30.オゾスはパルトスを投げて諍いの仲裁をする。
オゾスは腕を組んで、ライナスとバステトを睨みつけていた。
ライナスもバステトも、肝を抜かれたような顔でオゾスを見上げている。
オゾスはいからせていた肩の力をふっと抜いて、大きな溜息をつくと、再び寝台へ腰を降ろした。
「ったく。腹が減るからそんなくだらない言い争いになるんだ。柄にも無い事をさせないでくれよ」
オゾスはそう言うと、ルビニとコキニーが運んで来た、エリャの実のピクルスが入ったパルトス(トウモロコシと麦の粉で作ったパン)を、2人に投げて寄越した。
「喰え喰え! それでしばらく2人とも口を塞いでろ。バカバカしくて聞いてられないぜ」
バステトとライナスが受取ったパルトスを口にするのを確かめて、オゾスも一口頬張った。
「……言いたい事を言うのは大事だが、次からは満腹になってからにしろ。腹が減ってちゃ頭が回らなくて言過ぎるってもんだ。
女の子を泣かすなんざ、アルブの男じゃないぞ? ライナス。不安なのもわかるが、喚き散らしたって答えが出るもんじゃないだろ」
そう言って、オゾスは頬張ったパルトスをラ・ギ(山羊のミルク)で流し込んで、更に付け加えた。
「それに、バステト様も、俺に言わせてもらえば、ちょっとだけ言過ぎたな。
ライナスはずっとデュシスの中で暮らして来た……悪い言い方をすれば世間知らずだ。
確信が持てないまま危険に晒されて、知らない土地で不安になるのも無理は無いさ。
きっとあんたのことを、どうでもいいなんて露程も思っちゃ無いぜ? ライナスはそんなに薄情なやつじゃないからな。こんなことは言われなくても、本当はちゃんとわかってるんだろ?」
ライナスとバステトは、オゾスの言葉を聞きながら、黙々と口を動かしていた。
2人とも最後の一口まで食べ終わるのを見届けてから、オゾスは2人の顔を覗き込んで、にっと笑った。
「はい、じゃあ2人とも、反省したら、ちゃんと謝って仲直り! な?」
「……バステトは悪く無いのに、当り散らして……怒鳴ちゃってごめんなさい」と、ライナス。
「……私も、無闇に不安にさせるようなことを言って、悪かったわ。ごめんなさい」
ライナスとバステトが互いに謝ると、オゾスはパンッと手を打ち合せた。
「よろしい! では、皆で力を合わせてがんばろう!
とりあえずは力を合わせて腹ごしらえだな!
他の皆も呼んで来るよ。俺がいない間に、また喧嘩すんなよ?」
そう言って顔をくしゃくしゃにして笑って見せると、オゾスは部屋を後にした。
ルビニとコキニーが、エルトロと一緒に宿屋へ帰って来ると、2階からオゾスが降りて来た。
「よ、おかえり! 飯にしようぜ! もう腹が減っちゃって、減っちゃって。先にちょっとだけ頂いちゃったよ」
オゾスは何事も無かったように、明るく笑う。
ルビニはそんなオゾスの様子に、救われる思いがした。
「すまなかったね、さっきは。つい大人気無いことを……」
エルトロが申し訳無さそうに呟く。
「いいんですよ。突然の話で、訳がわからないでしょうし。俺だってまだ、よく判ってないんですから。まずは一緒に飯を食って、それからです」
オゾスはそう言って豪快に笑った。
エリャの実のピクルスが入ったパルトス、鶏肉とトマトの揚げ煮、オレンジのゼレ(ジュレ)、それにラ・ギ。
部屋に4人が戻り、全員揃ったところで、改めて夕食を囲んでいた。
「コキニー、わしは皆さんと一緒に、家に戻ろうと思うんだが……君はどうするね」
エルトロがそう言うと、コキニーは一同を見渡した。
「もし皆さんにご迷惑でなければ、僕もご一緒したいんですが。エルトロさんを手伝うように父から言われてますし、僕もジェロのことが気がかりですから」
「じゃ、決まりだ。ルビニさんはどうする? 帰るなら俺が送るけど」
ライナスとバステトが頷くのを見て、オゾスが言う。
「私も出来ればもう少し、ご一緒したいんですが。構いませんか?」
「大歓迎! 良かった。俺ももう少し付合いたいと思ってたんだ。いいだろ?」
ルビニとオゾスがそう言うと、バステトは頷いた。
「断る理由なんて無いわ。そうよね?」
「ありがとう、オゾス、ルビニ。心強いよ」
ライナスもそう言って頷く。
オゾスの言った通り、お腹を満たすと、ライナスの胸に渦巻いていた不安な気持ちは、すうっと何処かへ行ってしまった。
ブログにて、テロス大地備忘録【A】も公開しました。
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