7.バステトは気丈にも微笑みを浮かべてみせる。
バステトは薄暗い応接間で目を覚ました。
体に柔かな毛織りのサッカが掛けられている。随分と眠り込んでいたようだ。
バステトは背を弓なりにのけ反らせて伸びをすると、部屋の中を見回した。
ディオニーサスとネフリティス翁の姿が見えない。
さっきまでバステトが寝ていた椅子の上には、ディオニーサスのズタ袋が置かれたままだった。
隣室の部屋の灯りが扉の隙間から洩れて、応接間の床に細い光の帯を伸ばしている。
「ディオ? そこにいるの?」
そう言って隣りの小さな部屋を覗くと、机に置かれたランプの炎が頼りなく揺れている。
しかし、そこにも人影は無かった。
それどころか、屋敷の中に人の気配が全く感じられない。
バステトの胸に不安がよぎった。
「お願い! ディオ……どこに隠れたの? いじわるしないで出て来てよ!」
誰も居ない屋敷に、バステトの声が虚しく響いたその時、屋敷の戸口に人の気配を感じて、バステトは階段を駆け下りた。
戸口からネフリティス翁とライナスが入って来る。
「ディ……オ? ディオはどこ?」
戸口に立つ2人の背後には、デュシスの暗闇が広がるばかりだった。
応接間の暖炉の種火を熾してから、ネフリティス翁は椅子に浅く腰掛けた。
ネフリティス翁の銀色の髪に囲まれた顔には心労が刻まれて、魚の腹のように青白く見える。
「ディオニーサス様は、おでかけですか?」
ライナスがそう言うと、ネフリティス翁は首をゆっくりと横に振った。
「あの方は……ディオニーサス様は、消えてしまったよ」
「ディオニーサス様が……消えた……?」
ネフリティス翁は頷いた。
「そう……消えてしまったのだ。跡形も無く掻き消えてしまったよ」
「もう旅に出てしまわれたのですか? バステト様をひとり残して?」
ライナスは即座にそう聞き返したが、バステトの深い紫の瞳は、ネフリティス翁をだまって静かに見つめていた。
「……そうではない。ただ、ディオニーサス様は居なくなってしまったのだ。私の目の前で、雨が土に吸込まれるように虚空に消えたのだ」
ネフリティス翁は、ライナスが言葉の意味を呑込むのを待った。
「ディオニーサス様自身も、いつかはこうなることを覚悟していらした。
バステト様は直接、聞いていたはずだ」
ライナスはあまりのことに何も言えなかった。
「おまえを一度に驚かせたくはなかったんだが。
しかしもうひとつ、どうしても言っておかなければならないことがある……バステト様も、ディオニーサス様と同じように、いつかは消えてしまうかもしれないのだ」
ライナスがバステトの方を見やると、バステトの体は小刻みに震えていた。
「何か……最後にディオは、何か言ってた?」
心細気なバステトの声には懇願するような響きがあった。
「心配するなとおっしゃっていました。きっと、全てうまくいくさと笑って……」
「……ディオらしいわ」
そう言ったバステトは、気丈にも微笑みを浮かべていた。
第7話目*バステトは気丈にも微笑みを浮かべてみせる。も、引続き
http://sayoshigure.seesaa.net/
上記URLにてイメージ画像をアップしてみました。
興味がおありの方はどうぞ。