34.コキニーは自宅の居間を大きな寝所に仕立てる。
エルトロの家では、バステトとルビニがひとつの寝台を分け合って横になっていた。
「もう眠った?」
バステトは囁くように、ルビニへ声をかけた。
「いいえ。まだ起きてますよ」
仰向きで目を閉じていたルビニは、体を横にしてバステトの方を向く。
「ねえルビニ。どうしてここまで付合ってくれたの? あなたは最初から、私達と行くのは危険だって、知ってたはずでしょう?」
「そうね。危険だと思ったわ」
「それなのに……何故?」
バステトはおずおずと尋ねる。
いつもと違う気弱なバステトの様子を、ルビニは不思議に思った。
まるで親に甘える小さな子供みたいだ。
「勢いと、好奇心に負けたのかしら……どうして急にそんなことを聞くんです?」
枕元で丸くなるバステトの瞳は宙を見つめている。
「この前アクテーで、ライナスに言われたの。どうして13年も前のことを、知らなきゃいけないのか? って。私、ちゃんと答えられなかった──」
バステトの尾がリズムを刻むように、ブランケットの上で波打つ。
「──聞いているかもしれないけど、私の育ての親はデュシスの森で消えてしまったの。ディオニーサスっていって、酩酊神だったのだけれど。ここ何年かディオだけじゃなく、他の神々も消えてしまっているのよ」
「なぜ神が消えてしまうのかは、判っているの?」
ルビニは枕に頬を押し当てたまま、バステトに尋ねた。
「ディオ……私の育ての親は、エターダムの消えた記憶と、神々が消える理由には関係があるって考えてた。だから私……私は危険を冒しても、13年前の記憶が消えた理由をどうしても知りたいし、できれば取り戻したいって思ってる。けど……」
バステトは声を詰まらせた。
「……けど、他の人にはこの旅を続ける理由は無いのかもしれない……?」
バステトが黙って頷くと、ルビニはにっこりと笑った。
「私、オゾスさんから少し聞きました。今は13年前の記憶が無いだけかもしれない。けど、いつかは昨日のことまで思い出せなくなるかもしれないって。私はあなたが……友達が消えるのも、記憶が消えるのも、絶対に嫌だって思いました。だから、わたしに出来る事なら手助けしたいんです」
ルビニの答えにバステトは片方の耳をひくひくと動かして少し考え込むと、何かに思い当たったように目を細めた。
「宿屋の看板娘が日常の平穏と仕事を投捨てて、兵士に追われる客の危険な旅に付合う理由……もしかしてあなたの場合、デュシスから来た誰かさんに、何か関係があるんじゃない?」
バステトの声には、少しからかうような響きがまざっている。
「もう、バステトさんって……いじわる! おやすみなさい!」
ルビニはブランケットに包まると、バステトに背中を向けた。
その頃、コキニーの家では、オゾスが豪快なくしゃみをしていた。
「お大事に」
ライナスが笑いながら声をかける。
3人は居間の床で、思い思いに寝転がっていた。
コキニーの家には、トルル用の小さな寝台しか無かったので、ありったけのブランケットや敷物を居間へ運び入れ、居間の床をふかふかの大きな寝台へと仕立て上げていた。
コキニーの親が見たなら卒倒しそうな有様だ。
しかしそうしていると、何をしても妙に楽しい気分になってくる。
「──ま、そうしてメソンの兵士から逃げて来たってわけさ」
オゾスは袖口で顔を拭いながらそう言って、話を締めくくった。
「まだ麦粉が鼻に残ってたのかなあ」
そう言ってむず痒そうに顔をしかめるオゾスを見て、コキニーとライナスはケラケラと笑う。
「で、ジェロとコキニーは幼なじみなんだろ? ジェロって君から見て、何か特別な力がありそうに見える?」
ライナスがコキニーに尋ねた。
「どうなんだろう? 君みたいに羽根は生えてないのは確かだよ。この辺は西の方と違って、住んでいるのはトルル族ばかりだから、セオが目立つ存在なのは違いないけど。あと少し勘がいいってくらいかな」
「斑の髪をしてるんだろ? やっぱりジェロがログロッタの可能性は高いんじゃないか?」
オゾスが言う。
「もし、ジェロじゃなかったら、他に思い当たる人はいる?」
ライナスはコキニーに尋ねたが、コキニーは少し考えて首を横に振った。
「……俺はやっぱり、ポイニクス亭のドラステリオさんが有力だったと思うな」
オゾスがあまりにもわざとらしく真剣な顔をして言うので、ライナスとコキニーの2人はまた声を上げて笑い転げた。