死への入り口
結界維持施設には門番である2人の男が24時間交代で見張っている。この日も例外はなく、例えレンが騒ぎを起こしてもある程度の人数は施設の護衛にあたるようになっていた。しかし、建物から出た歩夢達はすぐに異変に気付く。
「おかしい…… どうして門番がいないの?」
最初に言葉を発したのはナラだった。
「わからないけど、それならそれで逆にチャンスなんじゃないか?」
「そうかもしれないけど……」
歩夢はこのまま行くかを考える。たしかに、絶好のチャンスだ。しかし、罠の可能性も捨てきれなかった。
(でも、この好機は逃せない。 やるなら今しかない)
歩夢は決断すると、ナラの方を見る。
「ナラさん、探知魔法で門の周辺を調べてもらってもいい?」
「わかった」
ナラはすぐに軽い詠唱に入る。今使おうとしてる探知魔法はルークという魔法で、生きている生物の数などがわかる魔法である。規模は、術者によって変わるが、ナラの場合は自分を中心に最低14mから最大23mまで展開できる。
(そういえばゼフ先生も言ってたけど、探知と隠蔽、阻害の魔法は必須レベルって言ってたなぁ)
歩夢はふとそんなことを思いだす。なぜ、こんなことを思い出したのかはわからない。だけど、なぜか頭に浮かんだのだ。そうこうしてるうちに、ナラの魔法が終わったらしく、魔法が発動する。
「探知魔法――ルーク――」
その言葉を発したナラには門付近それから施設の入り口付近の情報が入ってくる?
「どうだ?」
「門付近にも入り口付近にも人が居る気配はない。 私の個人的な意見としては、今が突入する絶好の機会。 でも、罠の可能性もある」
「俺も同じ意見だ」
2人は歩夢を見て、最終決断を迫る。
「私も同じ意見だけど…… これを逃せば次はないと思うの。 今から施設に潜入する」
そう言うと、3人は足早に堂々と正門から施設に入っていく。その間に誰とも鉢合わすことはなく不気味だった。
(正門は突破した。 後はこの扉を開けるだけ)
歩夢は扉に手を掛けるが、力が入らない。もしかすると、この先にいる者達と命の奪い合いをしなければならないから。扉を開けない歩夢を見兼ねてナラは歩夢の肩を掴む。
「何してるの? そんなに怖いならここで帰ればいい。 後は私達がやるから」
「大丈夫、覚悟は決めてるから」
その言葉を聞いたナラは肩から手を離す。そして、ゆっくりと扉が開かれた。
✳︎✳︎✳︎
施設の中は薄暗かった。まるで、人が誰一人いないかのような雰囲気を醸し出している。警戒は怠らず、歩夢達は慎重に移動しているが、かれこれ10分程経っている。なのに施設を守る者は誰1人として居ないのである。
(ここまで会わないものなの? それとも、本当に罠の可能性が……)
歩夢は自分の判断が間違っているかもしれないと焦りだす。だけど、今は施設の破壊を優先させる。レンガで作られた薄暗い廊下を3人は慎重に進む。
「――ルーク――」
曲がり角でナラは魔法を使い、人がいないということを合図する。それを確認した歩夢は再び進みだす。
「なぁ、歩夢」
そこにケインに声をかけられる。
「どうしたの?」
「おかしくねぇか? ここまで施設を守ってる奴が見当たらない」
「私も同じ意見ね。 何かが起こってる可能性がある」
「そうかもしれないけど…… 幸いここまで罠とかは見当たらなかったから、このまま進むつもりよ」
歩夢はそう答えるが、もしもわざと侵入しやすいように人を配置していないなら、レンが言っていた、Sランク相当の人物が、この先にいる可能性がある。
「そうだな…… できるだけ早く壊さないといけないからな。 それに、俺達の失敗は許されないからな」
「だけど、おかしいことには変わりはない。 注意して進んで」
そこから、しばらく沈黙の時間が続く。結界維持施設を破壊するには、施設の基となっている魔力を伝達している柱のようなものを破壊すれば、施設は機能を失い、実質破壊という形になる。
(柱を破壊するまで、今のように人が来ないことを祈ろう)
通路に足音だけが響く。 薄暗い通路で本来いるはずの人が誰1人いない環境に生物的本能で恐怖を覚えるのは必然である。3人とも進むにつれ体が震えてくるのを実感する。
(本当にここまで、誰もいないの?)
とうとうその柱がある部屋の前に着いてしまった。
覚悟を決め、ゆっくり開く。そこにいるはずの敵を見据える…… ことはなかった。
「どういうこと?」
その部屋は広く、直径5mほどの柱が部屋の中心にバチバチと電気のようなものを放出させているだけで、誰1人として人はいなかった。
「ナラ、どうなんだ? どこかに隠れたりしているのか?」
ナラはすでに探知魔法を発動し終えていた。その額には汗が流れている。
「いない、どうして…… もしかして、ここは守る必要はなかったということ? それとも、この施設自体がダミー?」
ナラはすでに混乱していた。だから、ケインは歩夢に声をかける。
「歩夢、これは一体どういうことなんだ? 話と違うじゃねぇか」
「……ケイン、私にもわからない…… けど、ここは言われた場所だし、人がいないなら好都合よ。 私達はそれをやるだけ」
ケインはその答えに反論せず、静かに頭を縦に振る。
「そうか…… わかった」
「早速だけど、壊しにかかるわよ」
歩夢がナラの方を見たところ彼女は表情からもわかるぐらい精神が動揺していたのがわかった。
「ナラは厳しかったら休んでおいて大丈夫だけど、どうする?」
「私は…… 私は少し考え事をしたいからそこで休んでおく……」
ナラはすぐそこの壁にもたれかかり座る。
「ケイン、やるわよ」
「おう」
ケインは不気味なこの場所を出来るだけ早く出たい。ナラはどうして人が誰もいないかを考える。歩夢は失敗しないために言われたことをやる。この3人はそれぞれのためにやれることを始めた。
「来て! ヘヴィードラゴン」
歩夢がそう言うと、現れたのは大きさが2mほどの4足歩行であり、模様が黒と黄色の稲妻模様のドラゴンである。
「さて、始めるか」
背中から取り出したのは、ケインが愛用しているドラゴンから作られたと言われている黒色の弓である。
「ケイン! 始めるわよ。 ヘヴィードラゴン、フレアブレス!」
「行くぜ! オラァ!」
そう言いながら歩夢はドラゴンのブレスでケインは弓矢を放ち柱を壊しにかかる。2人はただ、攻撃するだけで話すことはない。そして、ナラは少し落ち着いたので周りを念のため警戒しつつ、辺りを散策する。
「私も参戦したいところだけど、攻撃魔法はこんな場所で発動させたら危ない。 ここは2人に任そう」
2人の攻撃はナラの推測になるが、後5分程すれば破壊できるほど、威力があるように思えた。特に歩夢のヘヴィードラゴンは想像よりも強く、歩夢をリーダーにして正解だったと思い始めていた。
「それにしても、どうして人が誰一人いないの? ダミーという可能性は限りなく低い。 かといって守る必要はないということもない。 もし、2つが当てはまるなら、私達が侵入する前のあの護衛の人数は説明できない」
ナラは、考えるが思いつかない。歩いてると、気づかないうちにとある扉が目に入る。
(何かしら? この感じ)
ナラはゆっくり近く。そして、恐る恐る扉を開ける。
そこはさらに暗く、何も見えない。
(かなり暗いけど、ここはなんなの?)
少しだけ、入ってみるとピチャリと水を踏む音が響く。
(水? どうしてこんなところに水があるの?)
ナラは不思議に思っていると、だんだん目が慣れてくる。そして、わかったのはこの部屋が少し広いぐらいの倉庫ということ、もう1つは……
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ナラはそれをみて尻餅をつく。その顔は恐怖が浮かび、体も小刻みに震えている。何故ならナラがこの部屋で目にしたのは100を超える人間の死体が積まれていたからである。先程ナラが踏んだ水は血であったのだ。
「な、な、なんで…… こ、こんなに……」
ナラは目の前の光景に恐怖し、上手く話せない。よく見ると、転がっている死体意外にも吊るされている死体もあり、さらに恐怖を増強させる。そこに、柱の破壊を終えた歩夢達が近づいてくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「え……」
ナラの悲鳴に駆けつけたケインは叫び、歩夢は黙り込む。それは圧倒的なほどの恐怖を3人に刻み込んだのだった。




