恐怖
スライエルは現在進行形で起こっている目の前の光景に困惑する。ここに集まったもの達は職業は違えど皇都の中では強い部類に入るもの達ばかりだ。しかし、そんな強者を嘲笑うかのようにゼフが召喚したアイアンGは傷1つ付けることができていなかった。
「どうした? そろそろ5分が経つというのに倒せてないじゃないか。 威勢がいいのは良いが、それは強さが伴ってやっとできることだぞ?」
スライエルはその言葉にイラつき叫ぶ。
「お前ら! 一体何をしているんだ! 交代でいいから攻撃を休めるな」
スライエルがそう叫ぶが、行動に移さない。何故なら男達はわかっていたのだ。この魔物には自分達では傷1つつけることができないと。だから、その中の1人が代表で口を開く。
「スライエルさん、あの魔物はおそらく物理攻撃に相当な耐性があるんでこれ以上攻撃しても倒せないです」
「だったら魔法を使え」
「「「「「⁉︎」」」」」
男達は驚きを示す。何故ならこの場所は決して広いとは言えない場所なっある。そんなところで魔法など使おうものなら敵だけでなく味方までも大きな被害を受けてしまうからである。
「どうした? はやく魔法を使え。 魔導士がいるだろ」
スライエルはイラつきながら話す。
「ですが…… ここで魔法を使うと……」
「構わん、お前らに1ついいことを教えてやる。 ここを脱出しなければどのみちこの男に殺される。 だったら1人や2人の犠牲など気にするな」
「わ、わかりました……」
男達はそれに渋々了解する。スライエル言ってることは確かに正しい。脱出を最優先とするならそれが最も良い方法だろう。しかし、それをすぐに指示できることはスライエルは自分達の命をなんとも思ってないというわけである。それでも自分達では何も思いつかないので指示に従う。
「近接職のものは魔道士を守りながら戦え! これから魔法を撃つぞ!」
男は全員に聞こえるように叫ぶと、直ぐに行動を始める。魔道士はわずか3名、詠唱を始める。それを見てゼフは感心する。
「犠牲を厭わない戦い方か。 そういう戦い方は非常に厄介かつ強いと決まってるからこちらも仕掛けさせてもらうぞ」
そう言うとゼフの前に立っているアイアンGが動き出す。
「アイアンG、もう我慢しなくていいぞ。 派手にやれ」
それを聞いたアイアンGは歓喜に震えた声をあげる。
「キュルルルルルルルルルルル!」
まず最初の犠牲者はゼフを殺した剣士の男である。
「ふん!」
避けないことを知ってからか剣を全力で振りかぶる。だが、それは弾かれる。それと同時にアイアンGが手を伸ばす。それを剣で受け流し懐に入る。
「おら!」
そして、剣で突くがやはりビクともしない。アイアンGは逆の手で男の頭をつかもうとするが、それも後ろに引きながら避けられてしまう。
「勲章をやりたいレベルだな。 まさか2回も躱すとは思わなかったぞ」
「はぁ、はぁ…… ふざけるなよ。 すぐにこいつを倒し、お前のとこに行ってやる。」
男はたった数回の攻防でかなりの体力を奪われてしまっていた。それは、この2回は本当にギリギリ避けることができ、下手したら自分は死んでいたかもしれなかったからという恐怖からである。
「どうした? かかってこないのか?」
男は口では言ったが、実際に行動するとなると難しい。今の攻防でギリギリ助かった。なら次は攻撃が当たり、死ぬだろうと。
「代わるぞ」
剣士の男の後ろから斧を持った斧士の男に声をかけられる。
「ああ、頼む」
救いの言葉をかけられ、すぐにその提案に答える。そもそも場所が悪く、1対1でしか戦うには非常にやりづらい。それに直接殺りに行くこともできない。そんな場所だからこそゼフはそこに立っているのかもしれないと考える。
「いくぞぉぉぉ! オラァァァ!」
斧士の男が覚悟を決め叫びながら突撃するが、今までにない速さで手が伸びてきて男の頭を掴む。
「くそっ! 離しやがれ!」
男は抵抗するがビクともしない。そして、アイアンGは手に力を徐々に入れていく。ミシミシと男の頭少しずつが潰される音が響く。
「ああああああああああ!!!!」
男は苦痛で叫ぶが、他の者は助けない。いや、助けることができない。そして、数十秒の時を経て頭が割れる音が響いた後大量の血が男の頭から流れる。
「キュルルルルルルルルルルル!」
「まずは1人だな」
剣士の男は理解する。ゼフという男は苦痛を与えながら殺してくると。それは、他の者も感じ取ったのか動くことができない。
「どうした? 来ないのか?」
できれば行きたくない。だが、行かなければ勝つことはできない。1人の剣士が飛び出す。だが、斧士と同じように頭を数十秒かけて頭を潰される。
(なんだよ……)
剣士の男は罪のない人を殺すことはあった。ここにいる者達は大体そういう集まりである。だが、苦痛を与えて殺すことなどはしなかった。それは見るに耐えなかったからである。しかし、目の前の男は平気でそれをやってのけ、それを楽しんでいる。人の生存本能が逃げろと選択してくる。
「やはりこれが限界か……」
ゼフは残念そうにつぶやくと、アイアンGは1歩ずつゆっくりとこちらに歩いてくる。それに耐えきれないものたちが反対側に逃げるが、そこにもアイアンGが待ち構えており絶望する。
「きたぞ!」
そこに一筋の光が差す。魔法の詠唱が終わったのだ。
「お前ら今すぐ避けろ!」
男達はすぐさま魔法の軌道からから避けるようにして逃げる。
「「「――フレアインパクト――」」」
そう言うと巨大な火の玉が3つアイアンGに飛んでいく。
それは見事に直撃する。その蟲を火が包み込む。これを食らえばひとたまりもないだろうと誰もが思った。
「よし、魔導士は次の詠唱に入れ。 近接職は魔導士を……」
しかし、それを言い終わる前にゆっくりと現れたのだ。火の中から無傷のアイアンGの姿が……
「嘘だろ……」
倒せてなくても傷くらいはつくと思っていた。だが、それは叶わなかったことで再び絶望する。
「くそが!」
恐怖でおかしくなり突撃するが、頭を潰される。そして、あんな苦痛は味わいたくないと、自殺するものまで現れた。
「どうした? お前らはこの人数がいれば勝てると思っていたようだが、残念だな。 味方を犠牲にする作戦は良かったが、自らが犠牲になる気は無いような奴に勝利の女神が微笑むことはない」
ゼフは語りかけるが、恐怖のあまり返事は返ってこず叫ぶものがほとんどだ。その間にもアイアンGは次々と頭を潰していく。
「さて、スライエルはどこだ?」
ゼフは少し歩き回り見つける。スライエルはカウンターの裏で縮こまり震えていたのだ。
「こんなとこで震えていたか。 だが、安心しろ。 お前は俺が直々に遊んでやる」
スライエルにとってそれは考えたくもないことだった。ちらっとゼフを見るとそれは悪魔のような微笑みを浮かべていた。




