41.ログロッタのジェロは自身の秘密を打明ける。
ダンザックの後ろを付き従い、馬を走らせる部下は名をバアルといった。
バアルはひどく無口な若者で、こちらから話しかけなければ、一切口を開かない。
旅の同行とするには面白味にかけるが、無駄な話をしないので余計な煩わしさも無く、かえって有難いとダンザックは感じていた。
バアルのほうがダンザックよりも頭ひとつ分程背が高いが、体つきはまだ少年のようにか細く、兵士というにはいささか頼りなく見える。
黒い長髪に褐色の肌、淡い金色の瞳をしたバアルと初めて会った時、ダンザックはいやに薄気味の悪い男だという印象を受けたものだった。
ダンザックは今でもその感覚を拭いきれずにいたが、他の兵士達とは違う、どこか兵士からぬ品を備えたこの若者に興味を引かれてもいた。
2人はアクテーからアイルーロスの丘を目指して南東へ、道無き道を走っていた。
日が傾いて林の中に金色の西日がさす頃、ダンザックは後ろを走るバアルに声をかけた。
「他のもの達が追付くまで、少し休もうか?」
「いいえ、私は構いません。隊長がお疲れでなければ、このまま進みましょう」
ダンザックは交易市を出発してからずっと、バアルの表情が強張っていたように見えたのを慮ったのだ。しかしバアルは無理をしている様子もなく、顔色ひとつ変えずに答えていた。
バアルの体調を心配していたが、全くの気のせいだったようだ。
「そうか。じゃあこのまま行くぞ」
ダンザックは本当の所、少し疲れを感じていたが、そのまま進むことにした。
やっとのことで手にした情報を無駄にはしたくない。
「……自分の疲れを投影していたのかもしれないな」
ダンザックはひとり呟いて、自嘲するように笑った。
日が落ちて、夕焼けの色が空にほのかに残る頃のこと。
ジェロはライナスとバステトを連れて、アイルーロスの丘の麓に口を開けるノトス坑道の中へと入って行った。
ジェロが手慣れた様子で入口に置いてあったランタンに火を灯すと、暗闇に沈んでいた坑内が照らされた。坑内には柄が折れたシャベルや赤錆色のつるはし、車輪の取れた手押し車等が転がっているのが見える。
坑道を少し奥に進むと幅の狭い石段があり、それに平行した坂には赤茶に錆びたレールが敷かれていた。坑道の壁と天井は等間隔に木材で補強され、天井からは朽ちた滑車がぶら下がっている。
「ここはもう使われてないみたいね」
バステトは坑内を見渡すと、小さな声で囁くように言った。
「この採掘場では何が採れたの?」ライナスは前を歩くジェロに話しかける。
「さあ。俺が知ってるのは廃坑になってからだから、よくは知らないんだ」
ジェロは答え、石段をゆっくりと降りて行った。
全く陽の射さない坑道の中は、暖かなテロスにあっても涼しかった。
長い坑道を、ジェロは弛むことなく更に奥へ奥へと無言で降りてゆく。
奥に進むにつれ足元の土が、いつの間にか硬い岩へと変わった。
暗闇の中でジェロのランタンが揺れるのを見ながら、単調な足音が坑内に響くのを聞いているうちに、ライナスは体が暗闇に飲み込まれ、溶け出して消えてしまうような不安に襲われた。
「ジェロ、いったいどこまで行くのさ?」
「着いたよ。ここだ」
天井から吊るされた薄布をめくると、坑道は二手に分かれていた。
ジェロは左手に曲がり、ライナスとバステトへ付いて来るよう手招きする。
そこには頑丈そうな鉄格子があり、その向こうには粗末な敷物が敷かれていた。
「ここは……何?」ライナスが尋ねる。
「ここは俺の秘密の家さ。少なくても月に4、5日はここで寝泊まりしてる」
「どういうこと?」
「俺はやっかいな体質を抱えていてね──満月を挟む1週間近く、月が満ちる夜には狼のような獣の姿になるんだ。昨日の夜もそうだったようにね。今晩もまた、きっとそうなる」
ジェロはそう言って苦笑した。
「父さんと母さんが、俺を止めたのはそういうわけだ。人に知られるとやっかいな秘密だろ?」
「それでエルトロさんはあんなに警戒してたのね──でも、それは姿だけなんでしょう? 夜になったら、隠れていればいいだけのことじゃない」
バステトが言う。
「姿が変わるのは1週間近くって言ったけど、そのうち満月を挟む3日間だけは、殆ど獣の意識に呑まれて正気が保てなくなる。確かにただ姿が変わるだけなら隠れていれば問題は無い。けど、その3日間には人を襲いかねないんだ」
ライナスとバステトは返すべき言葉が見つからず、黙って耳を傾けていた。
「今日を過ぎればあと2週間は大丈夫と言って良いだろう。でもその間にこの旅を終えられるか? ロギウスを見付けるまでどれくらいかかると思う? それで終わりってわけじゃない……ロギウスを見付けて3人が揃ったところからが、きっと本当の始まりになる」
「……やってみるさ。それじゃなければ2週間で、安全にその3日間を乗越える方法を見付ければいいじゃないか」
ライナスがそう言うと、バステトも頷いた。
「明日にならなければ行けない、とあなたが言った理由も判ったわ。私達でどうにかしましょう」
「判った。けど、そろそろ時間だ。俺が檻に入ったら、そこにある鍵を閉めてくれ。俺が姿を変えるのを見ても君たちの気が変わらなければ、明日の朝一緒に行こう」
ジェロは持っていたランタンをライナスに手渡し、檻の中へ入って敷物の上に体を横たえた。
ライナスが重い鉄格子の扉を閉めると、丁番が軋んでたてた耳障りな金属音が、暗い坑内にいつまでも反響していた。