48.ライナスは模様に魅せられ大精霊を喚起する。
ライナス達の長い夜は明けた。
焔の鳥の出現で一度薄らいでいた霧は、焔の鳥が消えたことで、また徐々に深まりつつあった。
「なんだったんだろう、今の」
ライナスはまだ震えが止まらず、自分の体をかき抱くようにして、バアルが消えた一点を見つめていた。
「今のってどっちだい? セオの化け物? それとも俺の剣から出て来た鳥のほう?」
「両方さ」
ライナスはすかさず答える。
「あの化け物、盗人って言ってたけど、誰の事かしら」
「さっきの鳥に言ってたみたいに見えたけど。プラグマ・クレイスをあの鳥が盗んだってこと?」
「プラグマ・クレイスって、真実の鍵の事だろ? 俺たちのことだよな」
ジェロとライナスは互いに顔を見合わせて、首を捻った。
「その鳥に聞けないのかしら? もう出て来ないの?」
ライナスとバステトはジェロの持っている長剣を囲むように覗き込んだ。
焔の鳥はじっと息を潜めるように剣身に長い尾を巻き付け、ちらちらと燃立つような赤い羽根を輝かせている。
「何も変わらないみたいだ」
エルトロから受取ったときと、それは何も変わらないように見える。
ジェロは鳥をそっと手のひらで撫でた。
すると剣の鍔に細かな模様が浮び上がり、まるで元からそこにあったように鍔に刻まれた。
ライナスはその模様に魅せられたように指を這わすと、ふいに言葉が溢れ出た。
「南を司りし大精霊サラマディア、その聖なる焔をもって鍵の守護者の力とならん!」
ブテリュクスは白亜の屋敷へダンザックを招き入れた。
エントランスを抜けて、淡いオレンジ色の薔薇が咲く中庭に面した回廊を通り、日当たりの良い客間へ通される。
ダンザックは夢でも見ているような気分でいた。
まるで見た事も無く聞いた事もない、それこそ夢のように美しい谷。見ず知らずの親し気な有翼の男達。それはダンザックが忘れているだけで、自分達は友人だったと言張るのだ。
実際に男達は、妹の名も自分の名も知っている。
これが夢では無いとしたら何なのだろう。
「俺のこともブテリュクスのことも忘れているというのに、どうしてお前はここに来たんだ? ガイデン王の君命ではないのか?」
エイライムは寛いだ様子で安楽椅子に腰掛けて、ブテリュクスの入れた桃の香りがするお茶を飲んでいる。
ダンザックは聞きたいことも山とあったが、自分が女王直属の護衛官をしていること、その勅命で今は翼を持つアルブの少年を追って、メソンからテロス大地へ旅してきたことを、エイライムとブテリュクスの2人へ話して聞かせた。
「……ガイデン王陛下はどうしたんだ?」
しばらく考え込むようにして、エイライムが言った。
「ガイデン王? 先程も言っていたようだが、誰の事だ」
ダンザックが言うと、エイライムは信じられないというように、ブテリュクスに視線をやった。
「王の事も忘れたのか? メソンの王だ。光明のガイデン王を覚えていないのか?」
ブテリュクスが尋ねる。
「メソンの王はアリアテッサ女王陛下だが」
「アリアテッサ王女様が女王だと? あの方はまだ2歳にも満たないじゃないか」
ブテリュクスはそう言って目を見開いた。
「ガイデン王は亡くなられたのか……?」
「そうとしか考えられないな。あんな幼子を王位につけるとなると宰相は──」
「待ってくれ。アリアテッサ様はもう14歳になる」
「ダンザック、お前まさか……歳はいくつだ」
「今年で30になったが」
ダンザックが答えると、エイライムは息をのんだ。
「30? そんなバカな! 昨日まで……いや、この前メソンで別れた時、俺たちは17だった。それが今、お前は30にもなって、俺は17のままだ……エウネメスは? 彼女も俺の事を忘れているのか? もう結婚してしまっているのか?」
ブテリュクスは立上がり、落着き無く客間の中を歩き回った。
「妹のエウネメスは1人で宿屋をやっているよ。結婚はしていない……もうすぐ29になるが」
ブテリュクスは見る間に色を失い、ダンザックはかける言葉を失った。
「……13年か」
エイライムは呟くと、立ち上がった。
「ダンザック、翼を持つアルブの少年を追っていると言っていたな。まだ近くにいるか?」
「ああ、たぶん」
ダンザックが答えると、ブテリュクスは顔を上げた。
「翼を持つアルブの少年……13年って、まさか……!」
「たぶん、そのまさかだろうな。知ってる限り、他にはありえない」
エイライムはそう言って、客間の壁にかけてあった槍を手に取った。
「翼を持つアルブの少年に、何か心当たりでもあるのか?」
「ああ、心当たりがあるとも。大いにね」
以前ブログでも書きましたが、諸事情により、以降しばらくの間は更新が停滞すると思われます。申し訳ございません。