8.真意の読めない打明け話は唐突に為される。
いつもとなんら変わりなく、デュシスの森は朝を迎えた。
まだ薄暗く朝靄がかかる森の中で、早起きの小鳥がさえずり、樹々を渡っている。
男達が薪を割る音が響き、家々の竃でチャムの焼き上がる香りが立ちのぼる。
泉の周りでは水汲みに集まった女達が、明るく弾むような声で挨拶をしあっていた。
エスカラも起き出しているようで、もう随分前から階下で忙しく足音が動き回っていた。
アルブの白い肌と明るい緑の瞳は日光に弱いので、女達はこうして朝早くから泉の水を汲み、洗濯や朝食の支度を済ませてしまう。男達は薪を割ったり、必要な時には家の外壁や屋根を修理したりする。
1日の中で比較的森の中が明るく、日が高く昇ってしまわないうちに、アルブは外での仕事を終えてしまうのだ。
ライナスは夜中に自分の部屋へ帰ったが、気が急いてほとんど眠れなかった。
旅に出るための荷造りをしようかとも思ったが、初めての事で何を持って行けば良いのか全くわからない。
窓から外に顔を出すと、清々しい森の香りを胸一杯に吸い込んだ。
退屈な日常から抜け出したいといつも願っていたライナスでも、住慣れた森を離れなければならないと思うと、急にデュシスの森が離れがたい、大切な場所に感じられる。
それに、母にはなんて言えばいいのだろう。そう考えると、なかなか部屋から出る気になれない。
そうしてライナスが森の様子を窓辺で眺めていると、すぐ側で声がした。
「どうして皆、魔法を使わないの?」
開け放った窓のすぐ外で、バステトが宙に浮いていた。外で働いているアルブの人々を不思議そうに見つめている。
「どうしてって、魔法なんか普通のアルブは使えないよ?」
ライナスがそう答えると、バステトは意外そうに目を見開いた。
「アルブって皆魔法が使えるんだって思ってたわ! そう聞いたもの」
「誰に?」
「セオよ。あの種族って本当に嘘つきが多いんだから。やんなっちゃう」
ライナスはバステトが元気そうなのを見て、少し安心した。
これから一緒に旅をするのに、ディオニーサスのことで落ち込んでいるであろう彼女へ、なんと声をかけたらいいのだろうと、気が重かったのだ。
「たぶん、嘘を付く気なんてなかったんだよ。そう信じていただけさ」
「へぇ……あんたって、割に優しい物の見方をするのね」
バステトはライナスの顔を初めてまっすぐに見つめた。
ライナスはバステトの目が少し赤いのに気が付いた。
「ねえ……大丈夫?」
「何が?」
「ディオニーサス様のこと」
バステトは顔を背けると、声を強めて言った。
「大丈夫よ、ディオは。神は殺したって死なないんだから!」
「か、神? ディオニーサス様が? セオじゃなかったの?」
ライナスはまるで想像していなかった言葉に、目を丸くした。
「あら? 言ってなかったかしら。ディオもわたしも、神なのよ」
バステトの顔は微笑んでいて、真意が読み取れない。
からかわれているのかとライナスが首を傾げていると、階下から声がかかった。
「ライナス? 起きてるの? 起きてるなら早く降りてらっしゃい! 朝食、今朝はお爺様とお客様もご一緒ですって!」
「はい! 今降りて行きます」
階下のエスカラの声に返事をして、ライナスがもう1度窓の外を見ると、そこにはもうバステトの姿は無かった。
第8話目*真意の読めない打明け話は唐突に為される。も、引続き
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