闇の中で
施設内は一度迷ってしまったら出ることは難しい。だから、案内図をいくつか配置しているが、恐怖と暗さからナラが気づくことはなく、通り過ぎてしまう。
(ここまで来たはいいけど…… ここはどこらへんかしら)
ナラは、あれからしばらく経ち、落ち着きを取り戻していた。
(私としたことが、あんなにも取り乱すなんて……)
さっきまでの自分を恥じると共に、今からこの施設から出る方法を考え出す。
(来た道を戻れば、歩夢とケインに合流できる可能性があるけど、同時にあの化け物にも鉢合わせする可能性がある。 だから、この方法はできない。 だったら別の道に歩夢達がいることを信じて探知魔法を使おう)
ナラは震える手をもう片方の手で押さえる。落ち着いたと言っても、恐怖を拭うことはできない。
「――ルーク――」
探知魔法を使うと生きている生物の反応はなかった。
(きっと大丈夫。 探知魔法に死角はない)
ナラはゆっくりと歩き出す。あたりは静かであり、不気味である。きっと歩夢達も自分がしたことを不思議に思っているだろうと考える。
(そういえば…… どうして歩夢とケインにはあの怪物が見えなかったりしたのかしら)
ナラは今まで授業で習った魔法などを思い出し、当てはまるものを探す。そして、1つだけ当てはまるものを見つける。
(もしかして、幻覚魔法?)
幻覚魔法とはその名のとおり対象に非現実なものを見せることができる精神干渉系の魔法である。
(幻覚魔法なら私だけがあの化け物の姿が見えて、声が聞こえた理由に説明がつく)
ナラは希望を見出す。幻覚魔法で生み出した幻覚は基本的に触れることはできないし、触れられることはない。だから、攻撃される心配はない。
(幻覚魔法と分かれば、すぐに歩夢とケインに合流しないと。 なんだ、こんな簡単に私は恐怖を感じていたのね)
恐怖で考える力が衰えていたナラだが、答えがわかると化け物に対する恐怖が和らぐ。同時に施設にいる護衛者達を殺した者に恐怖を覚える。
(きっと、あの幻覚魔法もそいつの仕業ね。 一体どこでかけられたのかしら)
ナラは2回目のルークを発動する、反応はない。できるだけ、足音を響かさないように歩くが、どうしても響いてしまう。暗闇で1人というのが恐怖が増長させる。
(怖い…… はやく歩夢とケインに合流したい)
ナラは足早に進む。そして、3回目の探知魔法の時に生きている生物の反応があった。ナラは心の中で少し喜ぶが、それはすぐに収まる。なぜなら、その反応はすぐそこの扉の先で、1人しか反応がなかったからである。
(……1人? どういうこと?)
ナラは深く考える。
(可能性としては歩夢とケインが分かれてしまって、ここにいる場合と護衛者を殺した者がここにある場合の2つね)
後者だった場合の危険が大きいが、恐怖ではやく歩夢とケインと合流したいという気持ちから扉を空けてしまう。そこは、護衛者達が休む休憩場だろうか。椅子が数個並べられているだけの部屋だった。その奥にかすかに人の気配を感じる。
(人の気配を感じるけど、見えない。 もっと近づきたいけど、歩夢とケインではなかった場合が危険ね)
ナラは考えていると人の気配が動く。
「おい」
その声は男性と捉えれる声だった。そして、その声はケインのものではなかったので警戒する。男はゆっくりと近づいてくる。
「 動かないで、そこから1歩でも動いたら魔法使うわよ」
そう言うと男の動きが止まるが、ばかにするような笑い声が聞こえてくる。
「ククククク、魔法だと? この場所で使えばお前もタダじゃおかないぞ」
そう言って暗闇から出てきたのはスキンヘッド姿の軽装姿である強面の男だった。ナラは警戒を解くことはない。
(怖いけど、まずは敵かどうかを確認しないと)
「どうした? 黙り込んで」
「あなたは、どうしてここにいるの?」
「どうしてだと? 逃げてきたに決まってるだろ」
「逃げてきた?」
「ああ、そうだよ。 あの蟲の化け物からな」
(どういうこと? 蟲の化け物? もしかして幻覚魔法を使っていない。 いや、この男もきっと同じような魔法にかかっただけのはず……)
ナラの頭の中は男が言ったことにより混乱する。もしかすると、ナラが見たのは触れることができる本物ということに……
「おい、どうしたんだガキ」
「近づかないで!」
「そんなに警戒することねぇじゃねぇか。 同じ人間なんだだからよ」
「証拠を見せて!」
「証拠?」
「そう、あなたが悪人じゃないという証拠を」
男は困ったように頭を掻きながら考える。そして、思いついたかのように口を開く。
「それなら、俺に1発魔法を撃て」
男は背中を向け、手を頭で組む体制をとる。
「どういうつもり?」
「証拠がねぇから、信用させるしかないだろ」
「それで悪人じゃないという証拠にはならないわ」
「ああ、ならねぇ。 だが、少しは信用するだろ?」
ナラは険しい表情をしながら考える。歩夢とケインと合流するための駒として使おうと。
「わかった、信用する。 だけど、私が今からやることに協力すること。 これが条件よ」
「いいぜ、俺はここの施設の護衛者をやってるアーノルドという者だ」
アーノルドは握手をしようと手を差し出してくる。
「ナラよ……」
ナラは渋々手を出す。そして、2人を探すために部屋を出る。この時のナラの恐怖は協力者ができたことにより少し和らいでいた。




