覇王
セレロンを出発し、10分が経った頃、ゼフはその場に立ち止まり呟く。
「3日か…… もしかしたらもっと早くに終わるかもしれないな。 まあ、その時はその時だ。 魔族の街は多いみたいだから調整が難しいな」
魔族の領域にある大きな街は約50というとんでもない数が存在する。 更に小さな村のようなものも合わせると100を超えるので少し厄介だ。
(数が多いだけだ。 俺の敵ではない。 今回初めて召喚したデス・シザーを筆頭に部隊を組もう)
ゼフは次の瞬間、召喚魔法を使いデス・シザーを既に召喚しているものと合わせて50体呼び出す。そして、静かに命令を下す
「最初は小さな村などは無視していい。 大きな街を占領する。もしも魔王らしき者が降伏した場合即座に攻撃をやめ逃げ出す者がいないか見張れ。 もし最後まで降伏しなかった場合はお前らの好きにやれ」
「「「「「クシィィィィィァァァァァァ!!!!」」」」」
デス・シザー達好きなようなやれと言われ歓喜する。この蟲は殺戮を愉しむ傾向があるようだとゼフの心の中にメモする。
「次にビートルウォリアを1000体、カースドビーを1000体を召喚し、そこにデス・シザーを加えて1つの部隊とする」
ゼフがそう言うと大量の魔法陣が現れは消えを何度も繰り返される。そして、時間にして1分もしないうちにビートルウォリアとカースドビーを合わせた計10万体の蟲達が溢れかえっていた。
「街の数と場所は探知魔法で大体把握している。後は同時に転移の魔法を使うが、確か移動系の魔法はデス・シザーが使えたはずだ。 1体ずつ場所を教えるから、そこに向かえ。 時間的にはまだ余裕があるな…… では、日が沈むのと同時に殺戮を始めようじゃないか」
蟲達はそれを聞くと、叫び声は上げずににカチカチと音を鳴らすようにして自らの了解を示す。
(少し過剰戦力過ぎたか? そこは大丈夫だろう。 それにしてもこんな時のデス・シザーの転移は便利だな。 同時に30万まで可能なようだからな)
「魔族を1人も逃すなよ。そして狩りを楽しめ」
ゼフは笑いながら蟲達に話しかける。蟲達は今、各々が自由に動いている。 それを見てゼフは可愛く思い、心が癒される。
(こんな姿向こうでは見られなかったからな。 こんな光景が見れるとはな。 なら、あの蟲も召喚してみるか)
そう言うとゼフは右手を前に出して詠唱を始める。今回召喚する蟲は一味違う。時間にして1258秒の詠唱時間を要する。そこに魔法陣は存在しない。1258秒の時間が経つと、ゼフは満足しながらゆっくりと上げていた右手を下ろす。周りには特に何かが召喚された形跡はなく、ビートルウォリア達が自由に動き回っているだけだ。そんな中笑みを浮かべながら口を開く。
「元の世界だと召喚をするリスクが高い覇王種を召喚することができる。 やはりこの世界は素晴らしい。 元の世界で発揮できなかった召喚士としての能力を十分に発揮できる」
ゼフは喜びを叫ぶ。これ程の蟲を召喚しようものなら、探知魔法でバレて阻止されてしまっだろう。しかし、この世界にはそういう者がいないので好き放題できる。そう、例え覇王種の上を召喚したとしても。
「元の世界でも覇王種を1対1で相手できるやつらは冒険者にはいないからな。 この世界でも相手にできるやつはいないと言っていい。 こんなことならもっと早く召喚して、安全を確実なものにすればよかったな」
ゼフはしばらくの間、その余韻に浸る。そして、日が沈み始めた。
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アウスゴレアは仕事を一時終え休憩していると、扉が勢いよくノックされ、開かれる。
「失礼します!」
「どうしたノエル、そんなに急いで」
アウスゴレアは息を切らしているノエルに問うと、息を整えゆっくりと口を開く。
「じ…… 実は! 敵が攻めて来ました!」
アウスゴレアは最初何を言ってるかわからなかった。
常識的に考えればセレロンからは早くても3日かかる。だから、攻めてこれるはずはないのである。
「何を言っているのだノエル」
「言葉の通りでございます。 敵が攻めて来ました」
「それは本当なんだな?」
「はい」
「なるほど…… それで数はどれくらいだ?」
アウスゴレアはそう言うと部屋の隅に立てかけてる剣を取り、閉まっている防具をを取り出し、着替え始める。
「はい、数はおそらくですが2000ほどでしょう。 それと敵は蟲の魔物が大半を占めています」
「なるほど、それで防衛の準備はできたのかね?」
「なんとかというところですね……」
「あまりにも早ずぎるな、敵は一体どんなトリックを使ったんだ?」
「申し訳ありません。 私には分かりかねます」
アウスゴレアはすぐ準備を終えると、ノエルを連れて部屋から出て行く。隣のノエルの不安そうな顔を見てアウスゴレアは言葉をかける。
「お前は何も心配することはない。 我がいるのだからな」
「魔王様……」
するとメッセージが飛んで来る。それを見てアウスゴレアは驚愕する。なんとその数48件。 内容はどれも同じで攻められているというものだった。 つまり、大きい都市は全て同時に攻められていることになる。
(ありえん! どういうことだ? 戦力を割いてまで全ての都市を責める意味がわからん!)
アウスゴレアは深く考える。なぜそのようなリスクを上げることをするのかと。それとも兵力を分散しても勝てると思っているかと。
(兵力を分散しても勝てると踏んでるのか? 随分と傲慢な奴だ)
アウスゴレアはつい笑ってしまう。魔王はそう簡単に倒せるものではない。 恐らくグリンガムから力量を誤って聞いている可能性が高いと踏んだ。
「不快だ、実に不快だ。 まさか、このような形で敵に侮られるとは思わなかった」
アウスゴレアはノエルを見て話し出す。
「我は最前線に行く、案内しろ」
「魔王様何をおっしゃるのですか! 魔王様は後ろから指示してくださるだけで良いのです」
「いや、今回はそうはいかん。 いつもならそうするだろう。 だが、今回は我の怒りがおさまらぬのだ。我自身で敵を葬る」
「し、しかし……」
「ノエルよこれは命令だ」
ノエルは暫く考えると、渋々口を開く。
「命令ですか…… わかりました」
ノエルは渋々了承する。そのまま街の外に向かい自軍に合流する。そして、1番前に向かうと、そこには自分が知らない蟲の魔物が綺麗に並んでおり、こちらを覗くように睨んでいた。
(指揮官はどこだ? 流石に魔物ではないはずだが……)
アウスゴレアが探していると1人の人間が護衛を付けずにゆっくりとこちらに歩いて来るのが見えた。
(使者か? もしかするとこいつを人質にできるかもな)
アウスゴレアはそんな淡い考えを持ちながら一番前に出ると、その人間と向き合う。
「何用かな? 人間」
アウスゴレアは侮られないように話す。人間は笑いながらゆっくりと口を開いた。
「俺はゼフと言う」
それを聞いてアウスゴレアに衝撃が走る。
(ゼフだと? まさかここに来るとは…… だが、これは好機だ。 隙を突いて殺す)
アウスゴレアが隙を伺っている中ゼフは話しを続ける。
「俺がここに来たのはお前らに降伏の意思があるか確かめに来ただけだ」
アウスゴレアはそんなわかりきったことを聞くためにここまで来たのかとゼフを馬鹿にする。
「人間よ、ゼフと言ったな? 残念ながら我は降伏はしない!」
そう言うとアウスゴレアは腰の剣を抜きゼフの首を捉える。しかし、首が跳ねられることはなく、弾かれる。なぜなら、ゼフの腰から伸びている操蟲がアウスゴレアの剣よりも速い速度でゼフを守ったからである。
「なっ⁉︎」
「交渉決裂だな」
ゼフがそう言うと後ろに控えている大量の蟲達は歓喜の叫び声を上げながら進軍を始めた。




