それは何か
エムニア達は暗闇の中を駆けていく。彼女達はこの地下通路はよく使うが、あまりに広いので完全に把握しているわけではない。だが、この状況でもいつもの道を進んでいるのは、まだ少し心の余裕があるからだろう。
(兄ちゃんが…… 兄ちゃんが…… どうして……)
エムニアのミリアを握る手をが強くなる。
「エムニアお姉様、痛いです……」
「あ…… ごめんミリア……」
「エムニアお姉様少し落ち着いてください。 おそらくお兄様方2人は神眼で見たところダメです。 こんなに取り乱していてはやれることもできません」
「わかっている! わかってるけど……」
「私はジンお兄様に自分が死んだ又はそれと同等の状態になった時情は捨てろと仰っていました。 今は私達だけでも生き残るべきです」
「そうだよな…… 確かに兄ちゃんならそう言うよな。 それにあいつはミリアを狙ってるみたいだしな。 あたしが守らなきゃいけないよな」
「私は神眼しか取り柄がなく、守られる形になりますが出来るだけサポートはします」
「ああ、よろしく頼む」
エムニアはそう言うとミリアの手を取り走り出す。今の彼女の精神状態は落ち着いており、穏やかである。それも全てミリアのお陰である。後ろを注意しつつもどんどん進んでいく。ゼフから逃げてから約10分、とうとう出口が見える。
「そろそろ出口だ」
「あと少しですね。 どうやらここまで追ってくることはできなかったみたいですね」
「だけど、油断はしない方がいい…… 行こうミリア」
「はい」
「ハ………… イ…………」
エムニアは不快な声を聞こえた瞬間ミリアを連れて飛び退く。距離を取り顔を上げるとそこにはゼフの隣に居た奇怪な見た目の化け物が2つある口から鋭い牙をチラつかせてこちらを見つめていた。
(まさかあの距離まであたしが気づかないとは思わなかった。 どういう原理だ?)
そんなことを思っているとミリアが首を傾げながら口を開く。
「エムニアお姉様どうしたんですか?」
「敵が来たようだ」
「敵⁉︎ 一体どこに!」
エムニアはミリアの言葉に疑問を抱く。
「まさか…… 見えてないのか?」
「申し訳ありません……」
「モ…… シワ………… ケア……… リ……… マセ」
エムニアはその怪物の見た目の不気味さもだが、自分しかその怪物を認識することができないということに恐怖を覚える。最初は幻覚系の魔法を疑ったが、こいつはゼフの隣にいたのでその可能性を捨てる。
(あたしにやれることか……)
エムニアは軽く息を吸うとミリアの耳に口を近づける。
「ミリアさっきのことは忘れてくれ。 そして、今から言うことを聞くんだ」
「まさか…… エムニアお姉様……」
「1人で逃げろ。 今は1人だとしても逃げるのが重要だ。 時間を稼ぐから走れ」
エムニアは耳から口を話すと腰の短剣を構える。ミリアはできれば一緒に逃げたかった。しかし、自分には何もできず、敵の姿すら視認できない。ミリアは出口に走り始める。
「走れ、走って逃げろ。 あたしはここで1分は稼いで見せる」
「ハ………ラ………ヘタ」
「よう、化け物。 そんなに腹が減ってるならあたしが相手になるぜ。 簡単には負けないけどな!」
エムニアはデスGに飛び近づき短剣を頭目掛けて突く。だが、それは鎌のようなもので簡単に弾かれる。飛び退き顔を上げると何事もなかったように不気味さを醸し出しながらこちらを見つめている。
(やっぱりダメだ…… あたしには兄ちゃんたちのような戦闘力はない。 冒険者で言うところのAランク程度。 できれば生きたい、逃げ出したい。 でも、妹のためなら命を差し出す。 きっと兄ちゃんならそうやる筈)
決意を固め再び短剣を構える。見たところ隙だらけだが、自分の力では突破できないだろう。だが、相手はこちらを格下に見ている。目的となる時間稼ぎはできるだろう。落ちている小石を拾うとデスGに向けて投げる。それを鎌で防ぐ。その瞬間エムニアは懐に潜り込み腹の口を避ける形で短剣を突き刺す。
「どうだ! 化け物!」
「ガガグガァァァァァ!」
デスGの腹にある巨大な口は激しく蠢きだす。エムニアは短剣を捨て懐から飛び出す。デスGは初めて攻撃を食らったのか痛みで叫んでいる。
「はあ…… はあ…… さてこっからどうやるか……」
そう考えているとデスGが動き出す。おそらく先程の攻撃をくらい怒っているのだろう。食糧であるはずの人間に傷をつけられたことを。実際のところデスGの防御力は大したことない。しかし、凶暴性はかなり高く、おそらく食らってしまったら最後原型を止めることはないだろう。
(腹を刺されても尚歩くことができるか…… いや、人間じゃないのだから当たり前か)
エムニアは覚悟を決める。奴に一矢報いようと飛び出す。狙いは腹に刺さった短剣である。懐に入り短剣に手を伸ばそうとする。しかし、デスGの腹にある巨大な口から大量の液体が飛び出してくる。それにかかってしまったエムニアは後ろに倒れてしまう。
(一体なんの液体?)
そんなことを思っていると体が痺れて動けなっていくのを感じる。
(まさか…… 毒⁉︎)
エムニアは這いつくばってその場から離れようとするが、時すでに遅く声すら出せなくなっていた。意識はあり、こちらを上から見つめるデスGが鎌を振り上げていた。あまりの恐怖にもがこうとするが、動けない。そして、釜が振りかぶられた時、エムニアの意識はこの世から離れてしまった。




