災厄
スライエルはいつものように何もできない状況を作り出す。警戒はすべきだろうが、所詮は召喚士。その男の生首が転がっているのを確認したスライエルは勝利を確信し口を開く。
「強いとは聞いていたが、やはり召喚士だな。 召喚魔法を魔道具で封じられ、逃げられないように囲まれ、近接戦闘が得意な者達を同時に相手しなければならない。 それが、反応の遅れに繋がったな」
スライエルはニタニタと不気味な笑みを浮かべる。
「その死体は片付けとけ。 事後処理は私の方でやっておく」
「へい、わかりました」
その時、スライエルは1つ疑問に思う。なぜ奴は最後にあんなことを言ったのかと。まるで自分の勝利を確信しているかのような。スライエルはもしかすると援軍がいる可能性があると思い、一瞬だが隠し通路の方を見てしまう。
(考えすぎか? いや、可能性としてはないことはない。 だが、私の考えてることが正しかったとしてもこの人数を倒す事ができる者など指で数えるほどし知らない。 それに隠し通路もあるから心配することもないだろう)
スライエルはとりあえず椅子に座る。
「スライエル様」
「なんだ?」
娼婦がスライエルに話しかける。
「私は戻ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。 客が来ればまた連れてきたまえ」
「ありがとうございます。 それでは失礼します」
そう言うと娼婦は扉の方に向かい歩き始める。そして、扉の前に着くとゆっくりと開けて出て行くのを確認する。
「それにしても学園長はなぜこいつにこの場所と鉱石を教えたんだ?」
スライエルに1つの疑問が浮かぶ。
「なぜわざわざ親切に教えたんだ? 後で問いたださなければな」
そう言った瞬間扉の方から大きな音が響く。スライエルはもちろんのこと、死体を処理している男達もその方を見る。そこには扉が壊され、外れており、分厚い甲殻を身に纏った二足歩行のゴキブリのような魔物が立っていた。その手には先程出て行った娼婦の首を持っている。
「なんだ⁉︎」
スライエルはあまりのことに大きな声を上げるが、誰も答えない。視線を男達に向けると武器を構え警戒しているようだった。しかし、目の前の魔物は何もしてこない。
「おい、お前。 あれはなんという魔物だ。 それに、どうやって入ってきた?」
スライエルが一番近くに居た男に話しかける。
「すいません。 それがさっぱりで」
「そうか…… それならいい」
(ゼフが召喚した魔物の線はないだろう。 召喚士は死んだら魔物を維持できなくなるからな。 ということはやはり別の召喚士の援軍か?)
スライエルは考えを巡らすが、今は魔物の排除に努めることにする。
「その魔物排除しろ」
「「「へい!」」」
それに3人の男が名乗りをあげる。1人は剣、1人は斧、1人は拳でその魔物に近づく。そして、最初に剣を持っている男が斬りかかる。
「ふんっ!」
その攻撃は見事にあたるが、あまりの硬さに弾かれてしまう。魔物には傷1つ付いていないのを確認した男が驚きの表情を浮かべる。
「なっ!」
男は声を上げるが、すぐに冷静になり再び斬りかかり弾かれるというのを数回続ける。
「クソが!」
「待て! 俺がやる」
そう言ったのは斧を持った男である。大きく振りかぶり殴りかかるが、びくともしてない。まるで素手で巨木を叩いているような感覚である。
「もういっちょ!」
もう1度やるが意味を成さない。流石に男たちは焦りを感じるが、まだ絶望を感じるほどではなかった。
「俺では無理だ……」
拳の男が今までの光景を見て呟く。
「あれだけまともに食らってなぜビクともせん!」
スライエルは叫ぶ。
「それはなあの蟲が防御に特化してるからだ」
スライエルはその声がした方に向くと、ゼフが立っており驚愕する。何故ならそいつは先程まで死体だったのだから。
「なぜ生きてる……」
「なぜ生きてるだと? 面白い反応するじゃないか」
魔物に気を取られていた男達はゼフの方を見ると驚愕するが、声には出さない。
「おい、お前ら。 もう一度奴を殺れ!」
スライエルがそう言うと1人の男が一瞬でゼフに再び剣を振り下ろす。その動きは生半可なものでは避けれないほど洗練されていた。だが…… グシュという鈍い音が響く。
「起こるはずないことが起こり、混乱してるのはわかるが、もう少し考えたらどうだ? お前達じゃ俺を何度殺しても無駄ということを」
そう言うゼフの腰からは1体の操蟲が伸び男を貫いていた。
男の足元には血だまりができ、それだけで恐怖に怯えるものが数名出ていた。だが、大多数はまだこれぐらいのことではへこたれない。
「確かここだったな」
ゼフは少し歩き仁王立ちする。何をしているのかと考える。そこはもしもの為の隠し通路があるはずの場所である。そこまでされてスライエルは全てを理解する。ゼフが自分達に圧倒的な力を見せつけるために死んで、生き返ったのではなく、本当の狙いは隠し通路を見つけるためだと……
「まさか…… 奴はこの状況になることをわかっていて通路に魔物を待機させていたのか……」
「スライエル、お前は立派だよ。 でもなどんな策も強大な力には意味をなさないということを覚えておいたほうがいい」
「あの魔物も逃げ道を塞ぐ役割というわけか……」
「そこまでわかっているなら次に何が起こるかわかるよな?」
「まだだ、お前らあの魔物は無視してこの召喚士を殺せ!」
スライエルがそう叫ぶと男達はゼフの隙を伺い始めた。
「この状況でもそれができるのは素晴らしい。 1つ土産をやろう」
そう言ってゼフが取り出したのは魔晶石である。しかし、スライエルが持ってるものとは形が違う。その形は長方形である。
「さて、始めようか」
そう言ってゼフが魔力を込めると魔晶石は青白く光る。
そして、それを地面に叩きつけ割る。すると、中から入り口にいる魔物と同じ魔物が飛び出してきた。
「これは召喚石といっても詠唱時間はいらない魔道具みたいなもんだ。 だから、スライエル。 お前が封じている召喚魔法は俺には効かないというわけだ」
「なんだと…… だが、ここには優秀なものが多い。 全員をたった数匹で殺せるのか?」
ゼフは頭をかき口を開く。
「すまないが、そもそもなぜ勝てると思っているのかがわからないんだが……。 この程度ならもっと弱い蟲を1体だけ召喚するだけでも十分勝機がある」
「ほざけ! 行け、 お前ら!」
その声に男達の何人かはアイアンGに向かって飛び出すのだった。




