことはない。 もし、帰ってきたら特別に1つお前の願いを叶えてやろう」
「え…… 本当ですか?」
「ああ、約束しよう」
今のサンの精神状態は不安定である。だから、このような言葉でも嬉しく感じ、涙が溢れる。
「わかりました、頑張りますご主人様」
そう言うと、ゼフとサンは別れ別々の道に進んでいく。
(足りないな…… だが、この戦いでより多く死ぬことで完成する。 パラサイトを使わない本当の奴隷がな)
ゼフはそう思いながら、不敵な笑みを浮かべるのだった。
✳︎✳︎✳︎
試合が始まって、既に7試合目。 クライエルは今の状況に焦りを積もらせていた。
(まずい、このままでは本当に…… いや場合によっては負債を抱えてしまう……)
自分がした選択を後悔する。勿論サンは全ての試合で瞬殺されていた。2試合目に関しては見るも無惨な姿になったのを確認したが、なんと彼女は生き返ったかのように立ち上がったのだ。いや、あれは生き返っていた。
(ありえない、まさかあの奴隷は不死の存在か何かか? 信じがたいが認めざるを得ん。 おそらく、奴のこの余裕も元々知っていたからだろう。 どうにかして被害を最小限にしないと……)
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「いや、ゼフくん。 ここは1つ取引をしないか?」
「言っておくが、サンが出ないという選択はないからな。 もしそんなことをしてみろ、ここは俺たち2人しかいないんだ。 お前が死んでもバレしない」
クライエルは交渉が不可能と知り、再び頭を抱える。事の発端はゼフの奴隷であるサンがあまりに弱すぎたからである。3回戦が終わったタイミングで貴族のほとんどは、サンとは逆の奴隷に大量に賭け始め、現在賭博場は赤字である。
「ゼフ様、クライエル様賭けの時間です。 今回は奴隷のサンは275倍、スラミエルが1.8倍であります」
「俺はスラミエルに500枚賭けよう」
「クライエル様は如何なさいますか?」
「ス、スラミエルに500枚……」
「かしこまりました。 では、始まるまで今しばらくお待ちください」
男はにこやかに出て行く。クライエル賭博場のルールで抜け道はないか探す。基本的に持ち主はどの奴隷を出すかを決めることはできるが、倍率をいじることはできない。現在サンはあまりの弱さに275倍になっているが、そんなことは関係ない。問題は倍率が低くても大量に賭けられることである。
「こんな筈じゃなかったか?」
「え……」
「確かにお前が勝手に倍率をいじったりすれば、信用が地に落ちるだろう。 それに俺との約束がある為変えることができない。 お前終わりだな」
「まだ…… まだだ……」
悔しそうに歯を食いしばる。すると、アナウンスが流れ奴隷達が入場してきた。
「始まるぞ」
ゼフがそう言った、数秒後にはサンは剣で貫かれていた。これにより、サンの倍率がさらに上がる。おそらくこの作戦は外から見れば単純だろう。しかし、蘇生魔法というものが簡単に使えないと思っているこの世界では絶対にたどり着けない答えである。それと、クライエルが傲慢だったのもこうなってしまった1つの要因だろう。
「さて、残りの試合を楽しもうじゃないか」
ゼフがそう話しかけるが、クライエルからの返事はなかった。




