32.ダンザックは夕暮れの交易市の中を彷徨う。
ライナス達一行が、アクテーの町を後にして、エルトロの家へ向っている頃のこと。
交易市では相変らず隊商姿のメソン兵が、翼を持つアルブを捜索していた。
ダンザックはあれからガチョウを背負ったマント姿の男達に、丸1日翻弄された。
しかしさすがに、今ではそんな姿をした者は1人も見かけない。
翼を生やしたアルブの姿も、それを見たという噂ひとつ出て来ない。
(本当に翼を持つアルブなど居るものなのだろうか?)
ダンザックの頭に、何度かそんな考えが過った。
しかし、あの時声をかけてきた、アルブ織りの店を出していた商人──。
あの男は、翼を持つアルブの仲間だったのだ。と、ダンザックは確信していた。
ガチョウを背負って歩いてた男達に聞込むと、皆、あの商人の店があったあたりを指差した。
あそこにあった店で買ったと──。
本当に翼を持つアルブがいるからこそ、あのアルブ織りを売っていた商人は、仲間を逃がす時間を稼いだのだろう。
と、言う事は──ダンザックへ何気無く声をかけて、違う男を追わせたのも、追手と知っての事だったに違いない。
それを正しいと証明するように、あれきり交易市であの商人の店が出されることは無かった。
高い確率であの商人も、翼を持つアルブも、交易市からどこかへ移動しているだろう。
しかし、どちらへ向ったのかさえ判らない。
ダンザック達は完全に、手掛かりを失っていた。
(また1日を何の収穫も無しに終えるのか……。)
茜色に染まり始めた空を、ダンザックは呪うような気持ちで、目を細めて仰いだ。
「隊長!」
ダンザックが振り向くと、商人の扮装をした部下の1人が小走りで寄って来る所だった。
その部下に腕を掴まれて、トルルの商人姿をした男が、引きずられながら付いて来る。
「なんだ、何か見つかったのか?」
ダンザックがそう尋ねると、部下の男は後から付いて来たトルルの男を前へ押し出した。
「さっき仲間と話していたことを、もう一度話せ」
そうせっつかれて、トルル族の男は戸惑いながら話を始めた。
「ええと……メラース川で、トルルの老人が溺れていたんです。この間の雨で、川の流れが速くって……」
「細かいことはいいから、その先! 誰が助けたのかを言え!」
部下は興奮に顔を蒸気させて、連れて来たトルルの男の肩を揺らす。
「翼の生えたアルブの少年でした」
「本当か? 間違いなく翼が生えていたのか?」
ダンザックは目を見はって問い返す。
「ええ……間違いありません。石橋の欄干から空を切って飛んでいって、助けたんです」
トルルの男がそう言うと、部下はダンザックに得意げな顔を向けた。
「メラース川と言ったか? その少年はそれからどこに向った?」
ダンザックは更に尋ねた。
「どこに向ったかまでは……一緒にいたトルルの若い女が、溺れていた老人の知合いだったらしく、介抱してたのは見てたんですが。助かったのを見届けた後は、私はすぐにその場を離れましたもんで……」
「トルルの女? 他に誰かいたか?」
「アルブの青年が1人……私が見たのは、それだけです」
「青年……? そうか、助かった。礼を言う」
ダンザックがそう言って金貨を渡すと、トルル族の男は一礼した後、心配そうに見守っていた仲間の所へ走って行った。
「すぐにメラース川に向かうぞ! 全員呼んで来い!」
ダンザックの声に弾かれて、部下は交易市の賑わいの中に消えて行った。