圧倒的な力
目を開けるとそこには混沌が広がっており、目の前には巨大な惑星があった。そして、すぐにそれがさっきまで自分のいた惑星であることを理解する。
(我はあの人間の魔法によって飛ばされたのか? しかし、なんの魔法だ)
この世界の宇宙という存在はほとんどの者に知られていない。そして、原理はわからないが生物が惑星にいる時と変わらず生活できるということも。
(動きづらいな。 だが、移動できないわけではないな)
デーモンは平泳ぎのような動きでゆっくり惑星に近づき、戻ろうとする。
(あの人間め。 戻ったらただじゃおかん。 この世の絶望を全て味わわせて殺してやる)
デーモンは怒りをあらわにしながらゆっくりと進む。ある程度進んだところで、デーモンはあることに気づき動きを止める。
(なんだあれは……)
それは惑星の裏から少しずつ姿を現わす。最初は何かわからなかったが、それが巨大な生物であることに気づく。
「まさか、あの人間がここに飛ばしたのは……」
その生き物は惑星の1.4倍ほどの大きさを誇っており、姿はサソリの姿である。全体が紫色であり、普通のサソリとは比べられないほど体全体が厚い甲殻に覆われていた。8つの巨大な目がデーモンを見据える。
「やばい…… あれはやばい……」
デーモンは本能で察知する。あれはとんでもない化け物だと。
(なんだあの怪物は…… 惑星よりもでかいなんてありえないだろ……)
それは夢であってほしかった。しかし、それは目の前の怪物の姿を見て叶わぬ夢だと感じる。デーモンは体が激しく震える。
(この我がびびってるのか? そんなはずは……)
目の前の怪物は何もしていないが、体のあまりの震えからかそこから動くことができない。
(何故だ、何故こんな怪物がここにいるんだ……)
今まで何もかも己の腕の力だけで乗り越えてきたデーモンは初めて圧倒的な強者を目の当たりにし本能が早くここから逃げることを告げている。それも全ては、デーモンがゼフという人間を侮ったという己の傲慢さが招いた結果だった。
(いや、こいつはさっきから動いていない。 運が良ければこのまま元惑星に戻れる)
デーモンは体の震えを抑えながら進みだす。ゼフが魔族領内で召喚した覇王種とはこいつのことである。名前はジ・ザーズ。現在は休眠状態で力の1%も出せない状態であるが、それをデーモンが知る由は無い。そんな状態でもインセクト・ドラゴンと同等の力を持つデーモンを震え上がらせるのだから、覇王種とはどれほどの恐ろしい存在かわかる。
(いける、この調子でいけば)
デーモンはこの調子で行けば戻れると少し心に余裕ができる。しかし、デーモンは野生の勘で気づいてしまう。ジ・ザーズ以外になにかが近づいてきていることを。
(近づいてきてる…… なんだ…… 一体何なんだ)
デーモンは心の中で叫ぶ。それもそうである。なんたってデーモンが感じた近づいてきている者の数は軽く数百万を超えて億に到達しようかという数だった。
(ありえない…… この数は…… やばい)
デーモンは移動するスピードを上げる。覇王種には共通の能力として、自分よりも弱い同種の魔物を召喚することができるというものがある。魔力と休眠状態という関係で1日の召喚数は数千万が限界だが、何体召喚しても維持するのに問題はなかった。
(後少しだ、後少し……)
しかし、あと数キロというところで真横に羽音が聞こえる。
そちらを見るとインセクト・ドラゴン、エレファント・ビートルなど様々な蟲が自分を見つめていた。
(我はここで死ぬのか…… 我は……)
蟲達は魔法を付与する蟲によって飛行魔法を使って地上となんら変わらない移動速度を維持していた。宇宙では飛行魔法を使えるかどうかで、生死が決まる。デーモンはあらゆる蟲達に囲まれ絶望する。
「我が負ける? ありえん、我はお前ら全員殺してやる」
デーモンは拳を作り構える。それと同時に何万という蟲がデーモンに向かってきたのであった。それが、42柱が1つ剛腕のデーモンの最後だった。
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ゼフはデーモンをテレポートで飛ばすと、驚いてるレンを見て笑う。
「どうした? 予想していなかったか?」
レンはゼフのその言葉で正気を取り戻す。
「そうか、これは予想してなかったな……」
転移魔法はこの世界では普通は1人で使うことができない。
それは、魔力の問題である。しかし、目の前のゼフはいとも簡単に使ってみせたので驚きを隠せなかった。
(いや、奴の魔力はもうないはずだ。 それに、どこに飛ばそうとあの悪魔を倒せるものはいないはずだ。 僕は悪魔が死なない限り死ぬことはない。 まだ、僕が不利になったわけではない)
「――ファルト――」
ゼフは再び魔法を唱える。レンは魔法が使えたことに驚くが、目に見える変化はなかった。
「何をした?」
「クククク、お前は悪魔が死ななければ大丈夫だと考えていただろ? だから、お前の契約を破棄した」
「なんだと⁉︎」
レンはその瞬間から力が抜けていくのを感じた。そして、そのことが真実ということを理解する。
「力が抜けていくのがわかるか? お前は破棄したことによって恨むかもしれないが、寧ろ感謝してほしい」
「どういう意味だ?」
レンは焦りながらも問う。そして、今からでもここから逃げるために隙を伺う。
「デーモンは勝てない。 いや、俺が知ってるこの世界の奴らでは誰も勝てない。 そんな存在と奴は戦ってるからな」
「勝てないだと? ハッタリは僕には通じないよ」
「そう思ってもらって結構。 あれが最強と信じこんでるお前たちではわからないことだ」
「それで、僕を殺すのかい?」
レンは軽く脱出通路の方を見る。
「逃げたいのか?」
レンは体がビクつく。
「逃げたいならさっさと逃げろ。 俺は別に何もしない」
レンはその言葉を疑う。しかし、言動から脱出経路もバレてしまってる以上これ以上何をしても意味はないと感じたレンは従うことにする。
「それならその言葉を信じて逃げさせてもらおう」
レンはゼフを警戒してゆっくり移動する。そして、ある地点に着くと床を外す。そこにゆっくりと入っていったのだ。
「それでいい、お前が死んでもらったら困る」
ゼフはそれを言うと歩夢達の元へ行く。
「ゼフ先生、お疲れ様です」
「ありがとう歩夢」
「ケインどうしたの?」
ケインは興奮を抑えれないようだった。
「ゼフ先生だっけ? あんたすげぇよ!」
「そうか、ありがとう」
歩夢は今まで近くにいたので驚くことはなかったが、ケインは初めて見たので、驚きを隠せなかった。
「ゼフ先生1ついいですか?」
歩夢はゼフに問う。
「なんだ?」
「ゼフ先生の考えていると思うんですが、どうしてレンを逃したのですか?」
「大丈夫だ、心配しなくていい。 やつはもう終わっている」
「そうですか…… ゼフ先生がそう言うなら信じます」
「それにしてもゼフ先生がいなかったら、俺ら全員死んでたのかもな。本当に感謝してる」
「別に感謝などいらない。 全員救えなかったことが唯一悔やまれるな」
「いえ、ゼフ先生は頑張ってくれました。 だから……」
歩夢は糸が切れたように泣き崩れる。それをケインが励ます。死んだ仲間のことを忘れるわけはいかない。これは、勇者達とケインの心に大きく刻まれた。ゼフはというと、笑っていた。こうして、それに気づくことなく長い夜は明けた。




