44.ダンザックはライナスを追って霧の中へ迷い込む。
エルトロの家へ向う田圃道を、馬に乗った2人の男が近付いて来る。
ライナスとバステトはノトス坑道から外へ出ると、家の裏手にある菜園に身を隠していた。
「ジェロが言ってた危険ってあれね。交易市で見たセオの兵士達よ。間違いないわ」
「どうしよう。ぼくの弓も短剣も家の中だ」
ルビニもオゾスも、兵士達と1度は会っている。顔を忘れていてくれればいいが、思い出されたら最後だ。こんな所に2人がいるのは不自然すぎる。
ジェロがオゾスとルビニを助けに行けと言ったのは、その最悪の成り行きが見えたからに違いない。
「──あいつら、きっとぼくがここに来てることを知ってるんだ。オゾス達が見つかる前に、ぼくがやつらの気を反らす。その間にバステトはオゾスとルビニを連れて逃げて」
「気をそらすって、あいつらはあなたを狙ってるのよ!?」
「だから良いんじゃないか。大丈夫だよ、ぼくは空を飛べる。いいかい、あいつらがぼくの事を追い掛けて見えなくなったら、オゾスとルビニをこっそり外へ連れ出すんだ。明日の朝、アイルーロスの丘で落ち合おう」
そう言うとライナスはバステトの返事も聞かないうちに菜園から飛び出した。
「オゾスさん、大変! ライナスが兵士に追われてるわ!」
外の騒ぎに気付いたルビニが窓から外を覗くと、ライナスが2人の兵士に追われ、東にある林の方へ飛んで行く所だった。
「なんだって? あいつ、確か荷物を全部置いて行ってたぞ!」
オゾスは慌てて自分の弓矢を手にし、ライナスに加勢しようと家から飛び出した。
「待ってオゾス!」
オゾスが外へ飛び出して来たのを見て、バステトが呼止めた。
「バステト様! いったいどうなってるんですか?」
オゾスはバステトの声がした屋根の上を振り仰いだ。
「ライナスはわざと兵を引き付けてるの。その間にあなた達を逃がすようにって。荷物を持ってここを出るのよ。明日の朝、落ち合う手筈になっているわ」
「ジェロはどうしたんです? 無事なんですか?」
ジェロの姿が見えないことに気付いてルビニが言う。
「ジェロの心配はいらないわ。さ、とにかく早くここを出ましょう。一緒に来てちょうだい」
オゾスとルビニは頷いて、荷物を纏めるとエルトロの家を後にした。
「参ったな。やはり空を飛べたか」
空飛ぶ相手に剣が届くはずも無く、矢を射かけても枝が邪魔をして当てる事が出来ない。
ダンザックは林の上を見え隠れして飛ぶライナスの後を必死で追っていた。
手も足も出せないまま、そうして夜も明けようかという頃になって、林の中に靄がかかり、右も左も全く見えなくなってしまった。
「バアル! お前から奴の姿は見えるか?」
ダンザックは後ろを振り返って叫んだが、バアルの答えは無かった。
「くそ。はぐれたか」
濃霧はダンザックの体をも包み込み、いつの間にか自分の手の先さえ見えなくなっている。
追っていたライナスの姿はもちろん、バアルの姿も見失い、ダンザックはマルマロスの背から地面へと降り立った。
あたりは耳が痛くなる程の静寂に包まれ、何の気配も感じられない。
ダンザックは手探りで立ちこめる霧の中を進むうちに林を抜けたらしく、足の裏に伝わる感触が変わった。
「……砂地か」
ダンザックは自分に確かめるようにして呟く。
林を抜けても尚、ダンザックは先の見えない濃霧の中にいた。
ふと耳を澄ますと、どこからか水が流れる音に雑ざり、微かに大きな鳥が羽ばたくような羽音が聞こえて来た。
「あっちか!」
ダンザックは羽音を頼りに、再びマルマロスに飛び乗った。
が、少しも進まないうちにマルマロスの足が急に止まり、ダンザックはその反動でバランスを失い、マルマロスの背から投げ出された。