5.ネフリティスは最も古い記憶をたぐり寄せる。
ネフリティス翁の応接間では、ディオニーサスとネフリティス翁が向合っていた。
2人のやりとりにすっかり飽きたバステトは、ディオニーサスの膝の上で丸くなって眠っていた。
「ライナスが、ですか? あの子はまだ15になったばかりなのに……」
ネフリティス翁の、いつもは温和な顔が険しくなる。
「心配だからと言ってこればかりは、私達が代わってやることはできないのです。特にわたしには」
「わかっています。ですがあの子は世の中のことを全く知りません……もちろん、13年前のことは何一つ教えずにいたのです」
「この子にはわたしが知る限りの事は全て話してあります。……知る限りのことをね」
そう言って、ディオニーサスはバステトの翼を撫でた。
「ライナスには、何と言えばいいのでしょう……」
ネフリティス翁は、答えを見付けようとするかのように、すっかり闇に包まれた窓の外の虚空に目を彷徨わせて呟いた。
「私は忘れてしまったのです。あの時にあった、何もかもを」
それを聞いたディオニーサスは落胆を隠せなかった。
「しかし、これ以上待ってはいられません。わたしもあなたも、気付いた時には遅かった。しかしあの子が成長するのを待ってみても、状況が良くならないのはお判りですよね」
ディオニーサスの言う事は最もだ。このまま待っていても状況は悪くなるばかりだ。
ネフリティス翁は、ディオニーサスの言葉に頷いた。
ライナスとエスカラが食事を終えてしばらくすると、戸口を叩く音がした。
エスカラはもう床に付いている。
夜遅くに誰だろうと扉を開くと、ネフリティス翁が立っていた。
「こんな時間にすまないね、ライナス。ちょっと話したいことがあるんだ。外に出られるかね」
ライナスは頷くと、戸口の側にかけてあったサッカ(上着)を羽織って外に出た。
昼間でもあまり日が当たらない森の中は、夜になると急激に冷え込む。
ネフリティス翁の屋敷近くにある泉の側まで来て、2人は足を止めた。
「お話ってなんですか? お爺様」
ライナスがネフリティス翁の背中に声をかけると、ネフリティス翁はゆっくりと振り向いた。
「それなんだがね。私に話せる事はあまり無い。それでも聞いてくれるか?」
「はい、喜んで。ぼくはお爺様のお話を聞くのが好きですから」
ライナスはそう答えたが、胸の中がざわついた。ディオニーサスとバステトが来たからか、今日は皆の様子がおかしい。
「ライナス、おまえはホランコレーだそうだ」
「……はい。そう聞きました」
「ホランコレーというのは、昔の言葉で(真実を見る目)という意味だ。おまえはバステトが女の子に……普通の女の子に見えたそうだな」
ネフリティス翁の眼差しが、ライナスの目を真直ぐにとらえた。
もしかすると今夜は、全てを話してくれるつもりかもしれない。
ライナスは首を振った。
「いえ、翼のある女の子に見えました。ぼくと同じに」
「そうか」
ネフリティス翁の視線が、ライナスの背中に注がれる。
「おまえはその翼が、どうしてあるのか知りたいだろうな。しかし、それは私には答えられないのだ」
「どうしてですか!?」
思わず語気が強くなる。
「それは、私も知らないからだよライナス。知らないというより……きっと忘れてしまったのだ」
それからネフリティス翁は淡々と語り始めた。
第5話目*ネフリティスは最も古い記憶をたぐり寄せる。も、引続き
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