想定外
ナラが何かに恐怖して、逃げた後歩夢達は急いで後を追いかけた。しかし、施設が真っ暗で見失ってしまっていた。
「どうしよう…… 」
歩夢はこの施設を闇雲に探すわけもいかなく、困っていた。
「歩夢はこの施設の見取り図は持っているのか?」
「一応圭太から預かってるけど……」
「ちょっと貸してくれないか?」
「ええ」
歩夢は腰のバックから施設の見取り図を取り出し、ケインに渡す。
「うーん、こっちだ」
「うん」
歩夢はケインに言われるままについていく。 この暗さで見取り図を正確に見れていることに驚き、感心する。
「ケイン、どうしてこっちなの?」
「そうだな…… この見取り図によるとこの施設は複雑に見えてそうでもないみたいなんだ。 こっちの道を選んだ理由としては、こっちだとローラー作戦をするのに効率がいいだ」
「ローラー作戦ね…… やっぱり、楽に見つけることはできないのね……」
「残念だけど、そうだね。 ナラがいれば探知魔法で簡単に見つけることができるけど、今はいないからな」
「そうね…… どうしてナラは逃げ出したのかしら?」
「考えられないが、俺達には見えない何かが見えていたと考えるのが妥当だな」
「幽霊か何かかな?」
「幽霊か…… その可能性も考えとかないとな」
こんな会話をしているが、2人は内心焦っていた。何故なら歩夢の推理が正しかった場合、この施設にいる護衛者を殺した者がまだいる可能性があるからである。
「そういえばケイン、さっき見取り図をこの暗さで見ることができたのはどうして?」
歩夢は当たり前の質問をする。ケインはゆっくりと口を開く。
「俺の能力の1つで夜目と言って、どんなに暗い場所でも昼みたいに明るく見える能力を使ったんだ」
「そういう能力があるのね。 便利な能力ね」
「ああ、この能力があるおかげで弓士としてはかなり活躍させてもらってるからな」
歩夢は素直にすごい能力だと思った。そして、未だに圭太を除いた勇者達は自分の能力について理解していなかったので、自分の能力について疑問を思う。
(私の能力はなんだろう…… 未だにそれらしき兆候はないし……)
暗闇の静寂の中、突如誰かの叫び声が響いてくる。
「なんだ…… 今の声は……」
ケインは不安になり、呟く。歩夢もその声は恐怖すら感じるほどの苦痛に塗れた声だった。
「考えたくはないけど…… ナラかもしれないからあの声の近くに移動しましょ」
「ああ、そうだな」
ケインは近くに移動するだけならと了解を出す。2人は静かに移動を開始し始める。歩夢の心拍数は今までに出したことのない数を叩き出している。
(覚悟をしなくちゃ…… あれは、きっとナラだ……)
歩夢は逃げないようにして、今起こりうる最悪のことを考える。歩夢がそう思っていると、メッセージの魔法が繋がる感覚に襲われる。
(ゼフだ、このメッセージには返信しなくていい。 まず、お前達が危惧していた護衛者を殺した者は俺が排除したから安心しろ。 そして、今歩夢達がはぐれているナラに関してだが、それはお前達の目で確かめろ。 それがどんな結果でも落ち着いて対処しろ。 以上だ)
ゼフはそういうとメッセージが終わる。おそらく何処からか自分達を監視しており、このメッセージを送ったのだろう。そして、歩夢は自分の考えが正しい可能性があるとわかり、この先には行きたくないと思いはじめる。
(私には見れない…… せっかく仲良くなったのに……)
暗い道を歩夢は祈りながら進んでいく。急にケインが歩みを止める。
「どうしたの?」
「この先だ。 あそこに血溜まりが出来てる」
ケインは数メートル先を指さす。覚悟を決め2人は進んで行く。そこにはガタイのいいスキンヘッドの男が腹から血を出し、倒れていた。
(ゼフ先生が言っていた護衛者を殺した者ってこの人のことか……)
歩夢はあの死体の山を見てからか、耐性がついたのかそこまで動揺しなくなっていた。
「こいつは誰だ? 護衛者か? この地の先に……」
ケインは固まる。歩夢は何かわからず先に進むと、もう1つの死体が転がっていた。その姿は小さく、儚げである。
「な……… ナラ……」
それはさっきまで一緒にいたはずのナラだった。2人は立ち尽くすだけでその場から動くことができず、ただ呆然とするだけだった。
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「メッセージも終えたから、これで大丈夫なはずだ」
ゼフは焦っていたが、歩夢とのメッセージを終え落ち着く。
夜の街は静かであり、誰もいない道をゆっくりとゼフは歩く。
「それにしても、デスGの凶暴性は想定外の高さだな」
ゼフが召喚できるデスGは透明化の魔法を使うことができ、対象1人に対して透明化状態の自分の姿や声を見せることができるという絶望を与え、暗殺ができる今回にうってつけの蟲だった。しかし、人間を見たデスGは勇者達すらも襲いはじめたのだった。
「まさか、あそこまで人間に見境なく襲いかかるとは思わなかった。 今度からは使うときには最善の注意を払わなければな」
今回投入したデスGは4体で、結界維持施設にそれぞれ1体ずつ投入していた。そして、全てのデスGが暴れ始めたので回収していたが、歩夢の施設だけは運悪く犠牲者が出てしまったのである。
「だが、よかった。 あの施設の護衛者が生きてくれていたお陰で罪をそいつになすりつけることができる。 それに、歩夢自身も魔晶石のお陰で俺を疑うことはない。 実に完璧だな」
ゼフは不気味に笑う。これだけ回りくどいことをしているのだから、勇者達にはとことん絶望を味わってもらいたい。その為に今やるべきことをするのだ。
「想定外のことはあったが、次の作戦に移るか。 お前の絶望する顔が楽しみだ」
ゼフは不敵な笑いを浮かべ、蟲達に命令を下す。
「アイアンGはデスGと共に行動しながら皇城に向かえ。 デスGが暴走しそうになったらアイアンGが止めろ。 今回も人間は殺すな」
ゼフがそう言うと近くにいたデスGとアイアンGは皇城に向かい出す。
「さて、俺もゆっくり歩きながら向かうか」
ゼフは不気味な笑いを浮かべながら歩く。ゼフにとって強さとは情報や策だが、最終的には圧倒的な力の前にはそれがどんなものだろうと敵わないと思っている。だからこそ、この先思い知ることになるだろう。圧倒的な力というものを……




