9.旅立ちはエスカラの了承無きまま企てられる。
ライナスが着替えて1階に降りると、ネフリティス翁とバステトが食卓の席に着いていた。
「おはようございます。お待たせしました」
「おはようライナス。よく眠れたかい?」
ネフリティス翁は普段の様子と変わりなく見える。一瞬、昨夜の事は夢だったのかとライナスには思えたが、ついさっきバステトとディオニーサスの事を話したばかりなのを思い出した。
「昨夜はあまり眠れませんでした」
ライナスは正直に答えて自分の席に着いた。
「あらライナス、具合でも悪いの?」
甘いヒュレ芋と茸のシチューを運んできたエスカラが、心配そうにライナスの顔を覗き込んだ。
「いえ……」
ライナスは母と顔を合わせるのを、思わず避けて目を伏せた。
「それにしても、バステト様とディオニーサス様にもお会いしたかったわ。ディオニーサス様がいると、賑やかで楽しいんですもの。それにバステト様とは一度お話してみたかったし」
エスカラはそう言って朗らかな笑顔をみせたが、ネフリティス翁は曖昧な笑顔を浮かべただけだった。
(そういえば母さんにはバステトのこと、普通の女の子だって言っちゃってたんだ……)
ライナスはそう思い当たったが、今更になって目の前で椅子に座っている翼付きの猫(に、皆には見えるらしい)がバステトだとは説明しづらい。
バステトは、ライナスが思っていたことを見透かしたみたいに、いたずらっぽい顔で笑いを堪えていた。
それからの食事中は、ライナスとバステト、それにネフリティス翁もどこか上の空で、せっかくの温かいシチューも、うまく喉を通らなかった。
(いつになったらネフリティス翁は、ぼくの旅のことを母さんに話すのだろう……?)
母が悲しんだり、心配して引留めたりするかもしれないと思うとライナスは胸が詰まって、自分からなかなか切り出せないでいた。
ライナスはちらちらとネフリティス翁の表情を窺っていたが、いつまでたっても何も言い出しそうに見えない。
「あの……母さん」
やっとの思いでライナスがエスカラに打明けようとした時、それを遮るようにネフリティス翁は片手をあげて言った。
「ライナス、お客様にデュシスの森の中を案内して差し上げてはどうかね?」
ネフリティス翁がライナスとバステトに外出を促した。
「何か忘れ物?」
そう声をかけるライナスの前を、バステトはすたすたと早足で歩いていた。
家から出たバステトの足は、真っ直ぐネフリティス翁の屋敷に向っている。
「ええ。このままじゃ旅に出られないでしょ?」
「どういうこと? このままお別れも言わずに出るつもり?」
ライナスは驚いて足を止めた。
「ぐずぐずしないで! わたし達が出発した後に、あなたのお母さんにはネフリティス様が説明してくれる手筈になってるから」
「それにしたって……」
2人が言い合いながら屋敷へ入り、応接間の隣にある小部屋の扉を開けると、そこには旅に出るための用意がすっかり整っていた。
ライナスはそれを見て、いっぺんに憂鬱な気分が吹き飛んだ思いがした。
第9話目*旅立ちはエスカラの了承無きまま企てられる。も、引続き
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