38.クローロンはアンシュノに跨がりメソン兵を追う。
背の高い常緑樹が風にそよいで空をくすぐり、収穫を終えた黄金色の田畑は周囲に広がる緑の草原と鮮やかなコントラストをなしている。散在する小さな人家を縫って、網を張り巡らせたように走る小川は、青く広い空を映して輝いていた。
アイルーロスの丘から望むテロス大地は、掛け値無く美しい。
ジェロとその両親は3人だけで話したい事があると言うので、残る5人の若者は外に閉め出され、アイルーロスの丘へ登って待っていた。
「ぼくたちが決めるってんなら、今すぐ行ったっていいのにさ。今日行くのと明日行くのとで何がそんなに違うって言うんだ? ジェロは自分も危険だって判ってるのかな」
ライナスはそう言って口を尖らせた。
「で、ジェロは結局ログロッタなんだよね?」
「でしょうね。本人もそうじゃないかって言ってたし」
バステトは半ば上の空で答える。
「もっとさ、劇的なの期待してたんだけど、案外素っ気ないもんだったな」
オゾスが言う。
「劇的って、どんな風にですか?」とルビニ。
「ほら、なんつーか、ライナスと会った途端にピカーっと、光るとかさ!」
オゾスは毟り取った草をぱっと空に放って吹雪かせた。
「なんですかそれ」降りかかった草を払いのけながらコキニーが笑う。
「それにしても、ジェロってどこかで会ったような気がしてならないんだよな……」
オゾスが首を傾げて誰にともなく呟いた。
「あ、ジェロ!」
山羊達を連れたジェロが丘を登って来たのを見付け、コキニーが駆け寄った。
「どうする事になった? やっぱり止められたのか?」
「コキニー。父さんと母さんを頼むよ」
「頼むって……やっぱりライナス達と行く事にしたのかい?」
ジェロは首を横に振った。
「それはまだだ。父さん達を巻込みたく無いだけさ。一緒に交易市へ連れてってやってくれ」
「君だって危険かもしれないんだぞ? どっちにしたって、ここで山羊の世話を続けるわけにはいかないじゃないか? どこかへ逃げなくちゃ」
「そうせっつくなよコキニー。明日の朝にはちゃんと決めるから、そんな心配そうな顔をしないでくれ」
ジェロはそう言って、コキニーの短い赤毛をくしゃくしゃと撫でた。
「そうだ、山羊達の世話を頼むって、途中マクランの親方に話を付けてくれないか?」
「判った、そうする。エルトロさん達はすぐに出発するって?」
「ああ。今日中に出発したほうがいいだろうな。ぐずぐずしてると交易市も終っちまう」
人の口に戸は立てられない。とはよく言ったもので、マクランの食堂でブリュオンが口止め料を払っていた頃、ダンザックは翼を持つアルブが東へ向ったという噂をアクテーですでに聞き付けていた。
別働隊へ連絡するために兵士の1人を向わせて、ダンザックともう1人の部下は先にアクテーを出発していた。
そうしてマクランの町へ仲間を迎えにやってきた兵士は、信じられないものを見る事になった。仲間が3人とも、道端に折重なって倒れていたのである。
「おい、どうした? しっかりしろ!」
迎えに来た男が大声で叫んで駆寄ると、倒れていた男の1人が目を開けた。
「ん……ここはどこだ?」
「マクランの道端だ。大丈夫か? 何があった?」
「そうだ、俺たちドッツの野郎にやられて……!」
「何だ、昼間っから寝ぼけてんのか? さっさと目を覚ませ、隊長達を追うぞ!」
「あいつら仲間みたいだな。ライナスを見付けたのか? なんか急いでるみたいだ」
陰から様子を見ていたクローロンが言う。
「良かった。食堂へ怒鳴り込むことは無いみたいだね」
ブリュオンはそう言って胸を撫で下ろした。
「ほら、俺たちも早く行くぞ! どうもあいつら4人だけってわけじゃないらしいからな」
「縄で縛って隠しておけば良かったね。あの3人」
「そんなの今更だ……そうだ、ライナスへの手土産にあいつらやっつけちまおう!」
「ちょっ……! クローロン待ってよ!」
クローロンはアンシュノに跨がると、ブリュオンが止めるのも聞かずに4人の兵の後を追いかけて行った。