37.アルブのブリュオンはマクランの食堂で回想する。
クローロンとブリュオンは、ライナスの後を追っていた。
もちろん誰に頼まれた訳でもなく、勝手な使命感に燃えてのことである。
更に付加えれば、使命感に燃えているのはクローロンだけと言っていい。
歳の近いこの2人は、性格が真逆ながらも何故だか昔から仲が良かった。
ブリュオンは思い込みの激しいクローロンの抑え役であったが、気が弱いせいでいつも道端の小石程にも抑えられた試しが無い。
今回もクローロンの巻添えをくう形で、とうとうテロスの南、マクランまで付いて来てしまったのだった。
先にライナスの旅立ちの理由を知ったのは、ブリュオンだった。
ネフリティス翁とエスカラが話しているのを、たまたま耳にしたのである。
その少し前のこと。クローロンはネフリティス翁の屋敷の窓から、ケイトシーとライナスが飛立つのを見てどこへ行くのかと、ただただ空を見上げて訝しんでいた。
その日の午後になって、その不可解なライナスの行動をクローロンがブリュオンに話して聞かせた時、うっかり口を滑らせたのがブリュオンの運の尽きであった。
ブリュオンは言った側から後悔したが、全て話して聞かせるまでクローロンが解放してくれず、耳にした全部を事細かく白状するはめになった。
「よし、ブリュオン。俺たちはライナスを追うぞ!」
そうクローロンが口にした時、ブリュオンの心の中では後悔と諦めが渦を巻いたが遅かった。
既にクローロンの中で、ブリュオンは旅の道連れと決まっているらしい。
「でも……ライナス様の邪魔になるんじゃ……」
「邪魔になんてなるもんか! 俺たちはあいつの兄貴分だろ? こういう時に助けなくってどうする!」
こうしてブリュオンはクローロンと2人で、南へ旅立つ事になったのである。
「そうそうおまえたち、翼のあるアルブのことを聞いてたっけな。それなら、この前メロース川で流されてた老人を助けたって噂になってたぞ。なんでも助けられたのは、テロスの東で畑を耕してる爺さんだったらしい。家はアイルーロスの丘の近くだって話だ。その爺さんを訪ねてみたらどうだ?」
酔っ払いを運び出す手伝いの礼にと、ブリュオンとクローロンは食堂の店主から酒を一杯ごちそうになっている所である。
「その話、あいつらにもしたのかい?」
「いんや。来るなり横柄な客だったし、顔馴染みならまだしも、情報料のひとつも寄越さないんで言わなかったよ」
しかしこの店主は、気を失って伸びているセオの男達の懐から、情報料以上の金をせしめたはずである。
そう言った店主には、少しも悪びれる様子が無く、ブリュオンは思わず吹出しそうになった。
「それに俺はどうも、兵士ってやつが嫌いでね」
「あいつら兵士だったのか? そんな奴らをやっつけて、おっさん大丈夫なのかよ?」
「ま、あれだけ酔っ払って頭を打ってりゃきれいに忘れちまってるさ。思い出して乗り込んで来てもまた追っ払うだけだよ。こちとらずっとこの商売でおまんま食ってんだ」
店主はそういって袖を捲ると、太い上腕の筋肉を盛上げて見せて、にかっと笑った。
「でしたら、また他の怪しいやつが聞きに来ても、言わないでおいて貰えますか?」
ブリュオンがそう言って心ばかりの口止め料を払うと、店主は承知したと頷いた。