6.星読みのケイローはエターダムの将来を憂う。
「先ほども言ったが残念なことに、おまえに話すべきだったはずの記憶を、私は失ってしまっている」
ネフリティス翁は、歩を進めながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「だが、私の知っている、覚えている限りをおまえに話さなければならないのだ。それは、まだ若いおまえを過酷な旅に追いやることになる、私の義務だ」
「ぼくを、旅に? ディオニーサス様とですか?」
「いいや。バステト様と2人でだ」
そんな無茶な。子供2人で旅だなんて。
ライナスはずっと変化を求めていた。旅に出たいと考えたこともある。
特にひとりで空を飛んで遠くの景色を眺めている時には、どうしようもない憧憬をおぼえた。
遠く西でクアニデュス海が日の光に煌めくのを見れば、あの光る水に足を浸してみたいと思ったし、遥か北にそびえ立つボレアス山脈を見れば、頂に積る雪の冠までいつかは飛んでみたいとも思った。
ライナスが行きたいといつも願っていたのは、そんな気ままな旅だ。
旅立ちも帰還も、旅の連れも、思うがままの旅だ。
「13年前、おまえはエスカラに連れられて、メソンからデュシスに来たのを覚えているか?」
ネフリティス翁の問いにライナスは頷いた。
「それより以前のことは?」
ライナスは首を横に振る。
「そうだろうな。語られなくなったことは忘れられる。おまえには語っておくべきだった。
今ではそれが悔やまれる」
そう言ってネフリティス翁は瞼を閉じた。
「私もエスカラも、幼いおまえに話すのを畏れていた。今ではその理由も忘れてしまったが。
頭の中で何度繰り返そうとも、人の口に語られなくなったことは、いつか忘却の彼方に追いやられてしまうのだ」
「そんなにすっかり、忘れ去ってしまうものなのですか?」
「たぶん、普通ならそうはいかない。忘れたいとどんなに願っても、忘れられないことがあった。と、思う。
しかし今では、13年以上前のことを、誰も彼もがすっかり忘れているのだ」
ライナスは驚いた。自分の記憶もそうなのだろうか?
確かにデュシスの森へ来る前のことはすっかり忘れている。
しかしそれは幼かったライナスの物心が、つく前の事だったからだと思っていた。
デュシスの森へ来てからの記憶も、曖昧なことが多いライナスには実感がわかない。
「ディオニーサス様は、ずっとエターダム中を旅しておられた。
そして気がついたのだそうだ、今から13年以上前のことを覚えているものが、1人としていないことに。
そこで、何かエターダムに異変が起こっているのではないかと調べたそうだ」
ライナスは息をのんで、思わず足を止めた。
「ディオニーサス様は、ボレアス山脈のケイローに会いに行った。
おまえに話したことがあるだろう? 彼らは半人半馬の、英明な種族だ。たとえ忘却に侵されていたとしても、彼らは星読みに長けているから、何かしら解るだろうと考えたのだ。
しかしケイローの星読みでは、過去のことは全くわからなかった。が、未来のことを知らせてくれたそうだ。
彼らが言うには、確かにエターダムは危機に瀕しているらしい。このままでは、13年前のことどころか、つい昨日の事まで思い出せなくなるかもしれない。
それを救うのは3人のプラグマ・クレイスだという」
「プラグマ・クレイス?」
「ホランコレーの力もそのひとつ。(真実の鍵)という意味だ。お前の他に、2人のプラグマ・クレイスがいる。お前とは別の、特別な力をそれぞれに持っているらしい」
ライナスは頷いた。
「その2人を見付けに行くんですね」
「そうだ。ロギウスの力とログロッタの力を持つものを探して欲しい。
そうして、エターダムが忘却に包まれた原因を探るのが、おまえに課せられた旅だ」
第6話目*星読みのケイローはエターダムの将来を憂う。も、引続き
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